Kの散歩帖
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2018年8月31日(金)
唐楓の種子 その2

7月30日の続編、唐楓が実を付けた話である。

その後も気が付くたびに種子の存在を確認してきた。ちゃんと落ちずに付いている。

実が弾けて落ちる頃がいつかは正確に知らないが、秋になると落ちるであろう。
落ちてから草刈りしては元も子もない。
少し早いが周りの草刈りをした。

刈ったのは3日前。刈り草が乾燥するのを待って今日草集めをして片付けた。

種子は確実に付いていて、わずかに色づいてきたようにも思えた。

実生の苗が育つのを大いに心待ちしている。



2018年8月30日(木)
血液検査

邑智病院での2ヶ月に1回の定期健診に行ってきた。
血液サラサラの薬とコレステロールをコントロールする薬をもらうことが主目的である。
この行為、発端の詳細は割愛するがすでに9年におよぶ。当初は安佐市民病院で受けていたが、3年前から邑智病院に変わっている。
邑智病院での健診には血液検査を必ず伴う。肝臓の機能とコレステロール値を測るのが主項目である。
コレステロール値は投薬の効果を確認するのが目的であろうが、肝機能の測定はおそらく次の逸話が基であろう。
最初の問診時、「酒は飲みますか」と聞かれて「毎日飲みます。場合によれば昼も」と答えると「優雅ですね」と返事があった。それが由来と思われる。
そして、健診の都度、結果を見ながら「この値ならまあいいでしょう」とお墨付きをくれる。

話が少し飛ぶ。数ヶ月前に読んだ文藝春秋に「老後をいさぎよく生きる」という阿部孝という医者の記事が載って、健康診断の数値にあまり惑わされるなと言いつつ、糖尿病だけは注意する必要があって「空腹時血糖値を110以下」に管理するのが「生き生きと暮らす秘訣」という内容であった。

話を戻す。前回、邑智病院の受信時にこの話を思い出し、「血液検査の項目は増やせませんか」と尋ねると「いいですよ。希望の項目がありますか」と返事をもらい「血糖値、HbA1C、CRP」の3項目を挙げた。
HbA1Cは過去1〜2ヶ月の血糖の傾向を示すとされ、CRPは慢性炎症の程度を示す値で健康長寿を占う指標とされる(2016/11/3日付け)。

この経緯を経て、今日の健診となった。


(左は前回、右は今回)

診ての医者のコメント。
「肝機能はまあいいでしょう。HbA1Cは表では基準オーバーになっているが最近基準が改定されて7.6まではOKになった。問題ないでしょう」といわれる。

CRPへのコメントはなかったが、0.03は上々。

毎日痛飲して百寿者も夢でない結果である。



2018年8月29日(水)
まだら刈り

またしても草刈りの話である。
里庭では、場所ごとに名前を付けている。数えてみると43ヶ所に上った。
そして、草刈りは、この場所ごとに行うのがこれまでの慣行でる。
すなわち、刈る、集める、焼くなどの作業はこの場所単位で一括して行うのが恒であった。この場合、場所によって面積の大小があるため、1日で終わる場合もあるが、数日にわたって同じ場所の作業をすることも多い。

さて今年、理由は判然としないがイネ科の穂の出る植物が群れになって繁茂する場所が数ヶ所目につくようになってきた。エノコログサとかヒメシバの類である。1年生の植物であり、穂(実)が落ちると来年以降の再生の原因になる。
Kの嫌う植物であるが、繁殖力が強くなかなか根絶できない。それが急増である。

対策を考えた。これまでのように名前の場所ごとに作業をしていては、ある場所は対応できても、その他の場所に行き着くには時間がかかり、行き着いたときには穂が落ちてしまっていることも考えられる。
どうするか。思いついた対策が「まだら刈り」である。

穂の付いた植物の場所だけを優先して草刈りし、しかも、その日のうちに寄せ集めるというものである。
刈ったものを放置すれば、乾燥し穂(実)が落ちる。その後に集めたのでは意味がない。
「まだら刈り」の真髄は、刈り残しによる美観の低下を覚悟しつつ、生で重い刈り草を我慢しつつも即座に処置するところにある。
穂の付かない植物群は追ってそのうちに処置すれば良い。

昨日、今日で2ヶ所対応した。
あと2ヶ所ある。一両日中には対応できよう。

根絶にはならないが、拡大防止には悪くない法と自画自賛である。

余談;生の草を寄せ集めているKの姿を見た近所のおばさんが、「枯らしてから運びんさいよ」と言っていた。
当地では、生の草を処置するというのは常識的ではない。「まだら刈り」は革新的で画期的な方法かもしれない。



2018年8月28日(火)
失望と安堵

話の発端は8月初旬に行われた集落集会所周辺の草刈り作業である(8月5日付け)。
ある人が、たまたま軽トラの荷台に積んでいたものを見せてくれた。

刈払い機やチェーンソーの燃料として使う混合オイルの作成タンクである。
タンクは大小二つの容器部が結合された形をしていて、大にガソリンを小に混合オイルを入れたのち傾ければ両者が混ぜ合わり、即座に混合オイルが出来上がるというもの。小にはメモリがいくつかあって、計算をせずとも、そのメモリを使用すれば望みの混合比率のオイルが即座にできる優れものである。
話をしていると周りの数人も集まり、自分は○○比率で作っているとか便利だよなどと、一時話が盛り上がった。

Kはそれまでタンクの存在を全く知らず、混合オイルはガソリンスタンドなど店で購入するものと思い込んでいた。自作すればおそらく相当安価に入手できるのであろう、これまでの無知を悔やんだりもした。
その後外出の折り、ホームセンターで、タンクとオイルを買い求めたのは言うまでもない。

買い置きの混合オイルが残っていて、それが今日なくなり、自作オイルに挑戦した。

初めてで用心して作ったが、慣れればいたって簡単である。とりあえず標準の25:1で作成した。

さて、効果はとメリットを計算してみた。
タンクはおよそ900円。オイルは4Lで2700円余り。
そして、購入混合オイルのコストは。たまたま前回購入したときのレシートが車に残っていて、それを見ると1L当たり42円のコストがかかっていた。
先のオイルを25:1の比率で1Lの混合オイルを作る時のオイル代は27円になる。
差し引きで15円のメリットである。思いのほかメリットが少ない、と知った。

我が家の混合オイル消費量は正確なデータはないが、購入の頻度から推測して年間20〜30Lであろう。
仮に30Lにしても自作オイルのメリットは年間450円にしかならない。
タンク購入費の回収に2年もかかる、と大いに失望した。

一方、タンクの存在を知らず”大損”をした気になったが、その損失額は左程でなく、その面では安堵した。

本日のタイトルの所以である。



2018年8月27日(月)
日本の人口推移

今朝はウォーキングに出る時間が少し遅くなって7時前になった。
スマホでラジオを聴いてみると、普段馴染みの少ない「今日は何の日」というコーナーが始まった。過去の出来事で当日に起きた事象を紹介するものである。

その中の一つに、大正9年の今日、国勢調査の第1回が行われたという。そして、その時の人口は「5千万何某」と1の位までが報じられた。
第1回国勢調査の詳報は総務省のホームページにある。 こちら→

以前何かで読んだ記憶で、江戸時代の人口は3千万人であったと思う。大正が5千万人、そして今が1億2千万人。日本の人口推移を調べてみようと思い立った。

こんな時はインターネットがすこぶる便利。すぐに結果に行き着く。その中の一つ こちら→


弥生時代は60万人。今の島根県の人口に近い。鎌倉時代は600万人。江戸時代が3000万人強。鎌倉から江戸に向けての増加は戦国大名の領内開発が主因と解説にある。

明治以降人口は爆発的に増えた。出生率が高いまま死亡率が低下したためという。

人口増減に関係の深い寿命の値も調べてみた。 こちら→
室町時代までは20歳前後という。江戸から明治までは30〜40歳くらい。古稀が文字通りである。
急激に伸びたのは昭和になってからという。

時代劇など昔のドラマを見る際、このことを念頭に置けば見方が変わる場面もあろう。



2018年8月26日(日)
新方式

刈り草を集めて焼くという作業も”草刈り”という用語に含めるとすると、草刈りの新方式である。

里庭の場合、春から夏場にかけての草刈りはナイロン紐で刈ることが多い(例えば 4月29日付け)。
この場合、刈り草はそのまま放置している。
ただし、秋から冬に向けて、その年の最後の草刈りはそうはいかない。草は根元から刈り、集めて焼く必要がある。
これが景観維持の秘訣だ(と思っている)。言わば、「秋じまい」。
8月末からはこの「秋じまい」が始まる。

最初は”再生雑地”と呼んでいる場所。
刈るのは自走式の草刈り機で刈る。少々伸びた草でも無理やり刈り倒してくれる。
ここまでは良いが、集めて焼くとなると問題がある。
刈払い機で刈ったように、刈り草と根とが完全に分離せず絡まった状態である。集めるのに少し間を置くと、問題はさらに深まる。後続で伸びた草と刈り草がさらに絡まり容易には分離しない、集めるのに大いに難渋することになる。

そこで思いついたのが「新方式」である。
これまでは、集めるに道具としてはレーキを用いていた。このレーキの代わりに刈払い機を使うというアイディアである。
二度刈りになって時間が掛かるか、と思ったりもしたが、やってみるとすこぶる良好であった。

集めるにさほど時間がかからず、しかも、刈り残った草も一緒に刈れて仕上がりはさらに向上する。
何より、力任せに引っ張って集める必要がなくなるのが良い。
窮すれば通ず、である。

この「新方式」、今後の秋じまいに多用できそうである。



2018年8月25日(土)
平成のIT革命

読売の企画記事。平成の30年はITが飛躍的に向上し、生活の在り方を大きく変えた、とする連載物。
その第1回記事に「情報通信機器の普及率」のグラフが掲載された。
平成元年は1989年になる。確かに平成の進展に呼応してIT化が進んだ経緯が読み取れる。

このグラフに「我が家のIT化」を同じ時間軸で載せてみた。
(×印;導入機器で現在は使用していないもの。〇印;現在も使用しているもの)


最初の機器は1997年のK用携帯電話。当時神岡に住んでいて、会社の緊急連絡対応として購入した記憶がある。神岡は先端を行く街で、携帯電波の中継基地は早期に整備されていた。
Windowsパソコンは1999年。以外に遅い。購入の経緯を別の項に載せている。 こちら→

当地に越してきたのが2001年(H13)であるから、我が家のIT化は大半が越してきてからのことになる。

Mの携帯電話はかなり遅い。当時、八色石は携帯の電波がほとんど届かなかった。au系がわずかに届くのみ。
ようやく、2009年になってドコモが集落内に中継局を建設した。
これを受けて、K、M揃って同じモデルのNTT携帯を買いそろえた次第である。

スマホはKが2014年、M用が2017年いずれも格安スマホである。いまや、Mの方がスマホを利用する頻度は高かろう。これらの経緯は、小欄 2016/9/20、21や2017/5/16で触れている。

田舎に住む者にとってのIT機器は、都会との格差を縮めるツールとして有益なものになっている。



2018年8月24日(金)
台風20号

夜中に目覚めたとき雨音が聞こえていたので、今回は降るな、と期待と覚悟を決めていたが、朝起きてみると降った形跡は微々たるものであった。
土地は湿気を帯びているものの硬いままで、コンクリートや石などはほぼ乾いていた。

復活を期待した山水は、ほんのわずかに滴り落ちる程度でしかない。再び完全枯渇は時間の問題である。

ただ、余波の風は思いのほか強かった。台風は日本海遠くにあるのに吹き返しの風が強く吹く。
仕事の順序としては草焼きを優先したかったのであるが、風を考慮して断念し薪割りの作業をした。

薪割りは一日当たりの時間を少なめにしていて今日が3日目。今日も午前中1時間半ほど。
あと2日位はかかりそうである。



2018年8月23日(木)
ギボウシ その2

8月4日の続編である。

8月4日は移植したうち、1株のみ咲き他の株は花をつけない、としたが誤報であった。
他の株も見事に咲いた。

実はこの写真数日前に撮影したものであるが、寿命の長い花のようで、今日確認してもほぼ同じ状況で咲いていた。

これまでの年もこのように多くの株が咲いていたのを見逃していたのか、今年初めて多く咲いたのか。
とにかく、小欄記載者としては初めて見る光景である。

8月4日としては正しく記載したつもりであるが、結果としては誤報であって、ここに改めて載せて誤りを訂正する次第である。



2018年8月22日(水)
完全枯渇
今朝はまだ、チョロチョロ出ていた山水であるが、午後になって完全に止まってしまった。


14日に”枯渇寸前”として同じ話題を掲載したが、その後15日から16日にかけて少し強い雨が降って、その量は17mmに達し、水勢の回復に寄与すると期待したものの、その雨は乾いた土に吸収されたのであろう、全く我が家の山水には影響しなかった。

それ以降再び雨の無い日が続き、今日の”完全枯渇”に至った次第である。

記憶にある限り、移住後18回の夏を過ごしたが、完全枯渇になったのは2回目である。
前回がいつであったか正確には想起できないが、まだ義父が存命の時であった。
田んぼの水がなくなるといって、すぐそばを流れる小川から、ポンプで水を汲み上げ田に供していたのを覚えている。
先日Mの実家を訪ねた折りその話をしたら、「その後圃場整備をしたので、田の保水力が上がり水が枯れることはなくなった」と義母が話していた。

さて、この先である。
台風19、20号が相次いで北上中で、そのうち20号はかなり接近と予報されている。雨を伴うらしい。
その時間は明日の夜から24日にかけてとされる。

適度な雨があれば、と期待しているのであるが・・・。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、は勘弁願いたい。



2018年8月21日(火)
八色石の一番長い影

またしても朝のウォーキング時の話である。

今日も良い天気。
歩き初めてすぐの事。左方眼前の稲田に、異常に長い自分の影が映っていた。
「こんなの初めて!」と思わず写真にする。
振り返ると、太陽が山端から顔をだしたばかりであった。
しかも、顔を出した場所が絶妙で、山の稜線と木立の影が最も低くなった景色の谷間から出ていたのである。

この位置を両側どちらかにずれると、太陽の出る場所は高くなり、出来る影は短くなる。

この影を得る幸運はかなり少ない。
まず、谷筋から太陽が昇る日が限られる。おそらく年の内で2、3日であろう。そして太陽が昇る時間がある。
さらに、晴れていなければならない。

図らずも今朝は、この限られた幸運に遭遇したということになる。

ウォーキングを一回りしてお同じ場所に戻ると、太陽の位置は高くなり影はかなり短くなっていた。
後ほど写真の時間を調べると、上段が5時28分、下段が6時23分であった。

八色石の風景に思いを巡らすに、このような谷筋の情景を思いつかない。
今朝の影が八色石で見る一番長い影ということになろう。



2018年8月20日(月)
月曜なので鍋

これまで、6月27日、7月26日に登場しているので、ほぼ月一の勘定で作っていることになる。
今日もすき焼き鍋にした。

材料は”ある物”が基本。

じゃが芋は小さいのを皮つきで。口にあたると思えば食べる際口の中でかみ分けて出す。
茗荷は裏山で採れたもの。如何と思いつつも入れてみた。初めての試みであるが、味の沁みた茗荷はほんのり苦くて予想以上の美味である。
後は玉葱と茄子。
定番の豆腐と蒟蒻(蒟蒻は茹でる)。あれば入れる。

割り下はいつものもの。詳細は6月27日に記している。ただし、今日は、葉物野菜が無く材料から出る水分が少ないと思われ水の量を300ccとした。

先に野菜類を敷き、上に肉を乗せる。割り下をかけて煮込む。一旦煮込んで食べる少し前に豆腐と蒟蒻。

手間いらずの、当たりはずれのない味になる。
食べた後は元気をもらった気にもなる。
男の手料理、おすすめの一品(逸品)である。



2018年8月19日(日)
本日休刊
2018年8月18日(土)
夏の一日

昨日、今日、少し涼しさが戻ってきて、控えめであった屋外作業が本格的になってきた。
午前中は薪作りに着手する。
今日の作業は剪定時などに発生した枝の切断。

細めのものは電動鋸で、それにかからない太めのものはチェーンソーで切るという段取りである。
3時間弱の作業で午前中はこれでおしまい。

午後は草刈りを1時間ほどして、あとは屋内。


夕方からはビヤガーデンに出かけた。
場所は地区の公民館。

地区住民や研修中の大学生が参加。
料理は手作りの弁当である。今回の作成担当は八色石の女性グループ。Mも朝から参加していた。
弁当が500円、生ビールは350円、日本酒は200円。

生ビール2杯、日本酒1杯呑んで少し酩酊し、少し饒舌になって、たまたま隣席になったMの友人と話し込む場面もあったりして帰ってきた。

八色石、夏の一日物語である。



2018年8月17日(金)
鉄壁

菜園がイノシシに荒された。
これまで、里庭のあちこちがイノシシに荒されてきたが、Mが主管理する野菜畑が襲われたのは初めてである。
さつま芋、山芋、枝豆、茄子などほぼ熟して収穫まじかというものはすべて掘られて食べられた。

これまでも、防備をしてはいた。ただ、それはまがい物。疑似電柵である。電柵は張るが通電していなかった。
イノシシの学習能力を逆利用したものである。

対策をどうするか。通電も考えたが、完璧を期すと電柵も管理が大変である。
二人で議論の上、防猪金網に決めた。文字通りの”鉄壁”である。

盆前、配達をしてもらうつもりで近くの家具センターに行ったが、配達はしないという。
Mの実家で軽トラを借り、昨日金網を買ってきた。

そして本日、工事。
二人で3時間半の作業となった。

効果も”鉄壁”になるか。金網でも入られたという話を聞かぬでもない。確率は五分五分というところである。



2018年8月16日(木)
瓜二つ

逆算して振り返ると1ヶ月近く前の話になる。
読売の書評に載っていたもので、明治の初期、オーストリアの少年写真家が来日して写真を撮ったという本が紹介された。
高価な本で買う気はなく、しかも、結構長い書名なのでメモの代わりに新聞を切り抜き、それを持参して図書館に出向き探してもらうよう依頼した。
探すのに時間を要したらしく、2週間近く経って、整った旨の連絡が来た。10日位前の事である。

「これで良いですかね」と言いつつスタッフが本を出してくれた。

一瞥してそれらしい。お礼を述べつつ「かなり高い本なので」とK。裏表紙を見ると、価格は2500円となっていた。以外に安価。高いという思いは記憶違いか、と思いつつ借りて帰った。

少年写真家の孫にあたるオーストリアの大学教授が、来日した祖父のことを書いた本である。祖父の日記や書簡も載っていて、明治初期の日本のありようが載っている。中には「東京には、外国人が250人住んでおり、・・・、その約半数が日本政府に雇用されている」という、思いがけない内容もある。
ただし、当時の写真が期待したほど載っておらず、若干の失望感は残る形になっていた。

さて、今朝の話。出かける用事があって着替えをした。シャツの胸ポケットに何かある。出してみると新聞の切り抜きであった。
「例のか」と目をくれると「6500円」の文字が目に留まった。

借りた本と書名を比べるとこれも違う。出版社も違う。
関係者はほぼ同一であるが、異なる本であった。
「瓜二つ」ほど似ているが、違う本。
図書館スタッフが、自信無げに差し出した理由が理解できた。

小欄筆者として今後どう動くか、今のところ答えを出していない。
書評に載っている「高精細画像で甦る・・・」を探しに行くのか・・・。

余談;借り受けた今回の書籍は浜田市立中央図書館の所有物であった。依頼した本を探し出す当町図書館スタッフの尽力に感謝である。2017/12/12の時もそうであった。



2018年8月15日(水)
再生 さらにその後 2

5月8日の続編になる。

5月の新芽が出そっろった時期に比べ、葉が密生し枝先も伸びた気がする。
それなりに存在感が出てきた。

そして、5月には写っていなかったブランコも復活している。
早々にと記載しているが、復活したのは少し時間を経た6月7日であった。

今では、このブランコも風景の一部になっている。

蛇足ながら、この欅の「再生」を記載し始めたのは2016/05/19である。



2018年8月14日(火)
枯渇寸前

裏山から引いている山水が青息吐息の状況である。
梅雨入り以降ほとんど雨が降らないのであるから致し方無い。
移り住んで18回目の夏であるが、この渇水状態は3指に入る過酷さである。

ただし、天気予報によれば台風15号や秋雨前線の影響を受けて、明日の午後からは雨が降ると予測されている。
この、枯渇寸前も時間の問題かもしれぬ。

西日本豪雨のように過ぎるのはお断りなるも、足らぬのも有難くない。
自然には勝てぬというものの、なるべく穏便に願いたいものである。



2018年8月13日(月)
リンダ・ロンシュタット

ラジオ深夜便を録音し好みの音楽をライブラリーとして保存していることは、小欄で何度も触れた。
今日もその話題。

この作業、不要部分の切り取り、音量の調節、拡張子とファイルサイズの変更など結構手間がかかる。
この暑い時期、データを運び1階のノートパソコン(8月10日付け)で行うには持ってこいの作業である。

少し貯まった7月分の整理をした中にあった。
リンダ・ロンシュタット。アメリカの女性歌手。
1946年生まれというから小欄筆者とほぼ同年代である。
1970年代に日本で人気を博した女性シンガーでオリビア・ニュートン・ジョンやカーペンターズと同列の人らしいが、この二人は承知するも、リンダ・ロンシュタットは初耳である。

今回初めて聴いた。


(写真をクリックすると別画面になり、
音楽が聴けます)

深夜便では今回10曲が紹介された。
その中の「ブルー・バイユー」という曲(一部)を曲の紹介とともに別画面に載せた。
艶やかで伸びやか、好みの「音色」である。

全米ヒットチャートのナンバーワンを何度も射止め、タイム誌の表紙を飾り、来日も4度に及ぶという。
我々世代の超著名人らしい。
2011年に引退したが存命の人。
今後は記憶に留めておこう。



2018年8月12日(日)
色づき開始

2、3日涼しい日があったが、また暑い夏が戻ってきた。しかも湿気が増えていて暑さが倍加した感がする。
まだまだ、盛夏と言えよう。

そんな中にあって、今年初めて色づきを感じた。

今朝のウォーキングの時である。
これまで、緑一色の里の景色が黄色みを帯びている。少し向こうではさらに黄色が進んだ田圃も見えた。

暑い暑いといっているうちに、季節は着実に進んでいる様子である。
平地全面が黄金色に塗られる日も、そう遠くはない。


 ネットに載っていた。
 吾愛する春逝き、夏逝きて而此の秋来りぬ。年々歳々、等しき季節は来る也。<国木田独歩・欺かざるの記>



2018年8月11日(土)
ぜにほう学校 夏の部

ぜにほう学校が里庭で開催された。
夏の部は今年で3回目になる。
第1回は2016/08/11で開校式が行われた。
第2回は2017/08/11であるが、空模様が良くなく、アユのつかみ取りまでで、、後の工程は中止となった。
そして今日が3回目である。またしても08/11の日。

天気は良し。参加者は30名弱。島根大学、県立大学の学生さんも参加というイベントになった。

朝9時から開校。
500m離れた川でアユのつかみ取り、とったアユはレンガを積んだ炉で焼く。
一方、ご飯は羽釜での炊飯。
最後に木陰で昼食という段取りである。
終わった時間は午後の1時過ぎ。

昨年が雨で中断という結果に対し、今年は好天に恵まれスケジュールも予定通り。
スタッフも参加者も笑顔満載の学校になった。



2018年8月10日(金)  ラベル810
ノートパソコン

話の発端は少し以前で7月末のことになる。
2階自室は昼間は暑く作業ができる状態にない。一方、今年は1階にクーラーをつけた部屋ができた(7月27日付け)。
そこで、通常は納屋においているノートパソコン(2017/08/15付け)をクーラーの部屋に移動し、これをもって必要な作業をすることにした。

涼しくてまことに良い、と悦にいっていると程なく異変が起きた。
ノートパソコンの電源が入らないのである。2日間あれこれいじったがどうしても治らない。
このノートはかなり古い、新規ノートパソコンを求めようと意を決した。

機種を何にするか。本来なら富士通にしたいところであるが、富士通パソコンは高い。そこで注目したのがDELLである。日本製のようなサポート体制はなく、メーカー独自のソフトウェアも付属していないが安価なのが特徴とされる。
なんとかなる、とDELLのオフィシャルサイトにOnlineで発注した。
発注した機種はInspiron 15 3000 スタンダード。Core i3を搭載し1TのHDDを装備しつつも価格は5万円以下である。

発注したのは7月末であるが、品物が来たのは8月5日であった。
梱包を解いたのは6日。

確かに何もついていなかった。「Quick Start Guide」という薄いパンフレットが同封されていたが、5か国語併記の簡単なもので初心者ならばこれで立ち上げるのは難しかろう。
ただKの場合、これまでに少し経験があったので何とか立ち上げることができた。

以後、必要なソフトウェア類をダウンロードなどして一応の体裁を整えた。
Officeは前のノートに付属していたソフトを転用し、マイクロソフト社に電話して認証を得た。Office 2016が入手出来ている。
明日以降、システムのバックアップを採り、回復ドライブを作成して、すべての立上げ作業を完了する手はずになっている。

今夏の一騒動の内幕である。

後日譚になるが、破損したと思った旧ノートパソコンがDELL発注後程なく、何も手を下したわけでないのに自然に復旧した。Officeも転用したはずなのに、なぜか、2016でそのまま作動する。
今や、動くノートパソコンが2台になった。
嬉しい誤算である。



2018年8月9日(木)
レーダーに写らない雨

今朝の5時過ぎである。玄関を開けて外を見るとしっとりと濡れている。手を広げると、ポチポチ雨粒が感ぜられた。
まさか雨が降るとは思っていなかったので、少し感動気味の思いがした。
梅雨明け以降台風12号の余波でわずかに雨が降ったが、それ以降初めての雨である。

どのくらいの規模の雨雲が掛かっているのだろう。たまたま携帯を身につけていたので取り出し、ヤフー天気で雨雲の動きを見ると、雨雲が全く写っていない。NHKの防災アプリを見たがこちらでも写らない。
現に降っているのにと怪訝な思いがし、家に入ってパソコンで気象庁の「 雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト) 」を開けてみた。出雲地方には雨雲があるものの邑南町(八色石)上空には全くない。

これまでの私の認識は「雨は雨雲レーダーに写る」ものと思っていた。逆な言い方をすれば「レーダーに雨雲がなければ雨は降らない」と承知していた。
屋外作業の段取りなど、微妙な配慮が必要な折りは、このレーダー情報を見たうえで計画を立てていた。

今後は少し認識を改めねばならない。写らない雨もあるということである。

それにしても久しぶりの雨。7時前後まで小ぶりながらも降り続き、わずかであるが地面を濡らした。
恵みの慈雨である。
昨日、今日と気温も下がってきた。



2018年8月8日(水)
早朝ウォーキング

小欄で何度か取り上げた一人ぼっちのウォーキングではなく、公民館の福祉環境部が主催するもの。参加してきた。
開始時間は5時30分とあり、5時20分ころ到着すると、主催部長、公民館主事がいて私を含めて3人となった。
主事が「事前の反響が薄かったので参加者は少ないかも」という。部長が「3人でもやる?」といい、私が「3人ならやめよう」という一幕もあったりなど。
そうこうしているうちに、少しづつ増えだした。
異色は、只今地域にインターンシップとして滞在中の女学生二人。自己紹介があっていづれも島根大学、生物自然科学部の学生さんという。

公民館備え付けのノルディックウォーキング ポールが出されて、部長が私に「長さの調整や歩き方を教えて」という。
5分程度のミニ講座を開催した。

準備が整って、ウォーキングが始まったのは6時少し前であった。

距離は往復で3kmあまり。
参加者同士で会話をしたりなど。今朝の涼しさが話題になったりする。部長が言うには「20℃を初めて割った」らしい。
学生さんとの間で学部のことを聞くと、「生物自然科学部の前身は農学部であった」とのこと、なるほどと合点がいった。女性の比率が5割以上とも。

Uターン先で小休憩し帰り着いたのは7時前、陽の高さが増していた。

小さいながらもほのぼのとした楽しいウォーキングで、参加した女性の一人が「月1回くらいあるといいね」という。聞こえていたはずの主事であるが、多忙の主事は黙して語らずであった。



2018年8月7日(火)
スプラウト その2

6月17日の続編である。
Mの好評を得てその後もチョコチョコ作っている。

満杯あった一升瓶の残量がほぼ半分なので、浸した回数は4、5回と思われる。大豆の浸す量は1回あたり1カップ。浸した豆は2回に分けて調理する。
一度、浸した全量を1回で調理したが、味の沁み込みが悪く美味しさに欠けた。それ以降は2回に分けて調理している。

好評を得ていて1回の調理分は1日で食べてなくなる。翌日、残りの豆を調理すれば問題は起きない。
ところが今回、少し失念していて1日間が空いた。

覆いのキッチンペーパーをとってみて驚いた。芽の伸びた豆が数本立っている。
ひっくり返してみると茎と芽を合わせて6、7pはあろうかというのが無数に出てきた。

慌てず騒がす、そのまま料理した。
味に問題はない。

ただ本来は、ここまでは伸びない方がよさそうではある。



2018年8月6日(月)
水汲み場

大雨で被害が出ているという中で、里庭には雨が降らない。
7月9日に梅雨が明けて以降、29日に台風12号によって4oの雨が降った以外全く降らないのである。
そのため大地諸々が水不足で、全ての植物が枯渇寸前である。
草花の葉で枯れるものがあり、場合によっては雑草で枯れたものもある。

野菜ももちろん例外ではない。成長は遅く、実は硬い。野菜責任者のMがぼやくが、処し方を思いつかずKは無視できた。
今朝のこと、Mが雑地の水の落ち口にホースをつけて水が引けないか、と言う。(この落ち口は7月29日に記載した「水害」の水の出口である)
なるほど、と思いあたったことがある。考えてみると答えておいた。
他の仕事の合間に現地を見たりなどする。
使えそうな器具はないかと、納屋の内外をうろついたりなどもする。

具体的な構想ができ上がり、道具一式を揃えて現地に向かったのは午後の4時頃、今日も暑い日の中であった。

雑地の水の落ち口より一段下がった場所から樋で水を引くという構想である。

草を刈るなどして様子を探る。ほぼ予定通りに出来そうであった。
要した時間は1時間弱。

出来た受け口の位置は野菜畑と同一面である。畑までの距離は3、40bか。容器に入れた水を一輪車で運べばそこそこの労力で水が撒けそうである。

成果は別として、このシステムが不要になる日が待ち遠しい。



2018年8月5日(日)
最長老

集落では年に2回、保養館と呼ぶ集会所の周辺および龍岩神社という鎮守様の階段両脇の草刈りを行う。
1回目
は6月に行い今日が2回目である。

朝8時に始まり、途中で休憩を入れておよそ2時間の作業。
刈払い機で刈り、集めて、軽トラで所定の場所に運ぶという内容である。

8月に行う2回目の草刈りでは「なおらい」と称して簡単な慰労会を開くのが決まりになっている。
集落長が本日の労をねぎらう挨拶をして、そして「乾杯は今日の最長老にお願いします」という。
一瞬間があって、皆が「最長老は上田さんだ」と声を揃える。
見渡せば、確かに今日の場合は、私が最年長であった。

「最長老になりました。」と冒頭に言葉を添えて乾杯の音頭をとった。

集落に私より年長の男性がいないわけではないが、作業を伴う今日のような場合は、私が最長老になるケースが多くなった集落の現状である。

移り住んで17年を経た歴史の成り行きである。



2018年8月4日(土)
ギボウシ

この時期、ギボウシが咲く。
草間を探すと花の咲かない株はいくつかあるが、花を付けるのはこの一株だけである。

このギボウシ、実は移植したものである。
今回改めて見ると随分前の仕業であった。 こちら→
平成21年とあるから、9年前のことになる。

それ以来、草刈り時など、いつも気にかけ、株を傷めないよう心がけているのに一向に大きく育たない。
何とか大きく育ち花をつけるようになったのがこの株である。

ギボウシは湿地に自生するとあるから、移植後のこの地は湿度が少なく性に合わなかったのであろう。
確かに、移植前の土地は湿地に近い。その後も株が増えている。

性に合わない土地に連れてこられ、それでも仕方なく大きくなり花をつける。けなげな株である。



2018年8月3日(金)
薪作り

夏の恒例行事に着手した。薪作りである。
小欄ではこのことに、昨年は8月13日に、一昨年は8月4日に触れている。

今年の材料は裏山隣地の間伐材。持ち主には、以前電話で了解を得ている。

下草(木)が大きく伸びていて、それを刈り倒してから本来の作業になる。
昨日 1.5時間、今日 1.5時間の都合3時間を要した。
目下、異例の酷暑である。長時間はできない。二日に分けた次第である。

本来なら広葉樹が薪には適すが、近くにある間伐材、このまま放置すれば腐らすだけであり、もらい受けて使用することにした。

これから搬出し、薪割りとなる。
どんな段取りで進めるか、暑さ対策を含めて思案中である。



2018年8月2日(木)
本日休刊
2018年8月1日(水)
田植え その後
5月13日の続編である。

早朝ウォーキングの度に目にする光景。
稲株が大きく成長した。


それも整然と。
他の田圃は株の欠落があったり、成長の凹凸があったりなど何某かの異変が見られるのにこの田はそれが殆どない。
畔草もきれいに刈り取られている。

細やかな配慮が施されている証左であろう。

見るたびに、我が方の身の洗われる思いがする。