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Kの散歩帖
2019年2月28日(木)
新聞の持ち歩き

1週間くらい前か、読売新聞からの招待状が届いた。
読売新聞が今年から始めるサービスの一つで、新聞紙面がそのまま画像として配信され、読売新聞の購読者はそれを無料でみることができる、というものである。
その招待状には、無料で見るためのIDと初期パスワードが記載されている。

今年の初めころから紙面では実施の旨が記載されていて、なかなか来ない、と思っていたらようやく届いた。
心待ちしていた割には、着手が遅れたが、今日は雨になりやる気になった。

難しくはなかろうと始めたが、私の勘違いなどもあって以外に手間取り、導入を予定した機器全てにセットするのに半日以上を費やした。

パソコンはもちろんタブレットやスマホで見ることができる。
Mのスマホにもセットした。

新聞そのものは紙面で読むのが快感であるが、持ち運びができれば便利な点も多かろう。
工夫次第では思わぬ活用法があるかもしれない。
これから少しづつ勉強してみるつもりである。




2019年2月27日(水)
古皿
NHKのEテレで放送される番組で「やまと尼寺精進日記」というのがある。
同じ時間帯で「猫のしっぽ かえるの手」という番組があり、Mがこの番組狙いで録画をかけていて、したがって月に1回程度の頻度で、交じって「精進日記」が録画される。
Kは「猫」はほとんど見ないが、「精進日記」の方は大方観る。

奈良県にある音羽山観音寺という尼寺を舞台に繰り広げられるドキュメンタリー番組で、住職、副住職とまっちゃんというお手伝いさんの生活ぶりが、季節季節の精進料理を作る姿を交えて紹介される。
今回は冬の部。
「おやき」を作ったり「ふろふき大根」を作ったり、する。

その「ふろふき大根」を映す画面で目を見張った。
料理ではない。皿である。我が家にある皿とそっくりに見えた。

このような場面にたまに遭遇することがあるが、よく見ると絵柄が少し違ったりする。
幸いにして今回は録画である。巻き戻して何回も観た。


絵柄もそして漢詩らしき文字も、今回の場合は同じものに見えた

Kの実家にあったもの。実家を整理する折り持ち帰った気がする。

で、それが何?!、ということであるが
同じものが放送された
という、ただそれだけのことである。




2019年2月26日(火)
財津和夫

Kが財津和夫という歌手の存在を知ったのは、あまり古い話ではない。
話が遡るが、
ラジオ録音ソフトを購入したのが2016年2月で、以後、ラジオ深夜便の2、3時台に流れる音楽を全て録音していた(現在も継続しているが常時ではない)。
その録音データを編集しているときに初めて遭遇した。初めて聞いた歌であった。編集した音楽ファイルの更新日は2016年3月1日になっているから、この時期のことに違いはない。


(画像をクリックすると別の画面になり
音楽が流れます)

説明の声は深夜便アンカーの迎康子さん(と思う)。迎さんが評するように「心地よい響きの声の持ち主」に思われた。
そして、財津和夫とは誰なのだろう、と思う。ネットで探すと、好々爺のような温厚な顔つきの人が現れた。およそ歌を歌う人の顔つきではない。
ところが、びっくりであるが、元「チューリップ」の作詞作曲・ボーカルを務めた人であるとも載っていた。

昔、「チューリップ」というグループが存在した記憶はある。があまり音楽の記憶はない。
以後、財津和夫という人に興味を持ち始めた。

YouTubeなどを繰って音楽を聴いてみた。「チューリップ」時代の音楽はあまり心に響かないが、独立してからの歌は良い。
同じ歌詞の歌であるが、後者の方が圧倒的に良い。
おそまきながら、財津和夫のファンになった。

その後、ことあるごとに財津和夫の歌を集めることしている。
そして今朝のこと、大きな収穫があった。深夜便の3時台で特集が組まれた。
放送を承知したのは2日前であるが、当然のこととして録音をかけた。

アンカーは柴田祐規子アナウンサー。初めて聴く歌もあってなかなか良い。
ただ、切っ掛けになった「切手のないおくりもの」は入っていなかった。

余談;このラジオ収録が着想の起点になったとも取れるが、やはり2016年のこと、バレンタインデーのお返しにM宛てにCDを作成したことがある。タイトルは「Mに贈るうた」。
このCDの最初を飾ったのが「切手のないおくりもの」である。

Mの好みや、Kの好きなものを集めてみた。
若干の感謝の意もあるのだが?!



2019年2月25日(月)
そうだ、今日も鍋にしよう!

かなりの頻度で参考にする、藤井恵さんの料理本のタイトルである。

月曜日の夕食レシピはあまり悩まない。ほぼ、鍋と決めている。あとは、鍋の中の何にするかを考えるだけである。
そしてこちらも、あまり悩まない。冷蔵庫や冷凍庫にある食材を一瞥して、おおよそ頭の中にあるレシピ群の中から、この鍋と決めるのである。
ただし、作るにあたっては、元の料理レシピを一読する。その通り作らないにしても、基本は一応頭に入れたの後に作ることにしている。

今日の鍋は「長ねぎ 豚しゃぶ」、先の本の20頁に載っている。

「つけだれ」はレシピ通りに作っておいた。あとは豚を解凍し、長ねぎを斜めに切るのみ。
つけだれの味の不足は、各自食べる時に自分で補う。Mは柚子を絞って入れていた。

本では「締めはお雑煮」となっていたが、我が家は、またしても冷凍讃岐うどん。
で、一昨日の「しきり」が登場した。

おだやかな!夕餉である。



2019年2月24日(日)
早いお出まし
話の発端は昨日である。
晴れて穏やかな天候に誘われて裏山に出てみた。
数日前には無かった猪の掘り返した跡がある。それも、あちこちにあって、本格的に掘っている。

昨年小欄で、猪の単語が初めて出た日を探すと6月14日である。 こちら→(2018/6/14)
これに比べると今年は随分早い。 雪が少ない性で、猪が出るのも早まったのであろう。

掘られた中には、Mが大事にする笹ユリが咲く場所も含まれる。

Mの要請もあって、今年の本格的屋外作業の手始めは電柵の整備となった。今日のことである。

電柵の電源は冬の間は停めるが、横着をして線はそのまま放置してある。少ないとはいえ雪の影響などもあって線が切れたり、伸びたりしている。これの張り直し作業になる。
午前中2時間程度かかって張りなおした。


午後には掘られた穴の埋め戻しをした。こちらはおよそ1時間。

止めどの無い、対猪戦争が今年も始まることになる。



2019年2月23日(土)
鍋の仕切り

我が家に鍋料理が登場することは、これまでも何度か紹介した。
ただ、鍋につきものの”しめ”の話はほとんど登場していない。
入れる具材は、ご飯を入れておじやとか、餅の場合もあるが、圧倒的に多いのは冷凍の讃岐うどんである。

しかしながら、今日は具材の話ではなく、食べ方の話になる。
例えばうどんの場合は、通例2袋入れる。前の鍋材はしっかり食べているのに、”しめ”となれば別腹なのか結構食が進む。2袋では少し物足りない、が3袋は多い。

こんな折りにはおのずと競争が起き(てい)る。そして、食べ方のスピードが勝敗を左右する。
KとMを比べると、元々の食べ方の癖もあるが、ほかに物理的な優劣があって、圧倒的にMの方が速い。
物理的な差とは、歯の問題である。Mは自前、Kは他人製。性能が全く異なる。
結果として自然任せでいると、2:3とか、ひどい時には1:2とか、食べる量に差が出ることになる。
Kが「食べ過ぎていない?」というと、Mは「遠慮して食べているのヨ」と返事がかえることになる。

2、3週間まえであった。同じ場面が登場する。どちらがいい始めたのか、「仕切りを作らない?」ということになった。ただし、「不衛生なものは駄目よ」とMの注文がつく。

我が家には先行事例があって、それは”おでん”の仕切り。もう一回り大きい鍋で使用する。
こちら→(2018/10/17)
製作者は神岡時代のMの知人である。材料はステンレス。


こんな折り、今日は少し暖か。急に気持ちに火がついた。
材料を探してみる。ステンレスの板はないな、と思っているところに突然目に入った。薪ストーブの煙突の切れ端である。
鍋の断面の型紙を作る。煙突は金切狭で切って板にする。型に合わせて大まかな形を作る。上面を万力に挟んで二つ折りに重ねる。
ここまでは製作工程が頭の中に出来ていた。

残る問題が、形状に合わせた微調整。金切狭で切ってみるが思うようには切れない。思いついたのがグラインダー。思いのほか具合が良かった。


およそ2時間で出来上がった。
鍋の上部が内側にせり出している部分があって、この部分の合わせに失敗して少し削りすぎ、最終の立ち姿が安定しない。かと言って削りすぎは対応法がなく、これで完了とした。見栄えとしては70点くらい。

それでも、食い方競争を防ぐ機能は十分にある。良しとしよう。


2019年2月22日(金)
腱鞘切開術 その4
抜糸から1週間、病院に行ってきた。
他の多くの病院は、予約時間があっても無いに等しく、1時間とか、ひどい時には2時間くらい待たされるのが常識であるが、この病院(吉田病院)は、どういう仕組みが施されているのか待ち時間が極めて少ない。
今日はたまたま、予約時間が11時30分で切りが良かったが、ある時は10時50分とかの小刻みの予約時間が設定され、しかもその時間がほぼ正確に守られる。

今日は少し早めに病院に着き、テレビが放送する会見(”はやぶさ2”が着陸に成功したというJAXAの会見のLIVE放送)


をみていたら、程なく呼ばれた。

前回の抜糸の時、医者からリハビリに励めと言われていて、そのつもりでやっていたのだが途中で赤く腫れる事態が起きて、それ以降強いリハビリは止めていた。そのことを医者に告げると、とにかく「見せて」と宣う。
曲げてみせると、「かなりいいでは」と返事があった。
腫れるのは良くあること、あまり心配はいらない、とも。
少し残っていた瘡蓋(かさぶた)もピンセットでとってくれた。
穏やかな雰囲気が流れる診察で、時間は15分程度か、次回は2週間後と設定された。

今日もMが同行してくれ、昼食をとったり、他の用事を済ませたりで、家に着いたのは夕方近くになっていたが、帰宅後手のひらを見たら、残っていた薄皮がきれいにとれて、つるつるになっていた。


抜糸後の傷跡が1週間で綺麗にとれる、人間の回復力は素晴らしい、と驚いた。
指はまだ、それほど曲がらない。



2019年2月21日(木)
引っ越し

引っ越しと言っても我が家のことではない。
ほぼ2週間に1回の図書館通いの途中で目に入った。家屋の水平移動の様である。

県道の拡幅に伴う家屋の移設らしい。

文化財など、再現が困難な建物を移動する様子はテレビなどで報じられることがあるが、そう言っては失礼なれど、特別な特徴が見えない、このような一般家屋が移動するのは珍しく見えた。
しかも、こんな田舎で。

持ち主には特別な思いがある建物なのか、あるいは、新築に比べれば安価に移動できるのか。
とは言いつつ、我々外野がとやかく言う問題ではない。

わざわざ車を停めて、10分見学して帰ってきた。



2019年2月20日(水)
龍澤寺参禅

一昨日のこと、Mが「間違っていない?」と問いかけてきた。
何事かと問い直すと、17日、特効薬の項で記載した龍澤寺参禅の月と日数が違うのでは、という。
その記事は、急な思いつきで事実確認をしないまま記載した。誤りがあってもおかしくない。「調べてみる」と返事をしておいた。
今日、思い出して調べてみた。確かに違っている。
正しくは、1990年(平成2年)1月10日から25日までの2週間余であった。

この参禅には経緯がある。
知人の紹介で参禅することになった。その知人は韮崎在住の人で、工場が川崎から韮崎に移転するにあたり、最もお世話になった人の一人である。
Kは工場移転の事務方をしたこともあって(経緯の一部がこちら→)、この知人には長年懇意に付き合いさせて頂いていた。

話が少し戻るが、Kは参禅の前年に、ある深刻な病に陥っていた(このことは、いつか書くこともあろう)。
龍澤寺参禅は、この病の軽減に役立つかもと、その知人に紹介を受けたのであった。

龍澤寺は三島市の山手に位置する、臨済宗妙心寺派の禅寺である。
明治のころ、荒れていた寺跡を山本玄峰という禅僧が再興したという。この山本師は高僧で、終戦時首相の鈴木貫太郎が終戦の有り様を相談したといわれている。
Kが参禅したときは、この山本師から数えて3代目の鈴木宗忠師が管主であった。

参禅の時は知人の奥様が同行してくれた。鈴木管主に会う。内容は全く覚えていない。管主にあったのはこの時だけである。

Kはそのまま残り参禅が始まった。若い修行僧が常時いる。その時は15名前後であったと記憶する。そのほかに在野の一般人も受け入れていて、その時はKのほかに2人いた(と思う)。
在野の人専用の棟があり寝起きはそこでする。起床は4時、本堂の掃除をして朝食、読経、座禅をして昼食、作業(作務という)をして入浴、夕食。座禅をして9時就寝、と言ったスケジュールであったと記憶する。座禅と食事はそれぞれ専用の棟があった。合間には若干の余裕時間も存在した。

1週間経過後別の体験が始まった。
「臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)」という期間。修行僧にとっては一年で最大の修行行事になる。
他の禅寺は12月に行うのが通例であるが、龍澤寺は1月に実施する。摂心時は在野の人がさらに増え合計で5、6人なった。増えた中に同年配の人が一人いた。
通常と摂心はどこが違うか。通常時は座禅のほかに作務など他の仕事も入るが、摂心時はひたすら座禅と読経のみになる。一同読経しながら本堂の外周縁側を回り続けるというときもあった。修行僧にはさらに問答が入るが我々にはそれはなかった。問答は聞くのみである。
とにかく、食事と読経と座禅。寝るまもあまりない。風呂もない(と思う)。これが1週間の大摂心という修行であった。
ただ、終わった後に、外で車座になり、一同で酒を飲んだ記憶がある。

摂心が終わって先の同年配の人と一緒に汽車に乗り東海道線を帰った。私は身延線との乗り継ぎである富士駅で先に降りた。富士駅にはMが迎えに来てくれた。
ひげぼうぼうで痩せこけ、相貌が変わっていたという。

今回思い出して色紙を出してみた。
色紙は2つあり、一緒に封書も出てきた。

封書には、預かっていた芳志を老師に届けたことと、「寿」の色紙は知人から私への贈り物だ、とある。
午の絵はその年の干支である。印刷の添え書きがあるから、色紙も印刷であろう。芳志のお礼であろう。
一方、「寿」の方は「宗忠」の落款も鮮やかで、老師の直筆に違いない。老師から知人へ贈られたものが回って私に届けられた、ということになる。

およそ30年前の記憶になる。病気の軽減に役だったとは思えないが、貴重な体験であった。
今の私に何らかの良い影を落としているのは間違いない。

お断り;修行の内容などは全て記憶に基づいている。詳細部では違いがあるかもしれない。



2019年2月19日(火)
冬場の選択物干し

小欄で家具を話題にするときは概ねネタ切れで、苦労のあげくに取り上げることが多い。
今日もその類である。

関東や山陽など冬場でも陽の当たる場所に住めば問題は少ないが、当地など冬場は晴れ間が少なく寒い地域に住む場合は、冬場の洗濯物干しには大いに難渋する。
我が家の場合は専用の物干し台が登場する。随分以前、Mがどこからかもらい受けてきた。
幅は1.3mくらい。高さは伸縮出来て、物干し台としては高く伸ばして使う。
キャスター付きが味噌。来客などがあって隠したいときは、引きずって別の部屋に簡単に移動できる。

置く場所は台所兼の居間。ここは暖房に薪ストーブか灯油ストーブを使う。
炬燵を置く部屋が別にあるが、普段この炬燵にあたることはまずなく、大方この居間で生活する。したがって昼間はどちらかのストーブが点いている。
部屋の温度は18〜23℃くらいに、時に焚きすぎて25℃オーバーもあるほど。
洗濯干しには格好の場所になる。

Kも結構な頻度で洗濯をするが、干すときは若干の工夫をする。
幅が狭いので、洗濯量が多い時は隙間が取れず乾きにくい。
そこで、綿など乾きにくいものを右側に寄せ、左側に化繊など乾きやすいものを集めて僅かな隙間をとる。左側の乾きやすいものを先に乾かせて取り除き、大きな隙間をとってから綿などを乾燥する。
隙間が少なく全体がいつまでも湿気ているより、こちらの方がトータルの乾燥時間は少なくて済む。

もう乾いたかな、と乾燥具合を確かめるのは、若干のときめきもあって快感を伴う。そういう意味で洗濯という行為は嫌いではない。
ただ、乾いたものは貯めておくだけ。これをたたむのは好みでない。

Mから、たまにはたたんで、と苦情が来るが、こちらに対しては応じたことは無い。

この洗濯干しも、もはや今年は終盤に近い。



2019年2月18日(月) ラベル218
アマゾンミュージック その2

またしても音楽収録の話、中でもアマゾンミュージックのことである。
収録方法については、1月27日で触れている。 こちら→(2019/1/27)
そして音源の話については2月13日の記述がある。 こちら→(2019/2/13)

以後、いくつかの音源を収録して聴くのであるが、なかなかいいねと思う一方、なんとなく音がすっきりしないなとか、籠っていない?とか、思うことが無くはなかった。
ただこれは、一旦は音源をイヤホーンで聴くアナログ音に落とし、それを再度デジタルに録音するのであるから、致し方ない、まあ、只でなのだから我慢しよう、と考えてもいた。

一方、作業しながら不思議に思うことがあった。
それは、音が聞けるのはスマホかタブレットのみで、パソコンでは聞けないと思っていた(1月27日記述済み)。もし、パソコンで聴ければ、誰でも録音を試みる。これでは商売が成り立たない。携帯端末に限る理由がある、と納得していた。
ところが不思議とは、パソコンで音が出るのである。たまたま?、と思い他の音源を試すと、これも出る。
調べなおすと真相が判明した。
音は何ででも出る。ただ、契約期間中に限るが、携帯端末では音源のダウンロードもできる、のだという。ダ「ウンロードができる」を「聞くができる」、と勘違いしていたらしい。

これなら話が違う。
タブレットの音源をケーブルでつないで録音するという音の劣化を招く方法を避け、パソコン内の音をそのまま録音すればよい。手はあるはず、と調べてることにした。
ネットに相談である。

検索すればいくつもでる。
その中で、私が選んだのが次の二つ。
A:有料のソフトを使う法 こちら→
 ここには、アマゾンミュージックを録音することは違法でないことの解説もある。
B:無料のソフトで行う法 こちら→

Aのソフトも数千円というものでCDを買うことを考えれば安価で済み、当初はこちらを考えたが、まあ挑戦!とBにあたってみた。
初めて出逢う言葉もあって戸惑う場面も無くはなかったが、ほぼ1日がかりでなし終えた。


(上、アマゾンミュージックを録音している場面、
下、「S Rec」の操作画面)

「S Rec」というフリーソフトを使用する。
操作はいたって簡単。録音の時間も設定できて、予定時間で完了するのも有難い。CD1枚分セットして起き、他の作業をしている間に完了する。寝ている間に完了ということもできる。

さて音質。
ケーブルでつないだ時に比べると、音がクリアーに思える(手前味噌か)。
「SoundIt」の波形で以前と今度を比べてみた。


(上、ケーブル方式、下、「S Rec」で録音)

ジョーン・バエズの歌の出だしの部分。時間は19秒。波形は明らかに違うようだが、説明する能力を持ちえない。

月額780円で、CDと同じ音質の音楽を6500万曲、合法で、録音(ダウンロードではない)できる体制が出来上がった。
めでたしめでたし、である。



2019年2月17日(日)
特効薬

ネタ切れ、話題を探しているとき、すぐ目の前にあったので取り上げることにした。

暖かい時期はほとんど使用しないが、寒い時期には欠かせない、特効薬というか化粧品というか、である。

踵(かかと)の荒れ対策。

元々荒れ性の性か、踵があれる。

話がずれるが、随分以前のこと。三島にある龍澤寺(りゅうたくじ)という寺で参禅したことがある。12月の接心の時で、期間は約1週間(であったと記憶する)。24時間素足である。踵が荒れた。これを見たお坊さんの一人が、風呂に入った時軽石でこすればとれる、と教えてくれた。今、急に思い出した話である。

この荒れ性対策に、今は軽石でなく、この特効薬を使う。思い出したとき、1週間に2、3度つければかなり改善される。

特効薬の効果はMに教えられたのが始まり。尿素入りが味噌なのだという。
今はK用に買っている。アマゾンで60g入りで800余円なり。


2019年2月16日(土)
酒の事から

私は酒飲みである。毎日飲む。
元々は日本酒を飲んでいた。これをウィスキーに変えた。
身体のことを考えたこともあるが、安価で美味いウィスキーに出会ったことが主因でもある。
このことについて、以前小欄に記載した。 こちら→(2016/7/28)

出会ったウイスキーについては書いていない。
出会ったのは、ニッカの「ブラック」。購入先はアマゾン。4L入りで3650円である。1L当たり1000円しない。
これをサントリーの「響」の瓶に詰め替えて飲む。これで十分に美味い。

余談;以前知人と酒を飲んだことがある。
たまたまその時、サントリーの「知多」というウイスキーがあった。0.7Lで4000円くらいする、高価なウイスキーである。
この「知多」と「響」を違うグラスに入れて、どちらが美味いかを知人に尋ねたら、「響」の方が断然うまい、と答えが帰った。

話を戻す。
この「ブラック」が今回無くなった。アマゾンで注文を掛けようとネットを開くと、なんと、価格が4380円になっている。
これまでも、たまに3800円くらいになることはあるが、すぐに3650円に戻る。
今回も元に戻るとは思いつつも、手元で飲むものは切れている。買う必要に迫られた。
”高価な”酒を買うなら別の銘柄も良いかも、と遊び心がでる。
目に入ったのが「甲州」というウイスキー。同じ銘柄でワインは有名であるが、ウイスキーは初めて。買ってみることにした。値段は4L入りで4350円。
以前、山梨県に6年余住んだことも、購入の動機になった。
それが、今日付いた。

山梨のどこで作っているのだろう、と思う。住所を見て驚いた。「韮崎市龍岡町下條南割」となっている。
三井金属の工場住所が「韮崎市大草町下條西割」。酷似している。
そう遠くはないはずだ。

グーグルアースでウイスキー工場のあり場所を探してみる。

三井金属の敷地に隣接し、充填工場は100mの距離のところにあった。
勤務のころ、そんな話は聞いたことがない。
離れておよそ30年になる。

酒の話が思わぬことに飛んでしまった。
「甲州」はまだ味見していない。
改めてアマゾンを開くと、すでに「ブラック」は3650円に戻っていた。



2019年2月15日(金) ラベル215
腱鞘切開術 その3

手術後10日目、抜糸に行ってきた。今日もMが同行してくれる。

手続きをすると程なく呼ばれて処置室に入る。ベッドに横になるよう指示があって、横になると、看護婦が貼っていた”大きめのバンドエイド”をはがしてくれた。
そのまま待っている。その時、抜糸前の写真を撮っておくのを忘れたと気がついた。しまったな、と思ったが致し方ない。
ただ、医者の来る気配がない。今の内、と胸ポケットからスマホを出して写真を撮った。
仰向けで撮ったので、写真には病院の蛍光灯も映っていた。

そのうち医者が来る。手を見ながら「どうでしたか」と医者が聞くので「「中日頃、3日ほど内出血し痛かった」と答えると、「それはすみませんでした」と簡単に返答はあるものの、「内出血は2週間もすれば引いてなくなる。手術には付き物です」と、気に掛ける様子は全くなかった。

「これからリハビリです」と言いつつ、医者が指を曲げる。時にはひどく曲げられ歯を食いしばり唸るほどの時もあった。関節の曲りを測ったりなどもある。抜糸はいつの間にか終わっていた。

私にも来るよう促して、診察机に移動する。
ここでも動かしてみる。そして正常な右手の人差し指を曲げるよう促して、「無理かもしれないが、目標は右手と同じ角度に戻ることを目指します」という。そしてさらに、「痛くても、とにかく使え!」と宣う。
冗談で、横にいるMに「使いまくってください」とも。
終わりかと思ったら、「ままごとですが、リハビリも受けて帰ってください」と、別の指示も出た。
今日初めて気がついたのだが、この医者、目の前のパソコンを使用しない。カルテは手書きをする。使わないのか、使えないのか。独特の雰囲気のある医者で、ひょっとしたら前者かもしれない。

リハビリを受ける。30分程度か。こちらも丁寧な対応であった。

抜糸を祝ってMが昼食を馳走してくれた。
「今日で終わり、と思っていた」と話すと、「私もそう」とMが答える。

次回の診察は1週間後の22日となった。



2019年2月14日(木) ラベル214
ステレオ装置

昨日の続きの話題である。

捨てずにおいたレコードをセットして聴いた、ステレオ装置のことを思い出した。
当時としてはモダンな形であった。レコードプレーヤーとアンプ類が一体になって、上から見て70Cm位の正方形。上面は厚いガラスの蓋になっている。この蓋を持ち上げてレコードをかける。足は金属製、底面が十字になっていた。
会社の独身寮時代の部屋で設置されている”絵”が蘇るで、おそらくその時代に買い求めたと思われる。

ただ、それ以外の情報は全て消え失せていた。
型式名でもあれば探せるがそれもない。

探し出す手立てはないな、とあきらめていた時、ふと画像で検索できないかと思いついた。
かなり特殊な形である。画像があれば、すぐにこれと判る。
確か、パイオニア製であった。「パイオニア ステレオ装置」と入れて画像検索をした。

膨大な画像の中にそれがあった。

間違いない。画像の元を手繰ると、それは1968年のグッドデザイン賞を報じるものであった。 こちら→
ここまでくれば後の検索は容易である。パイオニアの宣伝画像も探し出せた。 こちら→

価格は104900円とある。蘇った”絵”は昭和寮と呼ぶ部屋に設置されていて、それから類推すると、購入は1970年になる。今の物価水準に置きなおすと、およそ40万円のものだ。
かなり高価なものである。

この装置、いつの時代に処分したのか全く記憶がない。

次世代装置の記憶はかなり鮮明である。資料も残っている。

パイオニア製、IMPRESSOシリーズ。購入は1991年で価格はおよそ20万円。CDとカセットの時代で、もはやレコードを再生する機能は付いていなかった。

余談ながら第3世代は次になる。 こちら→(2017/9/5)
CDの再生装置も不要である。

2019年2月13日(水) ラベル213
懐かしのフォークソング
昨年、自室の片づけをしたことがあった。 こちら→(2018/9/29)

この時に見つけたが、捨てずに残したものに約20枚のLPレコードがある。
(写真では中央下部、段ボール箱の奥)
落語やクラシック音楽のほかに当時聴いたフォークソングのレコードが数枚含まれていた。
もう一度聴いてみたい気もしたが、もはやレコードプレーヤーはなく、かと言って新たにCDを買うほどのこともなく、そのままレコードのみ捨てずに残しておいたものである。



話がずれるが、ここのところ音楽に関わる作業が多い。2、3日前の事、急に思いついた。
”アマゾンミュージックにあるのでは!”、との思いである。
アマゾンミュージックについては過日触れた。 こちら→(2019/1/27)
日本人の歌は多くないが外国人ならあるのでは、と思ったのである。

最初に「judy collins」で探してみた。ものすごくある。膨大なCDが表示された。数えてみるとおよそ200枚。


次に「the brothers four」、これも無数に出る。

これらの中から、各人とりあえず1枚録音することにした。
他には「ジョーン・バエズ」「オリビア・ニュートン・ジョン」「PPM」なども。

ここに至り、20代、30代のころに聴いた、懐かしのフォークソングを耳にすることができるようになった。
こうなるとアマゾンミュージックも有難い。
現在は月額99円。3月から780円。いつまで継続するか迷い始めている。



2019年2月12日(火) ラベル212
IFERROR 関数

集落が受けている「中山間地支援事業」の会計報告用事務処理を手伝っている。
報告書式がかなり複雑になっているので、簡易化するため関数を入れたり、VBAを組んだりしてして、自動化したプログラムを作成した。
作成したのは10余年前で、以降このプログラムを用いて毎年事務報告をしている。
今年も作成の依頼があって、従来通りに作成して集落の世話役に渡していた。10日くらい前の事である。

ところが、今日その世話役が来宅し、一部修正をしてほしいと言われる。役場の担当者が今回替わり、見方が変わったらしい。
帳票の一部に、従来は外していた非会員のデータを表示してほしい、と言われる。
入り組んだ構成になっているので、30分か1時間くらいはかかるとして、申し出でを受諾した。

関係する個所を探して修正を掛けたりした。あらかた終わって最後の帳票を見るとエラー表示が出ている。
どこがおかしいのかと、中の関数を調べるが、特段変わったことをしている箇所ではない。
IF関数を用いているものの、セル同士の加減算で、普通エラー表示が出る場所ではないのである。出ているエラー表示は「#VALUE!」。
思いあたる処置をいろいろ行ってみるが、どうしても消えない。
思い余ってネットを調べることにした。

探した中で出てきたものに、原因が特定できずにエラー表示が出る場合がある。その時は「IFERROR 関数」で対応できるとあった。
書式は「=IFERROR (数式,"")」となる。
やっててみた。


(上段、変更前:下段、変更後)

確かに問題は解消された。

この「IFERROR関数」は初めて知った。
試してみると、かなり強力である。
今までは、エラー表示が予測できる場合(例えばVLOOK関数など)では、一旦エラー表示をだして置き、もし出たらどうする、と2段階で問題を処理していた。
これが1回で処理できる。エラー対応の万能選手であった。

今回の修正は2時間強を要したが、おかげでまことに有益な情報を得ることができた。



2019年2月11日(月)
音楽編集

冬場において、かなりの時間を割いているのが「音楽編集」という作業である。

ラジオ番組を録音していることは、小欄で既に何度か触れた。
この録音した音楽媒体は、パソコンで音を聴くだけならそのままでも聞くことができる。
しかし、一般的な音楽発生装置、例えばステレオやCD再生機、iPad、スマホなどで聴こうとすると、それに適した音楽ファイルに編集し直す必要がある。

我が家では、音楽を聴く設備としてNASを構築した。
少し前の話になる。 こちら→(2017/9/5)
このページにおいて「系統立ててパソコンに取り込み」と書いている部分が、ここでいう「音楽編集」の作業になる。

この音楽編集についても少し詳しく触れて見る。
ラジオで流れる音楽を録音するときは、何らかの特定番組を録音することになる。時間は30分とか1時間とか、それなりの時間の中に複数の音楽が含まれることになる。
最初に行うのが、この複数の音楽を音楽ごとに分割し、名前を付ける作業である。
これを行うソフトは有料、無料を含めて無数にあるが、私は「Sound it!」というソフトを使っている。10年以上前に数千円で購入した。このソフト(どのソフトも同じであるが)では、分割、名前付けのほかに音量の調節も同時に行っている。サンプリングレートという周波数の変更が必要な時もこのソフトで行うことになる。

次に行う作業が、音楽情報の編集である。NASで触れた「系統立てて」という部分にあたる。具体的には、クラシック音楽、J-ポップというようにジャンルを分類したり、演奏者や歌手名を入力したり、などの作業になる。
この作業は「MediaMonkey」というソフトで行う。有料、無料の両方あるが、私は無料版で行っている。無料版で十分に行ける。

次に行うのが、ファイル形式と出力サンプリングレートの設定である。圧縮の有り無しや、サンプリングレートの大小によって、音楽ファイルの大きさはかなり異なってくる。
容量が大きくてもかまわないNASでは、ファイルはFLACとしサンプリングレートを44100に設定している。持ち運び用のiPodに保管するときは、ファイルはMP3としビットレートを320に設定する。さらに、スマホで聴くようにグーグルドライブに保管するときは、音が途切れないようにするためMP3のビットレートを160にしている。
この複雑さは、ある意味自己満足であって、容量の大小を聞き分ける聴力を持っているわけではない。
このファイル設定は「XRECODE 3」というソフトの有料版で行っている。2、3千円要した記憶がある。

長々と書いたが、実際の作業も結構時間がかかる。1時間の放送番組を編集するに、1時間近くかかることも珍しくはない。
録音は寝ている間に勝手にパソコンが行ってくれるが、編集は手を下さなければならない。
編集待ちの録音が貯まることになる。

昨年末に録音した「安室奈美恵作品集」を こちら→(2018/12/27)

今日、ようやく編集し終えた。



2019年2月10日(日)
如月会

Kの姉弟会の名前で、毎年この時期に開催している。
今年で17回目の開催になる。
小欄では毎年その開催結果を掲載して来た。
昨年は こちら→(2018/4/15)
一昨年は こちら→(2017/3/3)

Kの姉弟とその連れ合いが集まる趣旨の会である。
会には、遊び心で、規約が制定されていて、行事に参加出来るのは姉弟と連れ合いの6名(正会員という)が原則で、もし望むなら開催場所の子供ら(随意会員という)も参加できる、となっていた。
したがってほぼ毎年6名で楽しむのが恒であった。

ところが、一昨年の4月に長姉の連れ合いが突然亡くなり、正会員が5名になる事態が起きた。
会としては思わぬピンチである。

たまたま、昨年は長姉宅が開催場所である。甥っ子(随意会員)が定年で長姉宅に定住することが決まっていて、この定住を待って4月に開催した。会則に違反せずの開催である。

さて今年、開催場所は規定で次姉宅になる。長姉の移動手段が問題になった。長姉は車の免許を返上している。甥っ子が送迎をするという案。我々が送迎する案。
こんな折り、自然発生的に、随意会員の枠を広げようという意見が出始めた。これまで、開催場所に限っていた随意会員の「開催場所という枠」を除こう、とい案である。これなら長姉宅の甥っ子も参加できる。
誰も異存はない。

こんな中での今年の会になった。

一応、規約の改定「案」を作って参加した。
正会員で了承され、正式な規約の下での初会合である。

甥、姪も参加のにぎやかなものになった。

余談;規約では、元々鍋料理で行うことになっていて10余年この決まりの下で開催してきたが、負担軽減の目的で弁当をとることに、2年前から規約が改定されている。



2019年2月9日(土)
本日休刊
2019年2月8日(金)
おそらく なごり雪

我が家の周辺ではいつも最後に消える裏庭の雪ずりが、程なく消えそうになってきた。
明日から記録的な寒波が来て、大雪の可能性があるとテレビが報じているが、これは関東以北の話で、当地は降っても薄っすらと白くなる程度、積もるというまでには行かないであろう。
そうするとこの雪は、今年の”なごり雪”になるのかもしれない。

昨年のなごり雪を見てみると、3月17日になっている。 こちら→(2018/3/17)

昨年に比べると1ヶ月以上早い”なごり雪”である。
そして驚くことに、同じ頁に載っている2月14日に撮ったという写真を見ると、裏庭が小山の雪。
今年とは大違いである。

大違い、と言っても異常は昨年ではなく今年のこと。今年は雪が異常に少なかったのである。
降る時にはちゃんと降ってもらわないと、やり切った感が起こらない。
今年は消化不良気味の冬で終わりそうである。


2019年2月7日(木)
腱鞘切開術 その2
手術をした日の夜は、手が心臓より下にならないよう吊って寝ることの指示があり、当分不自由な生活が続くと覚悟を決めていた。
また、翌日はガーゼ交換にくるよう、これまた指示があり、ガーゼ交換も2、3回は行くのだろうと腹積もりをしていた。


翌日にあたる昨日、第1回のガーゼ交換に行ってきた。

行くと、程なく呼ばれて、診察室の横の処置に導かれる。
看護婦さんが包帯を取ってくれる。ガーゼは血にまみれているのだろうと思っていたら、驚くことに、血は一滴も付いていなかった。
程なく医者が来る。傷口をみて、そして指を曲げたりして、次は10日後の15日に抜糸にくるよう指示があった。まことに単純明快である。
ただ、「今日は無理だが、明日からは指を曲げるリハビリをして」と次の指示も出た。

後は看護婦さんが処置をしてくれる。
また包帯を巻くのだろうと思っていたら、大きめの”バンドエイド”のようなものを貼られた。
薬局で同じようなものを買い求め、汚れたり、濡れたりしたら交換するのだという。
そして、三角巾も夜の吊りも不要という。
帰宅後貼られたものをはがしてみると、切開の長さは33mmあった。

当初覚悟した不自由な生活はかなり軽減されている。
そして、今日からは医者の言うリハビリを始めた。傷口はまだ痛むし、曲げるとこれまた痛い。
我慢しつつやっている。

小欄も予想以上に早く再開できた。



2019年2月5日(火) ラベル205
腱鞘切開術

予定どおり手術を受けてきた。

数日は何もできそうにない。
小欄も、数日休刊のつもりである。



2019年2月4日(月)
本日休刊
2019年2月3日(日)
餅つき

塩餡入り、蓬(よもぎ)入りの餅つきである。
毎年この時期に行うが、経緯は昨年詳しく述べているので こちら→(2018/2/11)
今年は割愛しする。

もち米は購入するものの、小豆は種まきから収穫までMが一人で行い、蓬も春先に摘み取り茹でて冷凍保存していたもので、手間暇を言えばかなり贅沢な食べ物になる。

昨年の記事を読み返すと、腰を懸念していた模様であるが、今年は指で、ついたり揉んだりに不安が残り、助っ人を頼んだ。Mの妹である。

その指、餅つきでは左より右のばね指の方が痛んだが、つき方を工夫して何とか乗り越えた。もみの方も包帯を外して手伝ったが、邪魔にならない位のことはできた。

そうはいいつつ、昨年までは4臼ついたが、今年は3臼に減らした。
御多分にもれず我が家の伝統行事も、維持することがだんだん難しくなってきてはいる。



2019年2月2日(土)
ぜにほう学校 冬の部

ぜにほう学校冬の部が開かれた。
昨年は吹雪で、滑りは中止されたが、 こちら→(2018/2/4)
今年は、無理やり開催された。
無理やりというのは、雪が少なく駄目だと思われる中、昨日下見をしたスタッフが残った雪で滑ろうと判断し開校に至ったことをいう。

スタッフ(複数)が手作りした橇が持ち込まれた。
開催が危ぶまれたほどであるから、参加の児童は少ない。
児童より、橇や大人の数が多いという状況である。

「子供を出汁に大人か楽しむ橇滑り」と誰かが言っていた。
開校式は9時半。
橇を抱えて裏山に上る。
滑った時間は1時間余り。
子供に混じって大人も大いに楽しんだ。

滑りの後は善哉会になった。



2019年2月1日(金)
同時多発障害 その4
前回、1月28日の続きである。
その後、30日にMRIの検査を受けに行き、今日その結果を聞きにいった。

右手のばね指は、注射の結果は少し良いようであるが、今日はその話は出ず、もっぱら左手の人差し指のことになった。
MRIの結果によると、人差し指の根元から手首まで”腱”が通っているらしいのだが、その腱が炎症を起こしているという。
炎症がなぜ起こるかはわからないらしい。

対応としては、この炎症を鎮める手術をする、ということになった。
手術日は2月の5日。入院は不要とのこと。


只今のところ、指は内側にほとんど曲がらないのだが、これは痛いといって固定し動かさなかったのが主因で、手術をしてもどこまで動くようになるかはわからない、と医者は宣う。

温厚そうだが、妙に説得力のある医者で、とりあえずはこの医者に任せるつもりである。



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