(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2018年3月31日(土)
思いがけずの月あかり

普段、自室における夜間の作業は窓のカーテンを閉めてする。したがって翌朝、自室に入った時点のカーテンは閉まっているのが恒である。

ところが何故か今朝はそれが開いていて、そして偶然にも、窓の正面に月が映えた。
雲はなく、真ん丸の月。
真向いの山に沈もうとする一時。
毎朝この部屋に入るのに、初めて見る光景であった。

思わず近くのスマホで写真を1枚撮った。これである。

習慣を維持することは重要ではあるが、時には破るのも良い。
予期せぬ偶然に出逢うこともある。


それにしても今どきのスマホは性能が良い。
条件セットは何もせず単にシャッターを押したでけであるが、手ぶれもせずに鮮明な写真になっている。
手ぶれ防止機能が作動しているのかもしれない。
情景もほぼ予定したものに近い。
撮影条件を確認してみると、シャッター速度は1/10秒、ISOは4274となっていた。



2018年3月30日(金)
紅白の梅

多くの世間では、今桜が満開とあるが、当地ではようやく梅が満開である。

いずれも先住者の手で植えられたもの。
移り住んだ頃はこのほかにも何本か梅の木があったが、次第に枯れてきて、今ではこの2本になっている。

紅白で縁起も良い。
咲いたときしか注目しないが、いつまでも楽しむには、も少し普段からの気配りが必要かもしれない。



2018年3月29日(木)
砥石の台
この一両日腰が重い。何か痛めたというものでなく、どことなく違和感がある。
腰の大病を患ったこともあってか、腰が悪いと気持ちが萎え、やる気が起きない。
外仕事でやることは他にあるが、軽微なものをこなして日を過ごした。
Mから随分前に頼まれ伸ばし伸ばしにしていたもので、砥石の台の製作である。

少し話がずれるが、Mの母は料理が上手である。そして、料理に使う包丁が誠によく切れる。
義父のいる頃は義父が研いでいたが、亡くなって以降は母自身で包丁を研ぐ。その砥石には台がある。
これを見ての注文と思われた。


長年のこと、山水の落ち口の下に砥石が放置してあった。拾いだして汚れを落とすと、質と形が違うものがいくつもある。
これらのうち、荒砥、中砥、仕上砥と思われるもので形の良いのを3個選んで台を付けることにした。

本来なら、砥石の形状に倣い掘り込んで埋めるのであろうが、横着をして木片をビスで止めて砥石を固定する。

簡単なことではあるが、材料を探したり、方法を考えたりで作り上げるには2時間弱を要した。
これを縁に、我が家の食生活に変化が現れるかもしれない。



2018年3月28日(水)
本日休刊
2018年3月27日(火)
書き物机 その2
無垢材のものはこれまでのものより一回り大きい。特に横方向の寸法を測ると160Cmもある。一瞬躊躇するも、小物の配置を考えればなんとか収まりそうで、決行のこととした。

無骨さをわずかでも減らすよう、化粧することにする。塗るのは木工ボンドの塗料。この塗料はロッキングチェアの修復(2月21日付け)にも使用した。
2回塗りして、乾燥を待ち、2階に上げる。
Mの援助を得たが、バラしたものでも2階に上げるのは大いに難渋した。特に脚部は大変であった。


二日掛かりの大仕事。
金銭的な出費は全くなくて無垢材の書き物机が入手できた。大団円である。



2018年3月26日(月)
書き物机

3日前雛飾りを見に行った折、蕎麦屋によった。初めての店である。店内の全てのテーブルが4、5Cm厚の無垢材でできていた。これを見て、急に中野幸次氏(昨今、小欄に度々登場する「閑のある生き方」の著者)の一節を思い出した。
「足るを知る」という本の「日々の生活にこそ美を」の項。
日常生活で使うものはできるだけ本物をを使うべきだとし、「毎日使う書き物机は、これもかつては合板材だったのを捨て、厚さ4センチの橡(とち)の一枚板で頑丈なのを作ってもらい、今も日々愛用している」、という。
そういえば私も、今使っている机は合板。無垢材のものが良く見えて、店の人に製作元を聞くなどして家路についた。

その後、無垢材の机が気になる。
随分高価であろうな、と思案していたら、”我が家にあるではないか”と思い付いた。
裏納屋の自室に置いてある机。
夏、避暑で使うことはあっても、普段はほとんど使わない。古いパソコンの台になっている。廃材を利用した自作の品。移住して間もないころ製作した。
一枚板ではないが無垢材である。不格好さは残るが自作という側面はある。
これを普段の書き物机に置き換えることに意を決めた。
ただし、すこぶる重く、Mと二人で運べる代物でない。
長男か、長女の婿かが帰省したおり運ぼうかと、はやる気持ちを抑えることにした。

ところがである。急に閃いた。
自作ならバラせる、はずと。

”無垢材の書き物机”が一気に具体化し始めた。



2018年3月25日(日)
本日休刊
2018年3月24日(土)
切腹

早朝の出来事である。
4時過ぎ、たまたまテレビをつけて諸業をしていた。健康番組、腰の話らしい。腰なら若干興味がわく。そのうち「富山大学の・・・」という音が耳に入る。「富山か」と思いつつ振り返ると、思わぬ人の顔が映った。見覚えがある。急ぎ「見ている番組を録画する」のリモコンボタンを操作した。

話が変わる。実は私は切腹をしている。左わき腹を20Cmあまり。切ったのは18年前、当地に帰る前年(平成12年)、まだ神岡に住んでいた。
春から腰が痛み始め、町立の病院で治療を受けたが良くならず、富山医科薬科大学(現在は富山大学)附属病院を予約なしで訪ねた。たまたま外来担当でその先生に会えた。川口先生、まだ30過ぎの若い先生であった。その後何回かは外来を受けたであろうが詳しい記憶はない。この先生に任せようという気が起きていた。
入院して手術を受けることにした。入院したのが8月15日、1ヶ月の検査があって手術は9月14日。退院は10月20日となっている(パソコンデータが残っていて、快気祝い礼状が見つかり、容易に経緯が探し出せた)。
腰の手術にもかかわらず、わき腹を切り、臓物を腹の上に乗せて脊椎を処置する「前方何某」という手術であった。切腹の所以である。
この経緯を別項の中程に記載している。 こちら→

その川口先生の顔がテレビにあった。
(見苦しいものもあるが、物語上の必要悪、と思し召しお許し願う。)


20年前が即座に蘇る懐かしいお顔である。

振り返れば、この手術を受けていなければ現在の生活はないわけで、晩年の至福の時を与えていただいた大恩人である。

先のころ、脊椎の手術は危険を伴う故やめた方が良い、という忠告も数多く受けた。半身不随の可能性が十分あるという親切心である。
私自身迷う気持ちがないわけではなかったが、この先生にかけようと、決心した記憶がある。
今考えれば迷うことはなかった。NHKの番組に出る、脊椎脊髄手術分野で日本を代表する先生の手である。
間違うはずがない。
当世風に言えば「私、失敗しないので。」なのである。



2018年3月23日(金)
ビニールハウスの鉄骨修復

冬に逆戻りしたかの寒い数日を終えてまた暖かくなってきた。
午前中は甥っ子が主事を務める公民館で、中国新聞の記事にもなったという雛飾りが
最終日とかで、それを見てきた。Mと一緒。

帰ってから午後の作業である。
1月の雪で大きく凹んだビニールハウスの鉄骨を少しでも戻そうという試みをした。

一時は廃棄かとも考えたが、あればそれなりに有益な鉄骨。何とか修復できないかと常々考えていた。
その道に詳しい人に修復法を尋ねると、バラして曲りを正すしかないという。移住してすぐに建てたハウス故、バラすにしても根元が錆びて抜けないだろう、などと思案していた。

数日前のこと、錆びて抜けないなら下から押せば上に上がるのでは、と閃いた。
現状は立って歩くと頭に当たる高さまで凹んでいる。完璧には直らなくても、頭に当らない程度まで戻れば使えるのではと思いついた。

道具はジャッキと長さの違う棒。上げては支え、上げては支えを繰り返す。
支点の場所も3か所で行った。

その結果である。左が作業前右が後。
一番低いところでおよそ40Cm上げることができ、頭に当たることはない。

2時間ほどかけて作業を終了。
これで止めるか、も少しいじるか、思案中である。



2018年3月22日(木)
檜の皮むき

裏山の隣地で間伐が行われたことは先日わずかに触れた(3月12日)。
この隣地の持ち主は八色石の方であるが、ご夫婦は数年前に亡くなられ、ご長男が大阪に住んでおられる。今回の間伐のことで一度お会いしたことがある(次男さんには何度も)。

この間伐材は持ち出しを考慮せず伐採されており、もはや大々的に搬出することは不可能で、倒された木々はその場で腐らせる以外に手はない。
先日ご長男に電話して、倒された木を何本かもらい受けたい旨お願いし、了解を得た。

話が少しずれる。木材を丸太で使用する場合は皮をむく。美的な狙いと腐食防止のためである。この皮むきには適した伐採時期があり、それは木々の活動期。最適は梅雨ごろと教えてもらった。この頃倒せば面白いように皮が剥ける。
悪いのは休眠期。冬は特に悪いらしい。

先の伐採はこの最悪の時期に行われている。目的が違うので致し方ない。
4日前の18日、檜を1本運び出した。人力であるから太くはない。直径10Cm、長さ2mあまり。
皮をむいてみた。案の定剥きにくい。が、狙いがあった。
その日の翌日から天気は崩れ、数日雨が続くとある。雨に濡らせば皮がむきやすい、のではないかと考えた。

雨は3日連続して降り昼頃止んだ。それが今日である。

マイナスのドライバーを幹と皮の間に押込み剥がす作業。
大いなる期待を込めて初めてみたが、結果は好悪半々。4日前に比べて少しは良いが、期待したほどではない。それでも15分ほどの時間をかけてほぼ1本むきあげた。

”大発見”とまではいかないが、使える技ではありそう。必要本数裏庭に運び、例の山水を散水して皮むきをすることにする。

材は何にするのか、これは今のところ内緒である。



2018年3月22日(木)
すぐれもの その2

昨年12月4日に安価で4かつ有能な品を”すぐれもの”として紹介した。その第2弾である。
今回はライターというか着火機というか。メーカーは着火棒と言っている。筒先が少し長い着火機である。

あくまでも個人的な意見であるが、かつて100円ライターと言えば、優れものの代名詞であった。何十点もある部品を組み合わせ、それを100円という安価で提供する。ものづくりの極みとして、現役時代は部品構成などを研究したこともある。
それが私の中で、安かろう悪かろう、の代名詞になってきた。子供の火遊びで火事が頻発し、法改正で着火に要する力を強められたころかもしれない。親指でも押し切れないほど、押す力が強まってきた。しかも、なぜか着火しない。数度押してやっと着く。そしてそのうち、まだ液体燃料が残っているのに全く着火しなくなる。
ないと不便なので新たに買い求める。点かなくなる。捨てにくいので点かないライターがゴロゴロする、という状況が起きていた。

いつの頃か思い出せないが、昨年前半と思う。ホームセンターに行った折、ライターを買おうとした。いつものライターの脇に200円余の値の品がある。高価ではあるが買ってみようかと思い、求めてきた。
これがすこぶる良い。弱い力でしかも一発で着く。
寒くなってきて、灯油ストーブを出す段になる。着火装置が壊れているので、件のライターをそれに使う。さらに寒くなる。薪ストーブを焚く時期になってからは、先のライターを専用としてこれに使う。一冬中使いきって、炎が小さくなってきた。さすがに中の燃料が切れたのだと納得した。

前々回ホームセンターに行った折は迷わず例のライターを2個買った。もちろん問題はない。
ある日のこと、ライターの底を何気なく見た。底に丸い窪みがありガスの充てん口に見える。使い捨てではなかったのかと思い始めた。
先日、再度ホームセンターに行く機会があり、店員にこのことを聞くとガスの充てんができるという。早速ボンベを求めてきた。ボンベの値段は300円あまり。
燃料を使い切った先のライターにガスを充填する。炎は力強く復活した。

ライターに貼られたラベルを読むと、驚いたことに無料保証期間が2年とある。
着火機構は「圧電素子」を使う「電子式」というもので、原理的に寿命は無限である。

3個もあれば探す頻度はほとんどないはず。総合計約1000円で、半永久的な着火システムを手に入れたことになる。

メーカーは潟宴Cテック。商品名は「優美スリム」、型式はMW-LT-GB。
メーカーのホームページを見ると、2015年のグッドデザイン賞を受賞とある。



2018年3月20日(火)
蕗のとう味噌

蕗のとうについてはこれまでも何度か触れてきたが(例えば 3月11h日)、苦いという印象が強く、食材として考えることはほとんど無かった。
ただ、ほぼ毎日のウォーキングコース上には蕗のとうの群落が複数あり、見事な態をなす。
今回、思いついて採ってきた。

採用のレシピはまたしてもクックパッド。「ふき味噌」で検索した人気1番のもの(ID;746212)。

蕗のとうは20〜30秒茹でて、刻んで、汁を絞る。味噌(180g)にみりん大さじ3杯を混ぜておく。蕗のとうをごま油で炒め、先の味噌を加える。水気を飛ばして完成。料理時間は20分くらいか。

茹でてあるので苦みは少ない。記憶にある味に比べるとかなり美味である。酒のあては持ってこい。
レシピの説明は甘さ控えめとあって、自分にはも少し甘みが欲しい気もする。旨味の具を加える手があるかもしれない。次回作る時には工夫を加えてみよう。

出来上がった量はかなりある。器に1盛り、残りは冷凍した。



2018年3月19日(月)
「閑」のある生き方 その3

平昌オリンピックとパラリンピックが終了した。
メダルを得た人、得られなかった人それぞれに敬意を表す。
なお、その陰には何百、何千の目指したが参加できず悔し涙を流した人もあろう。

涙のぬぐい方を芥川喜好氏が「時の余白に」に書いている。


引用先は中野幸次氏の「閑のある生き方」。
考えはオリンピックを目指した人に限らない、我々凡人にも同様に当てはまる。

物事は「自分の自由になるものと自由にならないものに分けて考える」そして「自由になるものは最善を尽くせ、自由にならないものは、それが起こるままに受け入れよ」というのである。
良寛の「災難に逢ふ時節には逢ふが良くて候。・・・」に通じる考え方で、「閑のある生き方」の主題の一つである。

買い求めた「閑のある生き方」を先日読了した。
「龍太郎、」と呼びかける冒頭の言葉に戸惑いを感じて読み始めたが、最後には大いなる感動をもって読み終えた。
田舎暮らしの自分を支える格好のバイブルとなる書物かもしれぬ。



2018年3月18日(日)
起死回生

長年連れ添ったロッキングチェアの話を再度。前報は2月21日に掲載した。

自分は「もはや天寿にしよう」と葬る方法のみ考えていた。
最初は薪ストーブの材料にしようかとも。
しかし、二度も奉公させるのは畏れ多い。野で焼いて、元に返すのが本筋。と決意して、母屋の片隅に置いていた。
これを見てMがいう。「直して下屋で使ったら」と。

それもそうだ、と思い直して修理することにした。

背あてに貼った木片は折れた細木を固定するためのもの。すでに昨日貼り付けておいた。
今日は座面の接着。この作業は既に何回も経験済みで、およそ30分で完了した。

あとは時間をかけて固着するのを待つのみである。

椅子の身になれば「もう勘弁してほしい」というところかもしれないが、もうひと働き願うこととした。



2018年3月17日(土)
なごり雪

今冬初めて積雪を見たのは12月5日であるから、長い雪との付き合いであった。およそ4ヶ月におよぶ。
その雪とも別れの日になった。母屋周辺の最後の雪である。

最盛期には屋根の庇の高さ近くまで積もっていたもので


(撮影日;2月14日)

ほぼ1ヶ月を経て消えてきた。

今年は雪の量がことのほか多く、最後の雪の時期は特別遅いのかと思ったが、これまでの例を調べてみると差ほどでもない。

過去の例は  こちら→  こちら→  こちら→  こちら→  こちら→  こちら→

冬ともおさらば、21日は春分の日である。



2018年3月16日(金)
難病

二人の医師が治療方法を即断しかねる難病に罹った(笑)。
と言っても、嘘ではない。事実である。

発端は5日前で、山水復旧作業の初日の出来事。
通常は皮手袋をして作業していたのに何の弾みかそれを外していて手元に見つからず、えいままよ、と剪定鋏で小さな枝を切った時鋏の根元に挟んでしまった。右手親指の先端。
幸い血は出ず、痛みは少しあるも作業を継続し家に帰ってみると内出血していた。
大したことはなかろうと、バンドエイドを貼って放置していた。

その後毎日様子見で過ごしているのだが、一向に良くなる気配がない。血が固まらず触れると思いのほか痛い。いっそ切開した方が早いかも、と思い近くの診療所に行ってきた。
冒頭はその時の話である。

この診療所には医者が二人いて、たまたま本日は内科が専門の先生の診察日。
切開か投薬か迷った挙句、○○先生を呼んでくると言われる。○○先生は整形が専門である。
一旦待合室で待たされ、再び呼ばれて診察室に入ると先生が二人いた。

5日も経っているのに固まらないのはなぜか、先生同士で不思議がる。そして結局切ることはせず様子見の結論となった。
触ると痛がる私の様をみて、5日分の痛み止めの薬が出た。
勿論私の意見を踏まえつつの結果で私に異論はない。

私にとって悔やまれるのは作業時のこと。
横着をせず手袋を探して作業をしていれば、と大いに反省である。



2018年3月15日(木)
OneNoteにおける縦文字検索
新聞記事などの参考文書をOneNoteというソフトで管理していることを、小欄の2016年5月16日で述べた。このことはいまでも継続している。
これはと思う記事などを思いつくたびに保存するだけであるが、2年以上も続けると、保存記事は相当数に上る。記事はタグをつけて分類保存をするのであるが、探す段になって、見つけ難い場面が出ることも多くなってきた。

OneNoteにはOCRの機能があり、新聞記事などカメラで撮った映像内の文字でも、パソコンなどが認識する文字として読み取ってくれる。そしてその文字を「検索」機能を使用して探すことも可能である。保存した情報記事を一瞬で探し出す、まことに便利なものである。
ところが、きわめて残念なのは、この文字検索は横書きの文字列しか検索しない。横文字文化のマイクロソフトが作ったソフトであるから仕方がないとは思いつつも、何か良い方法はないものかと常々思っていた。
この種の解決策はネット上に良く載っている。検索ワードを変えていろいろ試すが、結果としては何も得られなかった。

ところがである。リンゴが落ちた。「分けてみたら」と突然閃いたのである。連続の1文字列を分断した複数の文字として検索するアイディアである。
やってみたら見事に成功した。


その時何の文字を入力したか覚えていないが、例えば今回「夏目漱石」を入れて検索してみたのが上の映像である。
上段は「夏目漱石」、下段は「夏 目 漱 石」と分断した。
上段では何も検索されていないが、下段では抽出された。
4文字全て揃って載っている記事が3件、「漱」の文字1字が載っている記事が1件という結果である。

OneNote利用上まことに有益な”大発見”であった。

蛇足ながらこの種のことに2016年5月26日でも触れている。この折り、今回記載の手法を承知していたら苦も無く検出できたのにと思う次第である。ちなみに、今回「芥川賞」と入力したら、当然ながら「本谷有希子」の記事が即座に表示された。


2018年3月14日(水)
本日休刊
2018年3月13日(火)
竹の粉砕 その2
昨年12月14日の続編である。

14日では「残る竹は畑に運んで焼却するつもりである」としているが、運んでみると、運ぶ作業も大変であった。特に、枝のあるものは、枝が相互に当り一度に運べる量がわずかしかないのである。

先の知人が”春になるともう一度粉砕機を借りる”と承知していて、知人に再来をお願いしていた。
元々は2月の予定であったが、例の大雪で伸びて今日になった。


午前中は他の家の粉砕、これを手伝い、我が家は午後になる。
初めは調子よく動いていたが30分経過ごろか、機械が止まる。「エンジントラブル」の警告灯が点いている。
オーバーヒートかもしれない、となって一時休憩がてらで機械を止めた。
再開する。根本の太い部分を外し、細めのものを機械にかけるがまたもや30分持たずにダウンとなる。
我が家の竹は立ち枯れて1年余、倒して3ヶ月、完璧に乾燥している。硬くて機械が受け付けないのであろう。仕方なく、枝の付いた部分のみ粉砕して全ての作業を完了した。


それでもお陰で、枝の付いたものはなくなる。見た目は随分とすっきりした。
残る太い部分は、
以前のように運ぶか こちら→
田んぼまで運んで焼くか こちら→
時間をかけつつ気長に処理するつもりである。



2018年3月12日(月)
山水復旧
山水については小欄で何度も触れている。それらは
 2016年  4月19日、8月24日、10月18日
 2017年  2月25日、7月21日
である。

この山水が今年の1月以降断水していた。凍結ではない。旱魃でもなく間伐である。
山水は隣地から引かせてもらっているのであるが、この隣地は杉や檜の造林地で、この造林区域が間伐されることになった。今年の1月、大雪の前である。
急いで山水のホースを水源側と母屋側の両方に引き上げた。それ以降断水していたのである。
間伐作業は2日で終了したが、その後例の大雪となり、山は雪で埋もれた。

雪がようやく溶けて復旧事業に着手した。


従来通していた個所は太い間伐材が折り重なりホースを這わすルートにはなりそうもない。少し下方に新たなルートを開設することにした。

最初はルート探し。遠回りにならずしかも間伐材の少ない箇所を選ぶ。黄色のビニール紐を目印用にぶら下げ遠めからもわかるようにして、水源側、母屋側の両方から詰めてゆく。上下何度か往復して2時間余りでようやくルートとして固定した。これが初日の作業である。
次に、ルート上にある間伐材などを取り除く。持ち主に了解を得て着手した。太すぎて移動困難な場合はホースを木の下に潜らす場合もある。2日がかりでホースを這わすルートができた。この作業が合計4.5時間。
最後がホースの引き回し。この作業にはMの支援も得た。1.5時間の作業。

水を通してみた。
雪解けの水が筧からあふれ出た。



2018年3月11日(日)
蕗のとう
思いがけないところで蕗のとうを見つけた。今年初めて。
知足庵の腰壁脇である。


小さなものが3、4つある。
この場所は日当たりが良い。しかも壁に太陽光が反射し温度が上がりやすいのかもしれない。

昨年も蕗のとうに触れた(2017/3/6付け))。ここに記載した場所には今年も出ていない。
植生も少しづつ変化する。


2018年3月10日(土)
名残の氷

広辞苑をひくと「名残の雪」と「名残の霜」は出るが、「名残の氷」は出なかった。
言葉としてはないのかもしれぬ。

今日は快晴、ただし風は冷たかった。予報では明日から好天が続きしかも暖かくなるという。いよいよ春の到来かもしれない。それならば、今朝の氷が今年最後かも。
「名残の氷」、かもしれない。

それにしても珍しい氷である。

左の氷は傾斜して張っている。高低差が1Cmくらいはある。水面が下がったとしか考えようがないが、下がった形跡は見当たらない。他に、できる理屈を考えてみたが思いつかなかった。朝9時頃ウォーキングの折に見つけた。

右は氷柱。直径1Cm弱のものが無数に立っている。風で飛ばされたトタンがあってそれを回収しようとしたときに遭遇した。たまたまトタン上に水が落ち、跳ねた水が草に当って凍ったもの。今朝の温度推移をみると、夜中の0時過ぎには零下になっている。7時頃が最低で-2.3℃、そして8時過ぎまでは零下が続く。この長い零下の時間をかけて出来たものである。

自然が見せる不思議を独り占めできる、田舎暮らしの醍醐味でもある。



2018年3月9日(金)
雪形

周辺の雪は大半消えてきた。山も同様である。
2階自室から見て真正面の山肌に、白い模様が見えた。何気なく、写真を撮る気になり、望遠で1枚ほどカメラに収めた。昨日の朝のことで、その時はそれで終わっていた。

以後、自室に上がり窓外を見るたびにこの白い模様が目に入るようになってくる。
そういえば世間で、山肌に残る模様が話題になることがある、そんなことも思い出した。

ネットで調べると出てきた。山肌にできる雪の模様は「雪形(ゆきがた)」というらしい。白馬や白鳥など確かにそれに見える模様が載っていた。

それでは我が家は、と昨日の写真を見る。が、いくらひいき目にみても模様が現れてこない。
邪道であるが回転してみた。

逆さにしたとき、模様が見えた。なんとなくネズミに見える部分がある。こじつけてさらに見れば、ネズミが吐息をついているようにも。
我が家の雪形に登録することにした。名付けて「ネズミの吐息」

長年住み慣れたがこの模様に気づくのは初めてのことである。
これまでも出ていたのに気づかなかったのか。それとも今年初めての現象か。定かでない。

雪はさらに消えて、今日の夕方は模様も小さくなったように思われる。
だが、ネズミがいなくなるような気がして写真にはしなかった。



2018年3月8日(木)
パラパラ漫画の原画展
今冬の雪については何度か触れた。またもや雪の話である。

母屋からみて後方に納屋があり、屋根に積もる雪を毎日眺めることになる。
屋根材がトタンで葺いてあり一気には滑り落ちない。
かといって、邪魔にはならないし、いずれは溶けると横着を決め込むことにしている。

この、納屋の雪が融ける状況を写真にした。気が付くたびに母屋から納屋の雪をカメラに収めた次第である。

今日、この写真を同一の画角にトリミングしてパラパラ漫画のようにつないでみた。アニメーションという技法で、雪の融け行くさまを動く映像にしようという算段である。
出来栄えはよくないが、何とか動くものは出来上がった。

次にこの動く映像を、小欄で紹介できないかと考えた。
いろいろ試みたがうまくゆかない。
没かと思われたが、すべて没ももったいなく、主だったところを抜き出して並べてみた。


パラパラ漫画の原画展というしだいである。
撮影日のデータはこの原画展用の写真にのみつけたもので、パラパラ漫画には載せていない。

今日は雨。外仕事ができず、ほぼこの関係の作業で時間をつぶすことになった。



2018年3月7日(水)
桜起し
1月最初の雪が降った時、根こそぎ倒れた3本の枝垂桜(1月20日付け)を起こすことにした。
本格的屋外作業の第2弾。
しかも、初戦敗退した(3月3日付け)ミニウィンチを使う作業になるはずである。


作業をしたのは昨日の午後と今日の午前。昨夕は他用があって遅くまでできず、2本ほど起こし3本目は今日に伸ばした。

まず1本目。起す方向の根元の土を除き、枝にミニウィンチのロープをかける。多端は起こす方向にある別の木。傷がつかぬようシュロで幹を覆う。
いよいよ、ミニウィンチの力を試すときである。
レバーを何回か動かすと倒れた桜が起き始めた。うまくゆきそう!。
そのうち、起きる方向がずれてくる。補助者がいれば少し押してもらう場面であるがそうもいかない。思案の結果、以前から持っていたもう一つのミニウィンチを方向調整に使うことにした。。二つのミニウィンチを交互に動かし、ほぼ狙いの向きで桜を超すことができた。支柱をつけて1本目を完了する。

2本目に移る。問題が起きた。起こしたい方向にロープをつなぐめぼしい木がないのである。これまた思案の結果であるが、思いついたのが運搬車を木の代わりに使う案。
懸念しつつの試しであったが、存外うまくいった。この場合、起こす木の向きがずれた時は、運搬車を少し動かすことで方向の調整ができる別のメリットも見つかった。
運搬車の向きが横の場合、荷重はそう掛けられないが、縦方向で使うとかなりの荷重が掛けられる。
運搬車を牽引起点に使う。今後の作業に使えそうな”発見”であった。

さて今日の3本目。1本目、2本目で開発・発見したノウハウを駆使しても桜が立ってくれない。根元が固定しないのである。
またもや思案の挙句であるが、幹にロープをかけて引き上げてみると4、5cmもあろうかという根も含めすべての根がきれて、幹の元が丸坊主になっていた。
これでは立てても根付くまいと思われ、起こしを断念した。

昨日が2時間半、今日が1時間の仕事。3本復帰とはならなかったが、作業の第2弾は成功と言ってよかろう。

他にもう1本植えてから3、4年経た桜も雪で倒れた。
生きついていた木が根こそぎ倒れたのは桜ばかりの現象である。
桜の根は他の木々に比べ弱い、ということでもあるのであろうか。詳しい人に聞いてみよう。



2018年3月6日(火)
図書館通い

町の図書館については、これまでに何度か触れている。
午前中、その図書館に行ってきた。

図書館は旧瑞穂町の田所という場所にあり、独立した建物で、合併して邑南町になっても本館として機能していている。
車で20分の距離にあり、八色石からは高原、出羽を経て田所に至り、旧瑞穂町をほとんど横断する形になる。したがって、図書館に行くことで、町の状況がおおよそ分かり、図書館に行くことはそういう意味でも役に立つ。

本の貸し出し制限は、期間が2週間、冊数が5冊である。したがって、10日前後での図書館通いになる。借る冊数は4か5冊。

今日借りたものは次である。

雑誌は原則1冊。文藝春秋の未読本があればそれを入れる。無ければ、暮らしの手帖か天然生活。
今回はたまたま未読の文藝春秋新年号があり、そして、前回借りた暮らしの手帖に「○○が89号に載っている」という面白い記事があったため、暮らしの手帖89号も借りてきた。

書籍でのルールはない。雑誌から書籍のコーナーに移動する間に児童向けの書棚があり、目につくものがあれば借りることもある。
最初に見るのが新刊本の書棚。ここで大方1冊借りる。新聞等でみた書評を参考にすることが多い。今回の「兼好法師」もそれにあたる。
今年になって面白い書棚ができた。「最近の返却本」という書棚で、貸し出した後戻ってきた本が陳列してある。古い本での掘り出し物がある場合があり、そうか!、と思って借りることもある。

後は思いつき、料理の本、俳句の本、木や庭や森の本、伝記の本、科学の本そして小説などなど。
1回に完読する本は多くない。借りて1、2度めっくって終わりの本もある。続けて借りる場合、間をおいて再度借りる時もないではない。

今回の「水墨画」はNHK趣味入門のシリーズ。発行日を見ると1998年とある。
数日前テレビで、若い女性の墨絵の個展風景が映し出され、その絵がまことにほのぼのとしたもので、それに触発されて借りてきた。

図書館通いが、ボケ防止の狙いも含めて生活の一部になっている。



2018年3月5日(月)
「閑」のある生き方 その2
3日前の続きである。
3日前のコラムの切り抜きを読もうとしたら冒頭部分が破れている。読める文字を連ねると、「先月のこの○○○○の「閑」について書いたところ、たくさんお便りいただきました。・・・」とある。〇部を推察するとおそらくこの「時の余白に」で触れてあるのであろう。是非とも先月のコラムが読みたくなった。

試案の挙句、ある機関に手紙を書いた。コピー同封の上、有料でもよいから当該コラム先月分の入手方法を教えてほしい、と。
1週間くらい経たのち電話が来た。職名を名乗ったうえ、コピーが入手できた。ファックスで送る。本来この手のサービスはしないことになっており、入手先は明らかにしないでほしいと言われる。お礼をいって電話を切った。ほどなくファックスが入る。ただし、小さすぎて全く読めない。その機関に電話して職名を名乗り、読めない旨伝えると、メール添付でPDFデータで送付されてきた。


まさしく読みたいと思ったコラムであった。
プロ野球の王さんが2006年7月、がん治療のため一時監督を休んだニュースを受けている。
「一時も早い復帰を!」とは別の意見があってもいいのではという趣旨。

同じことは一般の人にも言える。「はつらつと生きなければまずいような、もっと自然体で生きてよいのでは」、「前を向くも、後ろを向くも自由、それが定年の意味だ」と、芥川氏はコラムで述べるのである。

さらにコラムは、晩年「閑のある生き方」を著した中野幸次氏を引用する。
「多忙を離れ「閑」の状態に身を置くとき、人間は本来あるべき自分自身になる。真の幸福はそこにしかない。それが可能な老年とは人間の一番いい時なのだ」と。

当然のこととして「閑のある生き方」を買い求めた。いま、味わいながらゆっくり読んでいる。



2018年3月4日(日)
ミニウィンチ

話が前後することになる。昨日、少し触れたミニウィンチの話。

これまでも、この手の牽引装置を使ってはいた。例えば、次の場面
こちら→
こちら→
重量物を持ち上げたり、引っ張ったりする場面である。
いつ頃購入したか覚えていない。価格は3、4千円であったと思う。

少し余談;先の場面で、前者では「ジャッキ」といい後者では「ミニホイスト」と言っている。今回改めて調べると、ジャッキは持ち上げる道具、ホイストは持ち上げて移動する道具、引っ張る道具は「ウィンチ」が正解らしい。
今後は「ミニウィンチ」で統一することにする。

本文に戻る;結構重宝に使用していたが欠点があった。牽引する長さに制限があって、1.5m位であろう。2mまではない。
したがって長い距離を引っ張る場合は、一旦荷をほどきワイヤーを伸ばして再度巻く、ということになる。
荷がほどける場合はそれでも良いが、そう行かない場合もあって、距離に制限のない牽引具が欲しかった次第である。

長さに制限のない牽引具として”チルホール”という装置がある。シルバー人材センター勤務時にセンター用で購入した。ワイヤーロープで引っ張る本格的なものであるが10万円前後した記憶がある。

さて、今回のミニウィンチ、商品名は”プラロック”。


(各々、右がプラロック、左が従来品)

機構は両者ほとんど変わらない。従来品は4mmくらいのワイヤーロープを軸に巻き上げて引っ張り、今次のものは14mmのナイロンロープをプーリーで引き込む形になっている。
少し驚いたのは、ロープの凸形状とプーリーの凹形状をかみ合わせる仕組みで巻く力を生み出していたこと。金属とナイロンのかみ合わせで大丈夫なの、と少し懸念の気が起きた。
引っ張り力は350Kg、とカタログにある。

里庭仕事の多くは一人作業。
安価な道具の組み合わせで仕事の効率が上がり、範囲が広がることになる。
馬鹿と鋏は使いよう、と言うではないか。新ミニウィンチの活躍が期待される。



2018年3月3日(土)
初戦敗退
「山の学校」(2月25日)で教えてもらったミニウィンチ(マーベルプラロック)がアマゾンから届いた。

このウィンチを最初に使う作業は既に決めている。
昨年8月13日に倒した薪材の残りを引き出すに使うこと。
倒すときはマキノキと思ったものの1本が栗の木で、このまま薪にするにはもったいなく残しておいた。できれば切らずに搬出したい。
根本直径が約60Cmで長さはおよそ5m。概算計算で重さは600sとなった。

計画は、
下り傾斜と雪の滑りを利用してミニウィンチで平らな場所まで引き出す。
次に材の片方を運搬車に載せ、残りの片方は地面につけ、やはり雪の滑りを利用しつつ目的地まで引っ張る。
というもので、イメージとしては完璧なものが出来ていた。


平地の雪はほとんど融けているのに山は意外と多い。運搬車が沈むのを心配してかなり手前で止めた。
目的の木は、姿は見えるが雪に埋まる部分も多い。幸いに端は浮いている。ワイヤーロープを巻き付けた。
引き出し方向の先に太いこれまた栗の木がある。これにもワイヤロープを取り付けた。
そしてこれらの両者をミニウィンチとナイロンロープでつなぐ。この距離はおよそ20mくらいか。

いよいよ本番とミニウィンチを操作するが全く動かない。
そばにあったスコップで木を動かしてみたが、これまた微動だにしない。
一人では無理と午前の作業を中止した。この間およそ2時間の動き。

午後はMの支援を受ける。長めの鉄パイプを用意し栗の木の下に当て動かすなど、いろいろ試したがやはりビクともしなかった。
融けているように見えてもまだ木の下部は凍り付いているのかもしれない。あるいは計画自体にミスがあるのかもしれない。
とりあえず今日の作業は中止した。午後は約1時間。

屋外作業の初戦、ミニウィンチの初戦。
初戦は見事に敗退であった。
捲土重来を期すことにする。



2018年3月2日(金)
「閑」のある生き方

「閑」のある生き方。
今年になってからの思考のキーワードになっている。

「忙」に対抗する「閑」というとらえかたである。

読売のコラム「時の余白に」に載っていた。
読売のコラムで橋本五郎氏のものは小欄ですでに何度か引用したが、このコラムが登場するのは初めて(のはず)である。芥川喜好(きよし)氏のコラム。月一で掲載される。

きっかけは今年1月。良寛全集の第3巻が欠けているのが気になった折りのこと。(今年1月3日付け)
本棚から第1と2を取り出してみたら、第1巻の表紙裏に挟んであった。

2006年の記事であるからすでに10余年前のものになる。
究極の「閑」に生きた人として、良寛全集の編集者の一人、Mさん=松本市壽(いちじゅ)さんを取り上げている。
松本さんは元々書籍の編集者。これが、退職後に良寛研究の第一人者になり、全集編纂に及ぶ過程が述べてある。

このMさんを「閑」に生きた人として、最初に取り上げたのは中野幸次氏。その著作「閑のある生き方」であった、と芥川さんコラムの初めで紹介している。

「閑」とは
・「閑」という時間のあることに気がつけば、風景はかわります。
・「閑」はなにものにもとらわれず自分が自由にできる時間です。
・200年前の越後で、良寛は人間における究極の「閑」に生きた人です。
・良寛全集は、「閑」を生きる人々の「精神を支える言葉」の宝庫です。
本コラムからの抜き書きである。

こんな経緯があって、昨今は「閑」に結構夢中なのである。


2018年3月1日(木)
雪が消えた
昨夜は嵐であった。温度はさほど低くないが、雨が降りそしてひどく風が強い。
起きてから2階で一仕事して、窓のカーテンを開けて驚いた。
雪がすっかり消えている。景色が一変していた。


こうなると、当分先のことと思っていた作業を、する気がおきる。裏納屋の車庫前の除雪。
昼食をはさんでの午前と午後、それぞれ30分余りかけてとり除いた。

作業方法は毎年同じで、以前別の項で詳述している。 こちら→
ただ、この年の作業日は1月の末となっている。今年の雪の多さが、思わぬことで証明された感じ。



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