Kの散歩帖
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2019年1月18日(金)
溝上げ

雪が積もっていれば心置きなく屋内の冬仕事ができるのだが、雪もなく、しかも、晴れ上がると、なんとなく落ち着かなくなって外仕事をすることになる。

今日の作業は、猪と雨との両方で埋まった溝の土あげ。水が道路にあふれそうなことになり、前から気になっていたものである。

セーターの上に防寒着を着て作業を始めたが、すぐに暑くなり、防寒着を脱ぎ、しばらくするとセーターまで脱ぐような陽気であった。

鍬で上げるのであるから大きなことはできない。それでも、小1時間の作業で貫通し、水位は10Cm以上下がった。

とりあえずは大丈夫であろう。



2019年1月17日(木)
一汁二菜

木曜日の夕食をKが作るというルールがある。木曜以外に作る時は、昨今は鍋が多いが、木曜日はできれば一汁二菜にしようと心づもりをしている。

そして、今日は木曜日。何にしようかと頭を巡らしている折り、ふと思い出した。
以前、良く作った野菜だけの味噌汁。最近は作っていなかった。
作り方を思い出そうと探してみる。 こちら→(2017/9/26)

かぼちゃが冷蔵庫にない。納屋にないかと探してみる3個ある。
うち1個を持ち帰った。
あと、じゃが芋。こちらは昨年Kが”発明”した食べ方。小さめのじゃが芋を皮を剥かずに洗うだけ。小口に切って煮込み、皮は食べる時各自口の中で剥いて出す。昨今は鍋でも他でもこの食べ方。小芋の消費ができ、味も良い。一石二鳥なのである。

残るは手元にある野菜。コトコト煮込んで出来上がりである。これで一汁である。

二菜の内の一つは白菜サラダ。 作り方は こちら→
初めて作ったが簡単で美味である。「殿堂入り」した価値がある。
もう一つはオムレツ。 作り方は こちら→
先週具を多めに作り、半分冷凍しておいた。
卵で焼くところはMに依頼。

一汁二菜の完成である。要した時間は、およそ1時間。



2019年1月16日(水)
消費税議論

この前の日曜、読売書評の切り抜きである。

消費税増税を今年の10月に控え、増税議論が盛んであるが、このこともあってか目に留まった。

私は今度の増税に賛成するものであるが、その趣旨はまことに単純で、子や孫に残す負の遺産を極力減らしたいと思うだけのもので、深みのある理屈を伴ったものではない。
私の単純趣旨に対し、この書評記事はある種の論理的根拠を与えてくれた。本そのものを読まず書評だけで済ますなと非難されそうであるが、この記事に妙に納得したのである。

増税せず、金持ちや大企業から税を取ればよいという意見。
幼児教育の無償化は「ばら撒き」で、所得の低い人にのみ与えればよいという意見。

これらに対し、一定の共感を示しつつ、著者の井出氏は違うというらしい。
私の理解もなんとなくこんな感じであったのかもしれない。

元々小欄は、政治的な内容には極力触れないようにしている(つもりである)。
今日の話題も増税論議を主題とするところではなく、書評に納得したということであるが、さらば、本そのものを買い求めるかと言うと、そこまではいかないであろう。

曖昧で、意味不明の内容になった。こんな日もある。お許しを・・・。



2019年1月15日(火)
同時多発障害 その後
昨年7月の同時多発障害 こちら→(7月3日)
の過半を未だに引きずっている。

ここでは3ヵ所に痛みが出ていたが、うち右手の腱鞘炎はほぼ解消した。
しかしながら、左の人差し指と右手の中指は未だに治らないで続いている。

7月時は様子見とし「テーピング」の処置をしたが、その後も改善が見られず、かといって受診すれば手術となる可能性もあり、これは草刈りの邪魔なので、冬までは伸ばそうと心決めし、何かほかに手はないかと思案した結果、手元に腰痛時の塗り薬で残ったものがあったのでこれを日に1回程度塗ることにし、そして、曲げたり衝撃を受けると痛いので、薬の上にガーゼを乗せさらにテープで固定していた。
この状態を半年続けてきたのある。

この、ガーゼを巻いてさらにテープで固定という方法は、屋外作業などの場合は痛みを和らげるなど好都合であったが、一方水に濡れるとなかなか乾かず、台所作業には不向きである。かといって外すとなると鋏で切るしかなく、濡れ防止にゴム手袋をはめるということで対応してきた。

半年経験したので慣れたとはいえ、不便な生活であることに違いはない。
冬の今なら、もし万一手術となっても、問題は起きにくい。
受診を思い立った。

受診先を迷ったが、とりあえずは最も近いクリニックに決めた。整形の先生もいる。
第1回が先週の火曜、そして今日が2回目である。

右手の中指は病名が確定していて、「ばね指」。今のところ手術の話は出ず、経皮鎮痛消炎剤の塗り薬で様子見となっている。
「なんですかね」と先生が言い、病名がつかないのが左手の人差し指。
皮膚は少し赤く光っている。衝撃を受けるとかなり痛い。そして、冬になって気がついたのだが、冷えると痛い。さらに内側にわずかしか曲がらない。
皮膚の色が赤いことに注目してか、皮膚の血液の流れを増やし、しもやけなどに効く塗り薬が先週処方された。
今日の診察では、この薬と先の消炎剤の2つを重ね塗りするよう指示が変更された。
経験の深い先生である。にもかかわらず対応を迷う病気であるようだ。
判らなければ致し方ない、こちらものんびり受ける覚悟でいる。

受診後同じ足で買い物に行った。求めたのは「くっつく包帯」。
テープと違い取り外しが出来そう。


帰って使ってみたらなかなか具合がいい。

水仕事の時取り外し、終わったあとに再使用したらちゃんとくっ付いた。
不便さはかなり減るはずである。



2019年1月14日(月)
とんど焼き

18回目のとんど焼きである。
この数年天候に恵まれず、神事や直会は上の広場でなく保養館で行われたが、今年は打って変わって雲一つない青空、盛大に広場で開かれた。

越した頃から常々思っていたのだが、それは、、この地区のとんど焼きは正統に行われるということ。
大きな櫓(やぐら)を組み、神事を行い、善哉や豚汁などで直会をする。
勤務の関係であちこち渡り住んだが、このように盛大なとんど焼きの経験はなかった。

ところが、この地区のとんど焼きも以前亡くなっていた時期があって、それを復活したのだという。
今日初めて聞いた。
復活したのは、今アラコキの人らがアラサーの頃だという。およそ40前になろう。
まだ子供がたくさんいた。子供会を中心にして復活したのだという。

さて今日。
滞りなく祭りが執り行われた。

善哉用の餅焼き作業を頼まれていて、その任に当たる。
最初、ひとわたり善哉が行き届くまでは大忙し。お神酒も、餅も、口にしたのは随分経っての頃であった。

屋内で開かれるときは直会も早めに終わるのだが、陽気に誘われて今日は皆のんびりムード。善哉やお神酒を手に、話の輪が広がっていた。

半乾きの烏賊(いか)を提供する人があって、これが美味。お神酒片手に馳走になって、帰宅したのはほぼ12時であった。

2019年1月13日(日)
柿の苗木

年が明けたので一昨年のことと思うが、手植えした柿の根元に苗らしきものが生えてきた。草刈り時には気を付け刈らないようにしていたら、大きくなりしかも数が増えた。
品の良い甘みがする柿で、苗にして採ろうと仕事のリストに挙げていたのだが、手が付かず年末雪に覆われた。

ところがそれ以降、暖かな日が続き、雪もない。根雪になると思ったのにほとんど消えた。
そして今日は思わぬ快晴。
柿の苗取りに着手することにした。

”ひこばえ”という言葉がある。広葉樹の根元に生える新芽のことである。
私の「常識」では、ひこばえは幹の根元から出るものであった。
今回の柿の苗は幹からかなり離れている。苗は実生のものと疑いもしなかった。

ところが掘ってみると大違いである。苗は遠く離れた根から伸びていた。しかもほとんどひげ根はない。

仕掛かる前は少なくても10指に余る苗が取れると思っていて、Mに欲しいという人はいないか、と問いかけていたのだが、なんのことはない、無理やりとってようやく3本ほどの苗を得た。

Mの友人に欲しいという人がいて、その人向けに良さそうなものを1本選び、残る2本は雑木の苗場に植えておいた。

未だ冷え込んでいる頃から作業に仕掛かったが、そのうち陽が昇り温度が上がり、汗ばむほど。
久しぶりの外仕事で気が晴れた。



2019年1月12日(土)
本日休刊
2019年1月11日(金)
備忘録 その3

スマホで音声入力し、Excelで作った「備忘録」で編集/保存するというものである。
前回は昨年の11月19日に記載している。 こちら→

そのまま継続使用しているのであるが、年が変わり新しいカレンダー(備忘録)を作る必要が生じてきた。
昨年のものをコピペして今年用に変えることは容易であるが、来年以降も使用するであろうから、どうせなら作業を自動化し、ボタン一つで新しいカレンダーができるようにしようかと思い始めた。

実際に作業を始めてみると、カレンダーの形はコピペすれば済むが、その他のところで予期せぬ問題に遭遇する。
例えば”新年度の月日はどうして作るの?
”とか”複数年にわたるカレンダーで、希望日を検出するのはどうするの?”とか、”閏年はどうするの?”とかといった問題である。
これらを一つづつ試行錯誤で解決し、3、4日かけてようやく自動化にこぎつけた。

さらに、もう一つ不便に思うことがあった。
音声入力のところで発生する問題であるが、固有名詞の入力の個所で、Googleが必ず同じ間違いをする。
例えば、正しくは”高見”のところを、必ず”鷹見”と表示するのである。
このような間違いが1、2個なら対応の方法も無いではないが、結構数が多い。
悩みつつ、いろいろ調べていると解決を提示する情報に出逢うことができた。
それは、正誤表を事前に作っておいて、それらの単語を全て「検索」し、若し存在すれば「正しい言葉に置換」する、というもの。この操作をプログラムで組んで実行するのである。
これで翻訳精度はかなり向上した。

こうして改良された備忘録を使ってみると塩梅がかなり良い。
普遍性もあるように思われる。

使ってみたいと思う人が、一人や二人はいるのではと思い始めた。
ならばと、この一両日は、誰でもが使えるようにと「使い方」を書いてみた。
その結果がこれ。 こちら→

冬仕事の一つになった。




ご連絡;
「備忘録」のExcelファイルを見てみたい、使ってみたい、と思われる方は
    satobito-81614*ohtv.ne.jp(*の個所を@に変えて)
宛て、メールを下さい。
返信便に添付して送付いたします。
メールのタイトルを「備忘録の送付希望」としてください。
もちろん無料です。



2019年1月10日(木)
凍結防止

我が家において、冬場の最たる弱点はトイレの水である。
これが凍るのである。

このことに昨年も触れている。 こちら→(2018/2/14)
寝ずの番で凍結を防いだこともある。

この問題が今冬は解決した(と思われる)。
昨年の夏に対策工事を実施した。水がチョロチョロと流れる止水栓に取り換えたのである。工事は業者に依頼した。

凍結の恐れがある場合は栓を少し回せばよい。栓に小さな穴が開いていたので、見てくれは悪いが、小さなドライバーを刺しておいた。あとは手前に少し回せば水が出る。

水を流す指標はNHKの天気予報による。翌朝の予報が-4℃以下の場合は水を流すことにする。

さて今年、昨夕の発表で、今朝の最低温度が-5℃となった。
慌てず騒がず、ただレバー代わりのドライバーを少し手前にまわして水を流し、就寝と相成った。
大団円である。



2019年1月9日(水)
難関突破

小寒が6日で大寒が20日、今の時期が年の内で最も寒い時期になろう。
ここまでくると難関を突破したな、という感がするのである。
難関突破と言っても受験の話ではない。山水の話である。

この山水、里庭の生活に潤いを与え、特に里庭防災計画では生命維持の重要部分を担う。
この話は こちら→(2018/9/8)


取水口は裏山にあり、距離は200m以上はある。この間を外径30mmのゴム管で水を引いている。
この長さ200m余の間におよそ10個の接続部がある。何か詰まった折り管内を掃除するためわざと切断した個所や、何かの事情でやむを得ず切断したものの合計でこの数になっている。
接続部は内径が30mmのビニールホースを20Cm前後に切ったもので繋いでいる。外れ防止に両端をステンレス製ホースバンドで固定している。

この接続部が外れることがある。昨年の秋にはイノシシが踏んだであろう形跡があって外れていた。
イノシシの例は特別として、外れの大半はゴム管の収縮が原因である。

夏から冬にかけてゴム管がどれほど収縮するか計算してみると、
ゴム管の線膨張率; 0.00023m/℃
ゴム管の長さ;200m
夏冬の温度差;30℃
として、1.3mになる。
夏から冬に向かい、1.3m短かくなろうとする力が発生することになる。

この力が原因で、外れ事故の多くは寒さに向かう時期に起きる。
もし冬場に発生すると、ゴム管は雪に埋もれ管内の水は凍り、通水を春まで待たなければならない。
避けるために、秋から冬にかけては、ホースバンドの巻き締めをしたり、ホースの曲げを正したりなど、ホースの外れに努めることになる。

寒さがピークのこの時期に山水が出ているということは、なんとか今年は乗り切ったということで、これ以降は外れる心配は少ない。

若干の感慨が沸き起こり標題の、難関突破という言葉につながるのである。



2019年1月8日(火)
抜けた”秋じまい”

抜けの無いよう心掛けているつもりであるが、昨年は”秋じまい”に不首尾があった。

少し前置き。
母屋の裏側には大きめの下屋がある。帰郷後まもなく集落に住む大工さんにつけてもらった。重宝して使っている。
この下屋、屋根が透明性の塩ビで出来ていて、外光が入り気持ちが良い。ただ、夏は暑い。そこで日除けに葦簀(よしず)をを2枚かける。
”秋じまい”の中に、この葦簀の収納があるのだが、それを忘れていた。
Mとの会話で出たこともあったのに、目につかないところにあるため、つい忘れてしまったのである。

年末の雪がこの葦簀の上に積もった。しまい忘れに気がついたのは、この後である。
一時は雪と一緒にずり落ちないかと期待もしたが、屋根の勾配が少ないのでその気配はなさそう。

そして、一昨日、雨漏りが始まった。これまでも少しの雨漏りはあり、この葦簀が直接の原因かは判らねどMはこれに疑いをかける。
そこで、脚立をかけ上がりかけて、葦簀の除去を試みた。残雪は10Cm程度ある。とても外せる状況では無かった。
幸いその後好天が続き雪も少なくなり、一方明日からは天気が崩れるともあり、今日がラストチャンスと覚悟を決めた。
方法を考えるが上に上がるしかない。滑り落ちる可能性は十分ある。落差は3、4mあり、落ちれば大怪我は必定である。
命綱を思案するが、とる場所が見当たらない。と、その時2階の小窓が目に入った。上がってみるとなんとかなりそう。ここから長い綱を張った。

これでほぼ成功を確信するも、念には念でMに見張りを頼んだ。ついでに写真も。


上がってみると、思った以上に滑る場面もあった。命綱が無ければとても登れる状況ではない。
作業はおよそ30分で終了した。

この2、3日天候を気にしたが、これで気にせずとも良くなった。
後はいくら降っても良い、というところである。



2019年1月7日(月)
”煮しめ”の作りと新年会

料理講習付きの新年会を開いた。
車で5、6分の所に義母が住んでいる。
この義母、90歳を超すが矍鑠(かくしゃく)としていて料理が誠に上手い。その義母が作る”煮しめ”の味がこれまた絶品で、この”煮しめ”を一緒に作ってもらって、これをメインにその他は我々も手作りして、新年を祝おうというもの、Mが企画した。
余談;Kの担当は”うしお汁”。参考手本は土井勝(土井善晴ではない)。

さて以下、この”煮しめ”の作り方である。
材料は、高野豆腐、蒟蒻、昆布、大根、牛蒡、人参、茸類と漢字で書けるものばかり。
前日から、炒り子主体のだしをたっぷり作っておく。そして、高野豆腐も前日からぬるま湯に浸し、何度か湯を代えておく。
さて、本日。実際に作ることになった。Kは今日は手を出さなかった。横から見るのみ。

まず。高野豆腐を煮る。だしを多めに分け高野豆腐を浸す。
調味料は砂糖と塩。甘味の強い味である。量は全て勘。舌で決める。以下全ての工程がこの方法になる。
30分くらい煮て、高野豆腐を取り出し軽く絞る。バットに広げて冷ます。
次に蒟蒻。これも別に作る。下茹でした蒟蒻を薄く切り、熱した鍋で炒る。炒ったのち、醤油のみで味付けをする。焦がさないように、かつ汁気を全て飛ばすのがこつ。七味唐辛子など香辛料を少し振る。バットに広げさます。
最後が残りの材料を煮る工程。
高野豆腐の残り汁を使う、足らなければだしを足す。甘味は十分のはずで、醤油を足して味を調える。量はやはり勘で舌に頼る。
これに煮えにくい材料から入れていって煮込む。煮上がりは味見をしながら決める。

煮上がったらこれらを別皿に盛る。

以上が”煮しめ”作り方、になる。出来栄えは舌による、ところが味噌。これが難しい。長年の職人技である。

今日は義母がそばにいたからか、上出来のものになった。

作るのと食べるのに夢中で写真を撮るのを忘れていた。この写真は宴の後、思い出して撮ったもの。
材料の切り方などを知るのには不可欠で、不評を覚悟で掲載のこととする。

余談ながら、この義母は短歌もたしなみ、一昨年に県知事賞を受賞した。 こちら→(2016/12/12)
3位にあたる銀賞は既にもらっていて、2位にあたる金賞を狙って昨年も投稿したが、だめであったと悔やむ。
今年も挑戦らしい。
当方、もはやついていけぬ。



2019年1月6日(日)
初常会

年に3回行われる集落常会の内で、年頭に行われる定例会である。
唯一、宴会を伴うものである。

これらについては昨年(1月7日)も一昨年(1月8日)も小欄に記載しているので、ここでは詳細を割愛する。

宴の写真のみここでは掲載のこととする。
それも、終盤になって気がつき撮ったもので、あまり良い出来ではない。
内容を膨らますため、昔の写真はないかとファイルを探したら2015年に撮ったものが見つかった。

上が今年、下が2015年のもの。
若干の人の入れ替えが見られる。



2019年1月5日(土)
やってまった

年末の新聞広告で見た。藤原正彦氏の新著「国家と教養」(新潮新書)の宣伝である。

私も古稀をかなり前に迎えたわけで考え方が古めかしくなっても当然であるが、「教養」とか「情緒」とか「武士道」と言った、古き時代に重要視された概念を大事にしよう、取り戻そう、という藤原正彦氏の論調を好ましいものと受け取るようになっている。
その藤原氏の新著ということで、興味を持ったわけである。

新聞広告で内容のあらましは理解できたが、も少し詳しく「クチコミ」でも読んでみるかと、アマゾンを開いてみた。
いくつか「クチコミ」が載っていて、評判は悪くない。

と、同時に、氏が出版した別の本の紹介がすぐ脇に載っていた。書名は「国家の品格」。
「品格」ブームの切っ掛けになった大ベストセラーである。
昔読んだ記憶はあるが内容を忘れている。「クチコミ」を見ると、新著よりも面白そう。
どうせなら、こちらを先に読もうかと、買う気になった。
古本もある。値段は送料込みで256円。そのまま発注の手続きをした。

古本の大半はアマゾンの直送でなく、本屋さんからの購入になることが多い。この場合は着くまでに日数がかかる。
何時着くのかと思案をしているとき、ふと気がついた。”この本、本棚にあるのでは!?”と。
探してみると、まさしくあった。
一方、注文した方も正月明けて届いた。


同じ本が2冊である。
これまでも事例がないわけではない。またやってしまった、と反省するところである。



2019年1月5日(土)
中国 月の裏側探査

今日の読売2面に掲載された記事である。

この記事を見るまで、この出来事については全く知らなかった。
テレビ(と言っても、民放はほとんど見ないが)のニュースなどでは全くと言っていいほど扱われていない。

月の裏側の様子を知るという出来事は、人類にとって初めての事で、ニュースの価値としては大きなものと思われる。
どこかに火事があって人が亡くなったというニュースを扱う時間があるなら、それを止めてこちらを扱うべきであろう。

この技術的成果を成した国が中国というためか、米欧なら、扱いは異なるのかもしれない。

それにしても、中国はもはや技術の一等国である。
中国民族の優秀さは認めなければならない。日本にとって、150年前までは思想・文化の先生であった。

と言いつつも、習近平という人物はは大嫌いであるが・・・。



2019年1月3日(木)
雪中の初詣

毎年、正月には初詣に行くことにしている。
遠出をしないときは、氏神様の龍岩神社と相場が決まっていて、昨年も、一昨年も、同じことをしている。
何時行うかは、その年の事情によるが、昨年や一昨年は元旦の午後にしていた。

今年の元旦は、孫の帰省と重なりそれどころではない。
今年は今日の午後、急に思いついて実施の運びとなった。

これまでの初詣と様子が異なるのは、年末の雪が残っていること。
この神社には、これまでに幾度も参っているが、雪景色に会えるのは初めてである。
その意味では記念の初詣になった。

奉加帳を見ると、参詣者は例年より少ない気がする。
時勢なのか、雪の足元を懸念してか、そこいらの経緯は不明である。



2019年1月2日(水)
文箱

以前読んだ幸田文のもので、「机の上には何でもかんでも置きたくなる魔力がある」という意味の随筆があった気がする。
私にとっては、それは、机ではなく食卓のようで、何時も座る席の隅にはなにがしかの物がいつもある。
これではならじと片付けるのであるがすぐに戻る。

そこで考えた代案が収納箱である。
背が低くA4の紙が楽に入る程度の箱が良い。
あちこち探すがして見つけたのが贈答用のタオルが入った箱であった。中身のタオルを出して化粧箱を文箱代わりに使うことにした。
1、2週間はこれで過ごしたと思う。機能に問題はない。が、どうも体裁が悪い。
そして思いついたのが、2階の客間においている正規の文箱である。少し勿体ない気もしたが、飾っておくより使う方を作者も喜ぶと、使うことにした。
およそ半年くらい前の出来事である。

さて、今日は1月2日。縁起の良い話題を小欄に記載したい。元々心づもりしていたのは箱根駅伝。
この話題を記載したこともある。 こちら→(2017/1/2)
山梨学院の奮闘ぶりを期待しつつテレビをつけた。ところが出だしから調子が悪い。1、2区で大敗が決まってしまった。もはや見る気がしなくなった。

テレビを止める。と同時に頭をよぎったのが、今日の話題もなくなった、という思いである。
その時目の前に文箱があった。

この文箱を載せた記憶があって、2階に戻ってパソコンで探してみた。何のことはない、昨年の1月2日に載せていた。 こちら→(2018/1/2)

昨年の経緯は覚えていないが、どうやら昨年も箱根駅伝を載せることができず、思案の挙句このお宝(文箱)を思いついたらしい。
正月早々、2年続けてこの文箱に救われたことになる。



2019年1月1日(火)
孫の絵
孫が帰る日になった。
通常なら地区の新年互例会に出席するところであるが、そちらは欠席して孫対応にあたることにした。

話が戻ることになるが、これまでの孫の帰省時には、2階の私の部屋まで来てくれて動画を見たり絵を描いたりなどしてくれていたのに、今回はその気配が一向にない。
橇に夢中なのか、はたまた、成長の結果”爺”には最早興味がないのか、と若干寂しい思いをしていたら、昨日の午後に、「じいちゃんの部屋で絵を描きたい」と言い出した。
元より当方に異論はない。2階に上がって絵を描いた。
そして、今朝もまた描きたい、という。
息子やMが帰りの支度をしている間に、二人で2階に上がり絵を描いた。


前回帰省の時も絵を描いていて こちら→(2018/5/2)
絵が具体的になったと成長を褒めたが、今回はさらに絵にストーリーが反映されている。
この絵のほかにも数枚の絵を描いたが、いずれも物語になっていて、しかも内容がそれぞれによって違う。
頭の中に、次々と物語や映像が浮かぶのであろう。
頭の中を見てみたい、と思ったところである。

そのうちに下から、「帰るよ」と声がかかる。
帰りの時間になった。広島空港まで送る。出発したのは正午前。離陸は3時半の予定が少し遅れて4時前であった。

家に着いたのは6時を回っていた。
ホット安堵である。怒涛と呼ぶに相応しい5日間であった。
まさに「孫は来てよし、帰ってよし」である。