(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2018年2月28日(水)
冬の出立ち

屋内で過ごすときの冬の出立ちである。
今冬の初期に”発明”した。

ネックウォーマーとベスト。
かなりくたびれた風に見えるが、すでに数年着古したものであるから、致し方ない。それでも、ネックウォーマーはmont-bell、ベストはTHE NORTH FACEのブランド品である。

着古しておいて何が”発明”かというと、セットで着る、ということと、これまで屋内ではあまり着用しないネックウォーマーを屋内でも着る、ところが発明なのである。

ネックウォーマーは暖房にはすこぶる効果がある。にもかかわらず、着用の負担が少ない。
同様に、ベストも腕が出ており、行動への妨げが少ない。
この二つを意識して着ることで、暖かくしかも動きが軽やかに過ごせるということになる。

軽やかな身の動きという抽象的な効果のほかに、具体的な効果もあった。
これまで、2階自室の灯油ストーブのセット値は18℃であった。これが、今年は16℃で済んだ。寒さをこらえることは一切なく、快適な温度なのである。

セットを2℃変える効果はどのくらいあるのか。仮に冬季の外気平均が0℃とすると単純計算で12%の燃料節約になる。少し暖かくなって外気が5℃の時は16%の効果がでる。
馬鹿にはならない。”発明”といえる所以である。

2月も終わりになった。発明から抜け出せる日も遠くはなさそうである。


2018年2月27日(火)
冬銀河

およそ2週間の、日本中が沸き立つ、五輪が終わった。
マスコミもそれを受け取る各々も、これを享受せねば人ではない、という熱狂ぶりである。勿論、KもMもその中の一人。

新聞も大きく紙面を割く。
読売もそうであった。読売が今次五輪で放ったスポーツ面での新企画が「冬銀河」。
「選手たちの戦いや五輪への思いを、各界の著名人にコラムで書きつづってもらいます。」と第1回掲載時の文末に補足書きが載っている。

ただし、私がこのコラムを認識したのはかなり後のこと。それまでは、なにかある、とは思っていたが読まずに飛ばしていた。
たまたま読んだのが23日の杉野希妃氏。なぜこの日に限り読む気になったのかわからない。長い黒髪のプロフィル画像がそうさせたのかもしれぬ。スノーボードの平野歩選手に「心を鷲摑み」されたという。そしてコラムの主題が「魂のやりとり」で貫かれていた。
面白いコラムと初めて認識し、片付けられていない新聞の山を改めて開きなおした。スポーツ面を出して「冬銀河」を探す。あるものはすべてカッターで切り取った。

2月9日が初回で最終が24日。毎日ではない。切り取った枚数は全部で9枚であった。
日程をすべて終えた時点で、誰かの記事が載るのではと、昨日そして今日のスポーツ面を探したが載っていなかった。

切り取ったすべてを読んだ。どのコラムもそれぞれに面白い。その中で、特に惹かれた3名分を抜き出すと以下の方。



いずれもスポーツとは無関係の人になった。恥ずかしながら、3名の方をこれまでは承知していない。

ともかく冬季五輪が終了した。



2018年2月26日(月)
我流鍋

木曜日の夕食はKが担当と決まっている。このことは何度か本稿で触れた。例えば、2016年5月12日付け。
この習慣が現在も続いていることは言うまでもない。
ただし、昨今は木曜日以外でMが勤めに行く日にKが夕食を作るのも珍しくなくなっている。
Mの勤務日は月~木が原則である。したがって、Kの夕食作りが週4回になることもかなりある。
この場合のメニューであるが、木曜日は一汁二菜で本格的なものにし、後の日は手を抜く。
手を抜く方法で一番簡易なものが鍋。1種類作れば全て完了するからである。
今では作れる鍋の数も随分増えた。

その中で今日は「我流鍋」と名付けているもの。水炊きの一種である。
動物性のもの何か一つと後は手元にある野菜や豆腐など入れるだけ。決まりがないのが「我流」という次第である。

今日は手羽元にした。
簡易といっても、作るにあたって手は抜かない。
昆布は1時間以上前から水に浸しておく。鳥は解凍後酒と塩少しをもみ込んでおく。
次に行うのが、鳥の皮を焼く技法。鍋に入れる前にフライパンなどで皮を焦がす。藤井恵さんの料理本で教わった。このひと手間で鍋が格段にコクのあるものになる。

焼いた鳥を鍋に入れ、ひと煮立ちさせあくをとる。酒と塩少しで薄い下味。あとは野菜など入れて煮るだけという鍋である。

つけだれは自分好みで各自めいめいに作る。この時、我が家で準備する調味料は4種。あごだし、醤油、ポン酢、そしてごまだれ。
ごまだれは欠かせない。

〆は大方冷凍の讃岐うどんになる。残った汁が翌日の朝も出ることもしばしば。
誠に鍋は重宝である。

鍋で夫婦円満になったという人もいる。

2016年5月22日、読売日曜版から。
「我流鍋」のアイディアは記載されていなかった。



2018年2月25日(日)
山の学校

隣の公民館が主催する”地域づくり”勉強会の名前である。
今回のテーマは「『一般市民の山仕事』道具で変わる世界」とある。

私が参加した最大の関心事は、手ごろな牽引治工具の紹介があるかもしれない、ということである。
午前が座学、午後は体験、とあるが治工具の存在が判ればそれでよいと、座学のみ参加した。

講師は、IT絡みの仕事をしていたが、ワイルドな生活がしたくて島根に移り住んだ、という略歴の人。
多辯な人で、言葉がよどみなく出る。最初は自分の体験談から始まる。これが長く小1時間。なかなか本題に入らない。
座学の予定は2時間であったが、結局3時間におよび、最後に軽トラに丸太を載せるとこを見てもらいたいとなって、午前の部を終えた。
午前の部では「道具」に話が及ぶことはなかった。

しかし、渡された資料はしっかりしたもので、流し読みすると牽引治工具らしい記事も載っている。
別れる前、個人的に質問すると、資料最終頁にあるホームページアドレスを示し「お子さんか、お孫さんに頼んでパソコンで内容を見てください」と答えが来た。
「ホームページなら自分でも見れます」といいつつ、お礼を述べて帰ってきた。

記載のホームページは こちら→
商品名を「マーベルプラロック」といい、アマゾンでも売っていた。
まさに、私が探していたもの。
有益な講習会であった。


2018年2月24日(土)
違和感解消

ロッキングチェアの話(21日)の続き。
前の椅子は50近く座り続けてきて、その感触が体に染みついている。
新たな椅子に違和感を感じるのも仕方はない。

馴染み感が生じるよう少しづつ手を加えているところである。

最初に行ったのがひじ掛け部の、手の平が当たる部分。
以前下屋に置いていたころ、この個所の下部がはがれ落ちた。木工ボンドで接着したがわずかにずれていたとみえる。目では確認できない位の微妙な段差。ところが指先で当たるとこの段差が気になる。一旦塗料を塗り終えた部分ではあるが、違和感解消のためには致し方ない。木工やすりとサンドペーパーで当たりを無くして塗料を塗りなおした。

次が敷物。これまでの敷物はスポンジ(写真では黄色のもの)が押しつぶされて機能しなくなっていた。
いっその事買い求めようかと調べてみる。飛騨産業製で、この椅子専用のものを売っていた。値段は背当てと敷物がセットで1万8千円超。買うには少し高すぎる。
改めて敷物の布カバーを見直すと、傷んではいるが使用に耐えそう。スポンジのみアマゾンで探して入れ直した。低反発ウレタンで4×54×50Cmのサイズ。送料込みで1500円なり。1/10で済んだ。
ただし、厚さが厚すぎる感が少しする。このままで慣れていけるか、買い替えることになるのか。
も少し様子見である。

椅子の底部が荒れていて、前後などの移動がひどく重い。木工やすりで仕上げてみたが大きな変化がなかった。
家具などの滑りを良くするテープが市販されているような気がして、Mにそんなものの手持ちはないかと尋ねたら、ガムテープでも良いのでは、という。
なるほど、と思い直してテープ類の置き場を探すと、ころあいの幅のテープがあった。仔細にみると両面テープである。が、通常のガムテープよりテープ表面が滑らか。物は試しで張ってみたら、容易に動くようになる。
意外なものが、使えるものになる。



2018年2月23日(金)
18歳と81歳

今日、Mが美容院に行きもらってきた。


(映像をクリックすると、拡大映像がでます)


誰の作なのか、一説には、綾小路きみまろという説もあるらしいが、真偽のほどは分からない。
読んで、大笑いした。

誠に、言い得て妙である。



2018年2月22日(木)
旧友からの書簡

一昨日、思いがけない封書を手にした。
少し大きめの茶封筒が届き、裏を返せば大学時代の旧友の名があった。入学時、寮に入った時の同学年生である。
九工大の寮制度については、以前本稿で少し触れている(2016年10月30日付け)。

一緒に入寮した同学年は3人いてその中の一人。

年賀状のやり取りのみが続いていて、封書が来るような付き合いはしていない。懐かしい思いも抱きながら、何事ならんと開封すると、内容はこれまた思いも掛けないことであった。
本欄2月15日の「お年玉切手」に関するもの。

要約すると、
亡くなった義母様の遺品で、昭和30年代以降のお年玉切手シートをたくさん所有している。譲れるものもある。リストを同封するので、必要なら、必要枚数を記入して送れ
とあった。

Mに話すと是非欲しいという。折角のお申し出に遠慮なく従うことにして、我が家で所持しないものを各1枚お願いすることにした。
我が家のコレクションは昭和57年が最初。これが30年代まで遡ることになる。

氏は「機械」が専攻。車愛好家で大学でもクラブ活動は「自動車」であった(と思う)。当時の名車、トヨタのクラウンを運転して現れ(場所がどこだったか、思い出せない)、誇らしげに笑った顔が今でも眼前に浮かぶ。念願の「マツダ、元;東洋工業」に就職し、生涯を「車」とともに生きた(まだ亡くなってはいない!)人。

書状には近況も記してあった。
「・・・、それから八色石里庭を拝読、・・・これが私の朝のルーチンです。」とある。
有難いことである。



2018年2月21日(水)
世代交代

48年使い慣れた、自分が購入したものでは最も古い家具と別れる時が来た。2016年10月25日、本稿で触れたロッキングチェアである。
今朝、右方向に力を加えたらグシャときた。座面が割れている、と同時に脇木から背宛てになる個所の細木が折れている。
修理の方法を頭に描く。方法がないわけではなさそう。

だが一方、もうよいか、とも思い始めた。数え切れない修理をし、いわば満身創痍である。そして、背あてもひどい。
長年身を支えてもらい、未練は大いに残るが、もはや天寿にしてあげるべきではないかと。

ただ、その判断には若干の打算もあった。
新たに購入しなくても、立派な後継を持っているからである。
この後継者、同じく2016年11月6日付けで既に述べた。素性の良さに驚いて納屋に収容し、そのまま納屋でほとんど寝ている。
この椅子を表舞台に出そうと思いついたのである。

長年、風雨にさらされ少し傷んでいる。
小さな割れ目に木工ボンドを注入し、荒れた表面をサンドペーパーで均し、木工用の塗料を塗って再生させた。乾燥などの時間も含めて朝から晩までの時間を要した。
基本的な性能は元々良い。これらの工程を経て鈍く光る貫禄のロッキングチェアが蘇ってきた。

このロッキングチェアのことは「暮らしの手帖」で知ったのだが、今でも販売しているかと、今回改めインターネットで調べてみた。
飛騨産業製、穂高ロッキングチェアC63の名称でロングセラー商品として今でも製造販売されている。税込み68,040円なり。



2018年2月20日(火)
雪消

終日雲一つない陽気になった。
昨日が二十四節季の雨水であるから、実質上の気候が春めいても不思議ではない。

昨今ほぼ恒例にしているウォーキングを昼食後にやる段には、気温も上り、今年初めて防寒着なしのセーターだけで充分であった。

途中我が家の方向を望むと田んぼの雪が解け、いかにも春近しの感がする場面があって写真に撮る。
家の前まで帰ると、雪解けが盛んで、小さな流れになっていた。

良寛に
  ひさかたの 雪消(ゆきげ)の水に濡れにつつ 春のものとて摘みて来にけり
の歌がある。

この時期はも少し先かもしれぬが、感慨は近い。

終日の温度推移調べてみた。
未明のマイナス3度近くが9時頃からどんどん上がり、昼頃には、ほぼ8度になる。それが4時過ぎまで。
温度が5度を超すのは、おそらく、今年になって初めてと思われる。

庭先に雪の高さを測る竹を立てている。
朝30Cm近くあったものが夕方は20Cm近くまで減っていた。



 

2018年2月19日(月)
本日休刊
2018年2月18日(日)
葬儀の食事

昨日の続きの話。
世間では人手の減少を理由に、葬儀時の料理を簡略化する方向が強い。
料理は作るが器を購入品にするという例、そして、料理はいっさい作らず仕出しの品ですべてまかなうという例、などそのやり方は様々である。

当講中も事情は世間同様で人手が減少し、「簡略化しては?」という意見がなくはなかった。こんな状況を受けて講中で会合を設けた。平成27年8月のことである。できるだけ多くの参加者を得たく日曜日の午後に開催した。
議事録を見ると参加者は19名、3時間を要している。

多くの事項を検討しているが、その中でも食事をどうするかに一番時間を要した記憶がある。
簡略化の意見も出たが決論は「当講中は従来どおり取り付きの日の昼食、夕食、および葬儀の日の御斎を手作りする」となった。ただし、改善もされた。御斎時は黒塗り器を全員に使用していたのを、お坊さんと当家に限ることとし、手伝い者の器は何でもよいことにした。
黒塗りの器(”八十物”という)は扱い方が大変で、この数の減少は省力化にとって効果は大きいらしい。

昨日も触れたが当講中では長く不幸がなかったので、今回の葬儀はこの打ち合わせ後の初めての葬儀になった。


(左上、前日の昼食;左下、夕食
右上、御斎の手伝い者;右下、当家用に
作ったものが少しあまり手伝い者に流用された)

打ち合わせに従って料理が作られた。メニューは女性陣の裁量になるがおおよそ決まっている。特に御斎の様式は決まっていて、平、壺、中猪口、御飯、汁の5品となる。

味は伝統として受け継がれていて、まことに美味である。

長く続くことを期待はするが、問題の再燃は必然で、後は時間である。5年か10年か。10年は持ちそうにないと思われる。



2018年2月17日(土)
葬儀手伝い

八色石集落には講中(こうじゅう)という組織がある。自治体を構成する組織ではなく、地域に根差した古いもので、かつては様々な場で協力姿勢をとっていたらしい。
集落には入れてもらえても、講中に入れてもらえないということがあったとも聞く。
今では、誰かが亡くなった時の葬式の手伝い時にのみ機能している。

集落には講中が2つある。したがって、集落で不幸があっても出夫の依頼が来る割合は5割である。
幸いなことに、昨年は集落内で不幸がなかった。この前に亡くなった方が出たのは一昨年の暮れで、しかも、もう一方の講中の方である。
しかし、今回我が方の講中の方がなくなった。久方振りの手伝いである。

葬儀の手伝い内容は男性と女性で大きく分かれる。
男性の業務;儀式運営、会場準備、火葬手伝い、帳場(会計)等である。
女性の業務;当家や手伝い者の食事作り、お坊さんのお世話などになる。

手伝いは、原則各戸一人となっている。我が家でいえばKかM。
今回はKが会計役で手伝いとなった。

手伝いは2日がかりとなる。
当地は通常と異なって葬儀の前に火葬をする。第1日目の午前中に火葬、そして夕刻に通夜。
第2日目に葬儀である。

今日はその第1日目であった。



2018年2月16日(金)
本日休刊
2018年2月15日(木)
お年玉切手

Mの作品である。
年賀状の当たりくじでもらった切手シートを額装したもの。
地元の郵便局で展示してもらっていたものが今日帰ってきたらしい。

昭和57年から今年のものまでが並んでいる。全部は揃っていない。

中で珍しいと思われるものに昭和64年がある。昭和天皇は昭和64年1月7日に崩御されすぐに平成となっている。昭和64年は僅かしかなく、使うことはほとんどない。その使うことがほとんどない「昭和64年」のものである。

葉書用が2枚印刷されている年と葉書用と手紙用がそれぞれ1枚印刷された年の2種類があることは、今回初めて知った。

価格の変動も見える。葉書分で見れば40→41→50→52→62円の変遷をたどっている。

我が家の年賀状数は200枚を超える。M分がK分より多い。切手シート、以前はかなり当たっていたのに昨今は1~3枚らしい。当たらなくなったとMがぼやいている。
切手シート以上の高額物が当ったことはない。



2018年2月14日(水)
防寒対策

我が家の設備で防寒上最も弱い箇所は男性用トイレの水洗個所である。冬支度の一つとして止水栓の周囲をタオルでまき凍結防止を図るのは恒例である。

ただ、これで十分ではなく、
予測される最低気温によりいくつかの手を打つ。
予測で使う値はNHK夕方のニュース。翌朝の最低気温を使う。スマホのヤフー天気よりNHKの方が確度が高い(気がする)。

具体的には
最低気温が-2か-3度の場合はトイレのドアを開けて寝る。トイレ室単体が屋内全体より温度容量が小さいためである。
-4度を超えると電気ヒーターの電源を入れて寝る。この場合は勿論ドアは閉める。
-6度を超えると、できるだけ頻繁に起きて水を流す。
という具合である。
これで乗り越せた年もあれば、うまくゆかなかった年もある。

さて今年、うまくゆかなかった年になった。
2月になって寒い日が出た。気温データを示せば次である。

2月8日が-10.6度、2月9日が-11.6度。
8日に男性トイレの水が出なくなった。さらに、9日にはトイレ内の手洗いも凍ってしまった。
こうなれば打つ手はない。解けるのを待つだけ。脇にペットボトルを置いて使用後に水を流すことになる。

この時は幸いにその後暖かくなり、10日には水が復活した。

ところがである。昨夕NHKは今朝の最低温度を-10度と予測する。このままでは再凍結は必至のように思われた。
何をするか。良い案は浮かばず、相談の結果で採ったのは交替で寝るという最も原始的な方法になった。
Kが早く寝て、1時半に交替しMはその後に寝るという。

水を出す間隔は20分とした。最初30分で試すと少しがりがりと音がするでので先の時間で実施した。
今朝の最低気温は-9.5度であったが、もちろん水が止まる状況は起きなかった。


神岡では、止水栓がチョロチョロ流しができる構造になっていた。
今冬はこのままであるが、暖かくなったら水道屋さんに相談してみることにしよう。



2018年2月13日(火)
雪中の煙突掃除

昨日からの雪は今日も続いている。それは夜中も降り、朝での量は70Cm近くに上っていた。
通常
、雪の日は不要不急以外の仕事はしないことにしているが、この作業はしないわけには行かない。
薪ストーブの煙突掃除である。昨日から燃えが悪くなっていた。

道具は納屋に置いてある。これを取りに行かねばならない。
そのためにはスコップがいる。たまたまスコップは家の前に置いたあった。
まず、家の前後を通れるようにするところからの作業になる。
こうなると、雪を楽しむとはいうものの、少々雪が恨めしくなってきた。
この準備作業に小一時間を要した。

煙突の横に下がるものがある。雨どい。先日の雪ずりで落ちた。古いもので破れており、切り捨てるもであるが、これは不急なのでうっちゃっておく。

という次第で本番の作業になった。屋外で、専用のブラシを最初は縦に通し次いで横に通す。屋内で袋を下げてこれで受ける。
そのほかにストーブ内や周りの掃除。
かれこれ30分の作業である。

雪は午前中しっかり降って、午後は止んだ。

2018年2月12日(月)
オリンピック新種目

新種目といっても、今度の東京大会に空手が入るという話題ではない。
我が方の冬季オリンピックでの話。
今、ピョンチャンが賑わっているが、こちらは毎年開催され今年は50名余の参加があった。

いつもの「カローリング」に続き新種目として登場したのの「モルック」という競技。スウェーデンが発祥らしい。

「ボーリング」に似た競技で数字の書かれた木製のピン(スキットという)にやはり木製の棒(モルックという)を投げ倒れたスキットの数を争う。
この時倒れた本数が複数なら倒れた数を、単数なら書かれた数字を採用する。そしてその数を加算して合計が50になるように競う競技である。

本来は屋外の競技らしい。今日は屋内故、本物に見立てた紙製の箱(別の組ではペットボトルの物もあった)が使われた。
やってみると結構面白い。なかなか思い通りには倒れてくれない。
ひとしきり楽しんで競技を終えた。

競技の後は女性グループが作ってくれたカレー(有料300円なり)を楽しむ。

9時から始まって終わったのは12時過ぎ。朝から雪で、それもかなり降り、すべてを終えて外に出ると車の上には10Cm位の雪が積もっていた。


2018年2月11日(日)
餅つき

餅つきの相場は大方師走であるが、我が家の場合の常は寒である。それが今年は立春を超えた。
蓬入りの塩餡餅つきの話である。
時期を過ぎた理由の大部分はKの腰痛懸念。少し以前Mから打診が来たが、不安が残ると伸ばしてきて今日に至った。

Mの記録を見ると、この行事は我々が帰郷した翌年の平成14年から始まっていて、特異な年を除き毎年この時期に実施している。特異な年とは長男の結婚披露を我が家で行っていて、それが理由でできなかった、と記録に記載が残っている。

元々はMの実家で実施していたが、 一例は こちら→
一昨年から我が家で、 詳細は こちら→
しかも二人きりで行っている。

さて今年、詳細を披露できないハプニングがあって塩餡が不足する事態が発生し、それを補うため、Mが以前作り冷凍保存してあった甘い漉し餡を使うという異例が起きた。
「甘い餅なんぞ」というのが我が家の定説であったが、食べてみると予想外に美味である。子供や孫など若い世代にはかえって好評かもしれない。
我が家の伝統文化が、今後変化する可能性もある。

時代の変革などは、往々にしてこういうハプニングから起きるものかもしれない。

有難いことにKの腰はどうやら無事のようである。



2018年2月10日(土)
データの復元

パソコンからデータが消える状況が起きていた。
消えたと認識しているのはホームページに使用した映像データなどの5割くらいとExcelファイルが少なくとも3個。

消えた理由で推測されるのが2つある。
1つは一連のパソコン騒動(2月1日)時。もう1つはバックアップデータを保存するUSBを、データ量がほぼ満杯になったので、1個から2個に増やしたとき。
おそらく後者であろう。
フォルダは残っているのに中のファイルのみが消えていおり、気づくのが遅れてしまっていた。

USBは再フォーマットし上書きしている。パソコン内を検索したがどこにも見当たらない。
ほぼあきらめていたいたが、ふと思いついた。復元ソフトというものがあるらしい、ではないかと。

最初に試したのは有料ソフトの無料体験版、すぐに有料版を勧めてくるので途中で逃げた。結構高価なソフトであった。
次にフリーソフトを探してみる。数ある中で使ったのは「Recuva」という。詳細は こちら→

シンプルで使いやすいソフトとあるが、最初は勝手がわからず苦労した。
フォーマットしたものでも復元するのかと危ぶまれる。
また、通常スキャンと詳細スキャンの違いもわからない。
詳細スキャンに要する時間感覚が分からないので、ソフトが止まっているのではと怪しみ、中断したことが1、2度あった。
最もわからなかったことは、復元可能なファイルでもファイル名が変更されていることがあるというで、これを承知したのは偶然のたまものであった。これは何だろうと数字の付いたファイルを復元し開いてみると、思いもせぬファイルが再現されたのである。

そんな経緯を経ながら、存在の可能性が一番あるUSBを復元した。

失ったExcelファイル3個は復元された。マクロもチャンと動く。
復元された映像ファイルは約4000である。

私の経験をまとめると
・無料であるが、強力な復元力を持っている。
・「復元不可能に特別に消去する」操作以外の間違って消したデータは復元の可能性がある。
・通常スキャンではほとんど復元しない。詳細スキャンを行う必要がある。
・詳細スキャンには膨大な時間がかかる。私の場合、Cドライブでは6時間、USBで2時間要した。スキャンしながら寝るのも良い。
・復元可能なファイルはすべて復元して必要か否か判断するのが良い。ファイル名は変わっていることがある。
・マクロを含んだファイルも復元時は「.xlsx」の拡張子が付いている。エラーメッセージが出るので「.xlsm」に「名前の変更」をすればよい。
・操作は例えば「ドキュメント」や「ピクチャー」など種類を分けて検索するのがよい。これは復元時の操作を容易にする。
以上である。

「ゴミ箱から消した」という時など、失敗したと思うときの最後の手段として使えば、強力な助っ人である。



2018年2月9日(金)
雪辱戦
2月6日の雪辱戦である。

当初、この話を載せるつもりはなく写真を撮らなかったのであるが、「笑うほど上手くいった」のでMが「載せようよ」という。
もう1回運ぶことにして、わざわざスマホをとりに行って、2回目の写真である。


道幅の狭そうなところを1部広げただけであるが、雪がしとったこともあって誠に上々の出来であった。
後ろから押すのはわずかで、坂では一人で滑り落ちてくれる。

前回は1回の運びであって薪は3日もった。今回は2度運んだので5、6日はもってくれるであろう。

で、今回も、最後は又々お決まりのコースである。



2018年2月8日(木)
一石二鳥

良寛の歌に次のものがある。
   うづみ火に足さしのべて臥せれども
          こよいの寒さ腹にとほりぬ
炉を炬燵のようにして足を入れて寝るが寒さが耐えられない、と。

これに比べ、わが冬の何と有難いことか。
暖を取るのは湯たんぽ。十分に熱した湯を入れれば朝までまことに温かい。

しかも、湯沸かしの道具は薪ストーブ。やかんに水を入れ上に置けば小1時間で熱湯になる。
早めにセットすれば寝るときはホカホカである。

燃料費はただ。
身も心も温かで一石二鳥である。

良寛の解説本には「良寛の生き方が示すのは、人は所有と快適・快楽ばかり求めていては、本当の心の充実はできない」とある(「良寛に生きて死す」中野幸次著)。
良寛の生きかたに好意を抱く身であるが、とてもその真似はできず、現状使えるものを利用する快楽は許してもらうことにする。



2018年2月7日(水)
雪下し

やけくそでまた雪の話。

今朝の読売コラムによると、豪雪で名前が付いたのは2つしかないそうだ。「平成18年豪雪(18豪雪)」と「昭和38年豪雪(38豪雪)」。両方とも強い記憶がある。38は高校3年生で学校に行くのに難渋した。18はシルバー人材に勤務時のこと。雪下しの依頼が続発し、年末皆は仕事納めの祝いをしているのに、わが方はそれを横目に会員手配の電話をしていた。

さて、今年。
福井地方は大変な様相を呈しているが、当地は多いとはいうものの、先の2つの豪雪時に比べれば、まだ可愛いかもしれない。
さりながら、雪との戦いはある。薪小屋と知足庵の雪下し。

薪小屋の雪下しは今年3度目。

後方に倒れやすい構造のため、過去2回倒れた。 こちら→ と こちら→
これらの反省からの対応である。

知足庵は今年始めて。年により実行しないことも多い。下すか下ろさないか、手を付ける前は迷ったが、もし万一倒れた時の悔しさを思い起こして着工した。
たどり着くまでも大変。ラッセルしながら漸くのことで着く。

上がってみると結構高い。滑り落ちたら怪我もありそう。写真撮影もかねてMを呼んだ。
作業は1時間余りで終わる。

一安堵した。



2018年2月6日(火)
新々 薪運び
雪絡みの話題は避けようとしたが致し方なく。

1月19日の続きである。この方法悪くなく、その後これにて1、2度運び込んだ。
ただ、ここにきてまた大雪。橇を使うには踏み固めて道を開けなければならない。これも難渋だな、と思っていたら新たな手法を思いついた。

カナダ製の橇。本格的である。当地に移住してすぐにMの弟が持ち込みそのままになっている。
大型なので踏み固めずとも良いと思いついた。


薪を縛れるよう細工などして始める。腰痛を心配して引くのはM。Kは後ろから押すことにした。
初めは何とか動き出したが、そのうち傾き始める。通路は不要として始めたので、橇の幅より道が狭く片方が道の壁に当たってせり上がり出したのである。Mが踏み固めて幅を広くするが、もはや重心が横に移動していて荷は戻らない。
それでも無理やり押したり、荷を横から起こしたりして、下り坂の下まで何とか運び込んだ。
そして、ここが終点と観念して、そこからは小橇で運びなおした。

今回の大橇の運ぶ量は、小橇の軽めの4回分くらい一度に運べる。悪くはない。それなりに準備して作業に当たれば十分使えそうである。
窮すれば通ず、である。

で、また、最後はMのお決まりのコース。



2018年2月5日(月)
新 雪物語

またしても雪の話。
2月2日から降り出して今日で4日連続の雪である。特に昨日から降る量が増えてきた。

*写真上段
朝9時過ぎのもの。ビニールハウスの鉄骨に付着した雪を取り除いた。1月の雪で少し下がり、これ以上潰されないようにとの配慮から。パイプの下まで丸く雪が付くとは知らなかった。
*写真中段
午後1時頃Mが仕事に出ていく時の写真。左はMの撮影による。県道沿いの駐車場まで歩いていくとき前方を写した。右はその時の様子をKが家の2階から撮影した。
*写真下段
大した意味はないが家の前を撮ったもの。撮影時間を見たら左が12:23、右が16:18となっている。この間に随分と降ったことが読み取れる。

家の前に積雪が読み取れる棒を立てているが、その値を見ると夕方で約70Cmある。

今回の雪は木曜まで続くらしい。
雪を8割楽しみ2割恨んでいる程度にて、ご心配いただく事は全くない。



2018年2月4日(日)
ぜにほう学校

「ぜにほう学校」冬の部の募集がなされた。
「ぜにほう学校」は地域の子供支援組織である。Kは無関係であるが、Mは支援メンバーとして要請を受け参加している。
「里庭」は結構かかわりがあって、開校式がここで開かれ(2016/8/11)、昨年夏の部にも使用された(2017/8/11)。

今回の冬の部は、ソリを作って滑りその後善哉を食べようという企画で、ソリ作りは公民館で行い、雪があれば滑りと善哉会は里庭でという基本計画であった。


昨日から吹雪が予想され開催を危ぶんだが、聞けば決行するとのこと。我が方も下屋での善哉会の準備をした。

そしてその当日である。かなり吹雪く。
Mは公民館に出向きソリ作りに立ち会う。まだ”滑り”は里庭予定らしい。
Kは里庭で待機するが、吹雪の感は増大する。下屋は吹きさらし。納屋の駐車場を善哉会の場所にしつらえ直したりした。

さらに吹雪く。里庭での”滑り”が中止になったのは、Mが善哉を持ち帰り温めの準備をしている時であった。
結局”滑り”は公民館の雪ずりを利用して実施された。
善哉はMが再び運び込み公民館にて食べた次第。

雪ずりの短い傾斜でなく、里庭の長い傾斜を滑らせてやりたかったが致し方ない。
泣く子と地頭には勝てぬ。自然の横暴にも勝てぬ。



2018年2月3日(土)
掘出しもの

野菜の高値がニュースになっている。
先日、図書館の帰りにスーパーによってみた。買う気はなかったが野菜のコーナーをのぞいてみると大根が360円、小さめの白菜が四つ割で250円となっていて大いに驚いた。
田舎にしてこの値段である(ガソリン同様田舎だからかも)。

我が方は有難い。少し冷たさを我慢すれば、見栄えは悪いがみずみずしいものがすぐ採れる。

これでも白菜である。

夕食は自分が作ると宣言していた。
またしても鍋で逃げる予定である。冷蔵庫をみると酒粕があった。冷凍庫には鮭がある。
石狩鍋は!と閃いた。
作ったことはない。手元の鍋の本を見るが載っておらず、またしてもクックパッドに頼ることに。
有料会員である。特権で見れる人気レシピの1番と2番を参考にすることにした(レシピNo.922374、2092491)。
じゃがいもを入れるとある。鍋にじゃがいもは始めて。
白菜は必須で先の収穫行動になった次第。
切ってみると小さい株が少し余った。今日の収穫であと2、3回は鍋ができる。

味は、石狩鍋で検索して出る188レシピの中の人気1と2であるから、まことに美味。
鍋の持ちネタの一つとすることにした。

材料の白菜も、レシピも”掘り出しもの”である。


2018年2月2日(金)
「晩秋」

季節の話ではない。1月15日に絡む小説の話である。

その後一時雪はやんだが、20日過ぎから再び連日の雪となり、またパソコントラブルにも見舞われて図書館に行く気が起きなかった。
が、一昨日はその両方が解決し、図書館に行ってきた。
予定していた周五郎の「町奉行日記」を探す。見当たらないのでパソコン検索をすると、当館になく町内他館にありと出た。致し方なく取り寄せを依頼し、他の書籍をいくつか借りて帰ってきた。
届くのは数日先と思っていたのに、昨日夕方、Mがあずかったと言って封筒を渡してくれる。
図書館スタッフが渡してくれたらしい。中に「町奉行日記」が入っていた。


今日開く。中は10の短編からなっていた。
「晩秋」は2番目に載っている。23ページで読むに時間はかからない。
五郎氏が描いた話が載っている。

屋敷は質素なもので「櫟(くぬぎ)林をそのまま取り入れたあたりと、僅かに野川の水を引いた」風情の中に立っていた。
ある時、遠藤主計は都留問う。
「あれはなんとという樹か知っているか」
都留が答える。
「・・・たしか、櫟だと存じますが」
主計が静かな声で呟いた。
「この木が櫟だということは、この年になるまで知らずに過ごしてきた。・・・」
藩命に勤しんだ主計嘆きの声である。
そうはいいつつ、凛とした生を貫いた。

恥ずかしながら、読み終えて涙が頬を伝わった。

翻って我が晩年。櫟の木々に囲まれて、ゆっくり、と生きている。まことにありがたい。
主計の真似はできないが、これもよし。



2018年2月1日(木)
パソコン顛末
およそ1週間かけて復旧した。
この間、「ほんとにパソコン?」と電話をくれたり、「まだ修理から戻らないの?」と声をかけてもらったりの人があり、有難いことである。

問題は二つあった。
一つはWindows10のバージョンアップのこと。昨年秋バージョンアップされたFall Creators(No.1709)に変更できないという問題。
もう一つはExcelで、関数を含むファイルが立上げに時間がかかるようになった問題である。

通常の場合、バージョンアップはいつの間にか実行されている。現に、我が家のパソコンで他に二つある(昨年8月15日、8月25日で記載)機械は確認するとバージョンアップ済みになっていた。
ただ、当該機はソフト類を多数入れているためか、簡単に移行できないのである。このことは昨年夏にも経験した(昨年7月25日に記載)。
Excelのことはまったく理由がわからない。
もっとも、バージョンアップが実行されれば解消されるかもという期待感はあった。

こんな経緯で2、3日、思いつく事項をいろいろ試したが治らない。挙句の果て、パソコン内蔵のソフトで調べたら「ハードディスク異常」の結果が出た次第である。
メーカーの富士通に電話した。「8から10に格上げした機械では、そのメッセージが出る可能性がある。もう一度確認しましょう」と先方の指示でパソコンを動かし調査をすると、「異常なし」の結果となった。
そして、トラブルの原因を少し探ってはくれたがうまく治らず、「基本的にはWindowsの問題、マイクロソフト社に相談して欲しい」と相談を打ち切られた。

マイクロソフト社は、相談は原則メール対応である。一人で直さざるを得ないと、覚悟を決めた。
手は一つ残っている。パソコンを購入時の状態に戻す、という手段。

昨日朝から着手した。戻す作業が0.5時間余。Windows8.1として立ち上げるのに1時間余。8.1から10にバージョンアップするに1時間余。Officeなどの基本ソフトを機能させるに0.5時間余。
およそ4時間あまりかけて新規のWindows10に修復した。
この時点でExcelを確認したら問題は解消されていた。


データ類を戻したり、その他のソフトをインストールしたりと、昨日夜から今日にかけて実行し漸く復旧した次第である。

二度あることは三度あるで、バージョンアップのトラブルは今後も起きそうな気配がある。データの引っ越しソフトを調べてた。評判は総じて悪い。それでも、物は試しで一つ購入してみたが、全く使い物にならなかった。

今次復旧はこれらのことを踏まえつつ、対応を考えて実行している、つもりである。



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