Kの散歩帖
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2018年12月31日(月)
定点観測

3度目の定点観測である。
一昨年の大晦日にこの企画を思いついて、今年も続けることができた。

加齢の影響で、年々できることが少なくなるこの時期にあって、同じことを繰り返しできることは有難いことと感謝をしている。

ただし、結果はこれまでと少し変わり、景色は雪模様となった。28日から降り始めた雪が昨日まで続いたことによる。
また、温度記録結果も不完全なものになった。こちらは完全なミスによる。
記録データが今朝の7時38分で切れていた。

この温度計のことは以前触れた。 こちら→(2016/8/12)
16,000回の記録を保存する。15分おきに測定するように設定していて、およそ5.5月分のデータが取れる。
データの記録方式が古いデータを消して新たな値を記入するようになっておらず、16,000回を超すと止まる形式になっている。
最近データを保存・交換したのが7月23日で、ちょうど今日の7時38分で16000に達していたのであった。
何故かも少し大丈夫と思っていて、まことに迂闊なことであった。

とにかく、平成最後の年が暮れる。



2018年12月30日(日)
雪遊び
28日から降り始めた今回の雪は、昨日、今日と降り続き、その積雪量はおよそ30Cmになった。
帰省した孫にとって、その量は、多からず少なからず遊ぶに格好のものとなった。
昨日の朝から遊ぶ道具を出すようにせかされ、その後は、親子爺婆さらに叔父叔母も加わって雪遊びに夢中である。


最初は定番の雪ダルマの製作になるが、最も好評を得ているのは、裏山に通じる道を利用したした橇遊び。
長さはおよそ100mは取れ、傾斜も頃合い、ゲレンデ代わりには持ってこいのものである。

Kもたまには撮るがMは夢中。スマホによるおびただしい数の動画が撮影された。
その中から2本。

YouTubeに投稿した。
こちら→
こちら→



2018年12月29日(土)
天皇の先生になった小泉信三

平成最後の年末ということで、天皇陛下に関するテレビ放送が多い。
その中にあって、私の白眉は、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で放送された「”天皇の先生”になった男」という番組である。先生の名は小泉信三。

氏は天皇陛下が16歳の時から「常時参与」という職名を拝し、公私にわたって天皇の教育にあたった。
国民の「象徴」として取るべき規範を常々教え、18歳の「立太子の礼」にあたっては、毎日新聞に投稿した記事の中で「世の君主たるものの第1の義務は人の疾苦(しっく)を思ふに任る」と述べたという。疾苦とは人の悩みとか苦しみのことを言うらしい。
被災地を見舞い、戦地を訪問される天皇のあり様はこの教えから来たのであろう。
また、皇后陛下とのご結婚にあったっては、親身の役を果された。天皇、皇后が署名されたお二人の写真が小泉家にあるという。

80年前の当時から見れば先進的な、そして現代から見れば少し古風とも思われる識見の持ち主である。
小泉信三という人物なかりせば、今の、この平成という時代があり得なかったのは間違いない。

番組でも紹介されたが、氏は今次大戦でご子息を亡くされた。ご子息を追悼する本を出している。「海軍主計大尉小泉信吉」という。
その中に出ている、ご子息当ての手紙。
「君の出征に臨んでいって置く。 ・・・僕は若し生まれ替って妻を択べと言われたら、幾度でも君のお母さまを択ぶ。同様に、若し我が子を択ぶということができるものなら、我々二人は必ず君を択ぶ。 ・・・」と。

この本を含め、私の書棚に小泉氏絡みの本が3冊ある。何回か淘汰を受けた書棚にあって、同じ人物絡みの本が今でも複数残るというのは、私にとっては、小泉信三という人は見逃すことのできない人物であったという証左でもある。

一つは「十日十話」、同氏の随筆集。昭和37年に出版された。ただし、手元にある版は昭和43年に印刷された軽装本。内容をすっかり忘れていた。見返すと、当時の皇太子夫妻がアメリカを訪問された折りの随行記も載っていた。羽田出発が昭和35年9月22日とある。ご結婚が昭和34年10月であるから、その後まもなくのことになる。
「海軍主計大尉・・・」は先に述べた。昭和21年に私家版として出版され、昭和41年になって公に出版された。手持ちの本は勿論後者。昭和41年印刷となっている。
「父小泉信三」は氏のお嬢さん二人の文章。昭和43年に出版されている。

私の三井金属入社が昭和43年であるから、これらの購入時期は大学後半から入社直後にあたる。その時期から影響を受けていたらしい。
「十日・・」を除く2冊は複数回読んだ記憶がある。

そして、つい最近のことになる。
図書館で借りた「文藝春秋9月号」で「孫と読む本」という企画がなされ、著名人〇十人の人がその趣旨に沿って書名と理由を述べていた。その中に元アナウンサーの山川静夫氏が先の「海軍主計大尉・・・」をとり上げている。嬉しくなって思わずコピーを撮っておいた。

おりしも今ちょうど孫がそばにいる。一緒に読みたいところではあるが、いま4歳。
一緒に読むには少し早い。
そんな日が来るのを待ち望みはするものの、それまで私の寿命が持ちこたえるか。
はなはだ疑わしい、と言わざるを得ない。



2018年12月28日(金)
初積雪

朝、玄関を開けると雪が積もっていた。今年の初積雪である。

以前から、今週末には寒波が来て山陰にも雪が降ると報じられておりその雪の量を心配していたが、報じられる深刻さに比較すると目の前の雪は少なく、かなり安堵した。

というのも、今日は孫が帰る日になっているのである。

夏まで大阪に住んでいた長男家族が今年の7月に東京に転勤し、大阪なら帰省は車になり雪が心配と正月の帰省を控えていたのであるが、東京なら飛行機で帰ると、久方振りの正月の帰省を計画したのであった。
ただ、お嫁さんは広報に業務が変わり「紅白」の仕事をするらしくとても帰れそうにないという。孫と長男の二人だけの帰省計画になった。

飛行機の広島着は12時過ぎの予定。安全を見て9時過ぎには車で家を出た。出る頃から雪の降り方が強くなる。県境付近は雪がさらに強く、車の衝突事故現場に遭遇するというハプニングも。
ただし、県境を抜けてしばらく走ると、空は一転して晴れ。山陰と山陽の気象の違いを体感した。

羽田-広島なら問題なかろうと思った飛行機は40分余り遅れて到着した。羽田の出発時刻が遅れたという。

孫が走りながらゲートを出てくる。映像で見るより少しほっそり見えた。幼女から少女に変わりつつあるのかもしれない。

帰りは、またもや県境付近から雪が降り出した。そしてさらに強くなる。
県境の店により、孫用の長靴や雪中ではけるズボンを買い求めたりなど。

家に着いたのは16時半。雪は20Cm近くある。孫は休む間もなく雪で遊び始めた。

今冬の根雪になりそうな雪である。



2018年12月27日(木) ラベル1227
安室奈美恵の収録

今年、安室奈美恵という歌手が引退した。9月16日のことである。
小欄ではこの日別のことに触れていて、たまたま安室奈美恵さんにも関係したのでそのことを記載した。
こちら→(9/16)

私にとって、安室奈美恵という歌手は一回りも、二回りも違う世代で、現役の時はほとんど歌を聞いたことがない。せいぜい、紅白の時視聴した記憶があるだけである。
しかしながら、同氏の引退は今年の読売重大ニュースの11位に入るくらいのビッグイベントで、多くの人を引き付ける魅力があるのであろう。
その魅力を収録したいと思い始めた。引退してすぐの頃である。

私の音楽収録法は以前触れた。 こちら→(2016/6/18)
今でも不完全ながら続けている。この方法は「待ち」の姿勢である。放送を取り逃がす危険も多い。
そこでもう一つ手を打った。NHKから連絡をもらうように仕掛けをしたのである。

NHKには「NHMネットクラブ」という無料の会員制度があって、加入すれば、視聴したい番組が発生したときメールで連絡を受けることができるようになっている。
視聴したい番組はキーワードを入力すればよい。「安室奈美恵」と入力した。

一昨日メールが入った。今日の午後13時から「歌謡スクランブル」という番組で放送されるという。


(写真をクリックして別画面を表示すると、
今日の放送の冒頭部分が流れます)

NHKの番組表で確認すると確かにある。
この時間は通常は録音をかけていない。セットをし直した。

さて今日である。
後刻確認すると録音が出来ていた。
明日も放送される予定である。2日分の放送で、安室奈美恵さんのヒット曲は大方カバーされるであろう。
理解できるか、それが問題である。



2018年12月26日(水) ラベル1226
除草実験 その2

12月15日の後日譚である。 こちら→
画期的な思いつきと試したものである。
通常の時期なら10日も経てば除草剤の影響が現れるところであるが、今日確認したところでは、ほとんど効果が見えなかった。

暮れから雪になると報じられていて、とりあえず写真に収めた。
左が12月15日。右が今日のものである。

冬場になって葉としての吸収機能が失われているのかもしれない。
今後も、要確認である。



2018年12月25日(火) ラベル1225
モーニングコーヒー

外泊しないで、つまり、家にいる場合の朝の行いで必ずするのが、モーニングコーヒーを入れることである。
明確な記憶はないが、最低でもこの15年は続けているのでは、と思われる。

人それぞれに、朝起きたときの行動様式は大方決まっているのではあるまいか。
私の場合は通常4群から成り立つ。最初が身体測定(体重、血圧など)  こちら→(2016/6/2)
つぎが洗顔のこと、その次が家事のこと、そして最後がこのコーヒー作りである。

豆は粉にしたものを使う。一時、豆をひいた時期もあったが、今は止めた。
銘柄は問わない。Mが求めたものは何でも良い。
恥ずかしい話であるが、産地とか、挽き方とか、いわゆる”通”の人が判る味の微妙さが、全く分からないのである。
味は判らないのに、入れ方はルールに従う。
ものの本によれば、湯の温度は90℃位が良く、それは沸騰した薬缶(注ぎ口の細いコーヒー専用)の蓋を取って少し待つ、とあるからそれに従う。
湯を少しかけ一旦止めて30秒くらい蒸らす、これもほぼ実行する。30秒待つのは存外に長く、待ち時間を利用してゆっくり目のスクワットを3回行う。何か小さめの作業があればそれをして時間を稼ぐ時もある。
そして本番、湯を「の」の字にかける。コーヒーの量は300cc弱。
最後まで注がず少し残すのがよい、とされるので皿に上げる。

コーヒーはこの場では飲まず、小さめの魔法瓶に入れる。小さめのコップを添える。
これがコーヒーの入れ方である。

ここまででの4郡の作業で通常は約1時間かかる。
私の朝は早い。3時から4時には起きる。1階台所での、ここで述べた作業をこなし、魔法瓶とコップを持って2階に上がる。

そして、モーニングコーヒーを飲みながら次の作業にかかることになる。



2018年12月24日(月)
我が家にサンタがやってきた
今日はクリスマスイブ。
クリスマス感の全くない我が家であるが、唯一それらしい出来事、サンタが我が家にやってきたのである。
可愛いサンタ、しかも3人。


ただ、サンタさんもご多忙のようで、おいでいただいたのは一足早い昨夕のこと。
玄関で大きな声がするのでMが出たらサンタさん御一行であった。

真向いのM家のおばあちゃんとお孫さん。おばあちゃんまで仮装してのお出ましである。
クリスマスの歌を1曲合唱していただき、しかも、チョコとジュースのプレゼント付き。
ほのぼのとクリスマスの雰囲気を楽しんだ。

今年我が家で催されたクリスマスイベントは、この3人サンタが唯一であった。

補足;子供さんの画像が出ることになるので、当家のご承諾を得て載せている。

2018年12月23日(日)
慌てず騒がず、さりげなく
久方振りの「時の余白に」、芥川喜好氏のコラムである。
前回の小欄登場は、2018/5/26( こちら→ )であった。この時は良寛愛好家としての登場。

今回は、死の迎え方について述べている。


「ベイリィさん」という銀座画廊を営んだ人の死生観に触れた上で、齢(よわい)70を迎えた氏が自分の死の迎え方に付いても述べている。
その言い分は、「日常の延長として、できれば慌てず騒がす、さりげなく、ふとかき消えて何も残らない」ように、という。

来年は”後期高齢者”の仲間入りをするKにとっても、このテーマは身近な存在で、心の片隅に常時居座る。
そして、氏の言葉をそのまま借りれば、「できれば慌てず騒がす」にと、望むのである。
だが一方、これがなかなか難しそうに見え、日々の行いに悩むのでもある。

またも、氏の言葉をそのまま引用して
「死とは行き着いた先に広がる世界であるよりは、常に人間の現在と背中合わせにある、生に直結した世界であって、いつ何時、ふっとそちら側へまぎれこんでも、それは想定内のこと、それも含めて日常なのだと思い定める」
というベリフィさんの生き方は
先の悩みに対して参考になる言葉ではある。


「ベリフィさんのみゆき画廊」を、買って読んでみるかなと思い始めた。



2018年12月22日(土)
そうだ、今日も鍋にしよう!
またしても鍋料理の話である。
Kには3大鍋料理があって、
 もやし鍋  こちら→(2016/5/12)
 我流鍋  こちら→(2018/2/26)
 すき焼き こちら→(2018/6/27)
である。

が、今日はそれとは異なり、初めての鍋料理に挑んだ。
それは、藤井恵さんの「そうだ。今日も鍋にしよう!」という本に載っている。名を「豚ばら白菜鍋」という。


白菜を円形に並べその間に豚肉を挟み込み、水大さじ4と酒大さじ4をかけて蒸し焼きにし、ポン酢と柚子胡椒で食べる、というもの。

最初白菜を並べるのに少し戸惑ったが、慣れるとそう難しくはない。あとはいたって簡単な鍋である。
だだし、普通鍋と言えば汁けが多いのが定番であるが、この鍋は汁気はない。
蒸し焼きの白菜と豚をポン酢で食べる。
今回我が家はポン酢が切れていたので、柚子を刻んで醤油と混ぜた。

本のコメントに「最高で週3回作っちゃうくらい、私は大好きです。」と藤井さんがいうくらい、まことに美味。
白菜は甘く豚肉にこくがある。

Kも近々再度作ろうと思うくらいの鍋であった。



2018年12月21日(金) ラベル11
唐楓の種子 その後 その2

昨日の続きになる。

一昼夜経って水に浸した種を見ると、ほぼ半分の種が沈み残りが浮いている。
資料には、浮いた種は結実が悪く発芽率が低いとあった。
どうせ試験である。浮いたものと、沈んだものとに分けて、発芽率の差も見てみようと思いついた。

浮いたものをすくい上げ、半分づつ植えることにする。

土は発芽用、専用のもの。

方法はMに習った。
まず、苗箱に土を盛り板ですり切りに均す。その上に如雨露(じょうろ)で水をかける。土が沈んでくるので、種を置く。その上にさらに土をかけ、再度均す。水をかける。
という手順である。

後は、沈んだものと浮いたものを、間違いなく区分すること。
浮いたものを苗箱の左側に植えることにして、目印に白色の名札を立てた。名札の文字は「うき」とした。

置く場所は通常の屋外である。
残った種は「雑木の苗場」 (こちら→ 11/5) にばら撒いた。



2018年12月20日(木)
唐楓の種子 その後

今年の秋に行った「唐楓の種子」作戦は、第1の目的が自然に生える実生の苗を得るところにあった。
その最終回は11月25日付けである。 こちら→
その作戦はそのまま継続で春以降を待つことになるが、一方、この作戦が不発に終わることも考慮に入れて、別の手立てを図る必要もある。

それは得られた種で、人工の苗を立てることである。
調べて見ると、種を蒔く時期は、その年の12月か翌年の2月頃とある。
その第1項に着手することにした。

撒く方法は
まず羽根にあたる部分を取り除き、一昼夜水に浸けるとある。
科学的な目を少し加えることにして、発芽率が判るよう、Mから野菜の苗を立てる苗箱を譲り受けこれに蒔くことにした。
目の数は8×16=128
200個弱の種をとり、水に浸した。

今日はここまで。



2018年12月19日(水)
サロン田家

今年最後の「サロン」に参加した。
今日は「田家」の方。 「サロン」の詳細は今月14日の小欄に記載している。 こちら→

本来なら”田家”という今年から始まった民家を改修した施設で行うのであるが、毎週行う運動教室のクリスマス会を兼ねて、集落施設の”保養館”で行われた。

参加者はスタッフを含めて13名。この場では、スタッフを除けば、私が最年少になる。

昼食メニューは(写真右の中身:上から右回りで)
膾(なます)、ふろふき大根、ハム、ポテトサラダ、エビフライ、肉じゃが、おこわ、そして汁と豊富である。

待ち時間にはペタンクをして、運動教室、そしてお茶会と、10時から午後3時までの時間を過ごして終了となった。



2018年12月18日(火)
薪ストーブ
もうすぐ冬至。
「冬至冬中冬はじめ」という言い習わしがあるらしい。この時期、暦では冬のさ中であるが、本当の厳しさはこれから始まる、という意味とのこと。

我が家も厳しさに備えることにした。
薪ストーブの出番である。


薪を運び、焚き付けを作るのはおおよそKの役目、ストーブに火を入れるのはMの役目。
ほんのりと暖かくなる。

いよいよ「冬ごもり」のシーズンである。



2018年12月17日(月)
皮算用
数日前のことである。Mが「別棟の旅行トランクを開けたらもの凄いものが入っていた。見てきて」という。
何事かと見に行くと、出てきたものはワープロであった。
まさか、こんなところにあるとは思いもしなかった。

買い求めた記憶は鮮明にある。Windowsパソコンを買うすぐ前のこと。
Windowsパソコンの起源は別項に書いた。 こちら→
この記事には記していないが、実は、パソコンを買う前にワープロを求めたのであった。当時ワープロはかなり進化していて、表計算もインターネット接続もできるようになっていた。私の狙うものがワープロでもできると判断し、このワープロを買ったのである。半年くらいは使った記憶がある。
しかしながら、性能に限界を感じ、すぐにパソコンに鞍替えした。
という次第である。

その後、このワープロの記憶はない。それが突然に出てきたのであった。
旅行トランクの中に、しかも小さめの毛布にくるんである。外観に痛みや汚れはない。しかも、取扱説明書も一緒に出てきた。

内心、大いに喜んだ。「これは小遣いになる」と。
今でもワープロ愛好者がいて、その人らの間に需要があり高値で売れる、という予備知識がベースである。

丁重に持ち帰った。
ネットを調べると、購入業者がたくさん出る。思わぬ値で売ったという体験談も載っている。

値には作動状況が影響すると、動かしてみることにした。
操作法をすっかり忘れている。取説を見ながら作業した。


結果である。
動きは正常であったが、液晶に何本か線が入る。
高値の望みが急にしぼんだ。

それでもと、業者に買取査定の依頼をメールでした。メールフォームにはメーカーや型式を入力するようになっている。
これで帰ってきた査定価格は「0円」であった。
機種により値段が違う。シャープ製、SERIE MR-2は需要が全くないらしい。

小遣いの夢が破れた。
「捕らぬ狸の皮算用」であった。

余談;今回のワープロ、SERIE MR-2は液晶でタッチパネル、文字入力は勿論、住所録作成、画像編集、インターネット接続、さらに、スキャナー内蔵など至れり尽くせりの高機能である。持ち運びはできるし、コスパはまことに高い。
しかしながら、新たにソフトを追加して、業務範囲を広げるといった拡張性は全くない。
ガラケー携帯がスマホに取って代わられたと同じパターンで、ワープロはパソコンに駆逐されたわけである。
私が理解不十分なまま、最初にワープロを購入した理由もなんとなく理解できるし、パソコンに切り替えたことも納得できる。

2018年12月16日(日)
山梨のうどん

山梨で麺といえば「ほうとう」が思い浮かぶが、我が家の場合は「山梨のうどん」が馴染みが深い。
山梨には6年間住んだが、住居は借家をした。
大家は土建業を営む傍ら、町会議員(白根町、現;南アルプス市)でもあった。土建業の町議と言えば、猛者を連想するが、まことに温厚な人柄であった。奥さんはやりて。

住んだ間に町議選が2回あった。店子の我々も手伝うことになる。Mは食事作り、Kは選挙カーに乗った記憶がある。
当時(およそ30年前)の山梨の選挙は極めて派手で、応援者への饗応はもちろん現ナマも飛び交った。
応援者は毎日2、30人はある。
その応援者の食事に必ず出たのが「山梨のうどん」であった。

温かなうどんをつけ汁で食べる。
つけ汁は醤油味で、具に入るものが決まっていて、油揚げ、椎茸、ニンジンの3種類。だしは炒子(いりこ)と決まっていた。

この「山梨のうどん」が食べたくなり、今日の昼食を買って出た。
先に分かったようなことを書いたが、作りにあたっては不安があり、クックパッドを参考にした。
「山梨のうどん」で検索し、我々の「山梨のうどん」に最も近そうなものを参考にした。 こちら→

だしは炒子でとった。記憶に豚肉はなかったが、レシピを参考に入れてみた。レシピに溶き卵とあるが、こちらは記憶を優先して入れなかった。味付けはもちろん醤油。酒と塩を勘で入れた。
うどんは冷凍めんでなく乾麺である。茹でて水洗いして再度お湯で温めた。

素朴で、記憶に近い「山梨のうどん」ができたと思う。
美味でもあった。

このうどん、山梨では「おざら」というらしい。今回初めて知った。



2018年12月15日(土) ラベル1215
除草実験

裏庭の野芝での話である。
野芝の中にはクローバーが群れて点在する。

このクローバー、繁殖力が強く放っておけばどんどん増える。
芝に影響せずクローバーにのみ効くという2液性の除草剤もあるが、以前試したら野芝も退化した。
したがって現状の対応は根から抜くのみである。
しかしながら、根は強靭で完璧に除去することはできない。いつまでもクローバーが残る事態が続いている。

このクローバーは冬でも枯れない。
一方、野芝は冬には枯れる

これが今の姿である。

これを見て思いついた。葉からのみ吸収される除草剤が使える、のではと。

使用する除草剤はアミノ酸系液体除草剤(ラウンドアップなど)。この種の除草剤は葉からのみ吸収され効果を発揮する。根からは吸収されないとされている。

今なら野芝には影響せず、クローバーのみが枯れるとの着想であった。


ただし、薬剤による除草には危険を伴い、以前大きな失敗をしたこともある。 こちら→
まずは試しである。

ピンポイントで2ヶ所に行い様子を見ることにした。
結果は全く分からない。

時折、経過を報告することになろう。



2018年12月14日(金) サロン14
地域活動 「サロン」

当地域には「サロン」の名のつく活動が2つある。
一つを「いきいきサロン」といい、他の一つは「サロン田家」という。
いづれも高齢者を対象にしていて、昼食付のほぼ1日コース。

「いきいき」の方が歴史は古い。不定期開催であるが、月1回程度の頻度で開催される。対象者は当該3集落が全てになる。
一方「田家」の方は今年から始まった。対象者は集落単位になるが毎週開催される。したがって、開催側は毎週になるが、参加側は3週間に1度の割で参加できる。

今日は「いきいき」が開催され、近くのクリニックの先生が講師で話をされるというので参加した。

まず、役場の職員が来ての体力測定(初回ではない模様であるが、Kは初めて)、老いを大いに感じた。
次にペタンク、こちらは大勝。
そして、昼食になる。
バイキング形式であるが白和えや膾(なます)2種類など郷土色豊か、全部で10種類以上の品数豊富であった。
そして講演、「これから、よりよく生きるために」、1時間(写真撮り忘れた)。
さらに、お茶会。コーヒーと手作りケーキである。

Kの場合、「いきいき」で講師側になることもあったが こちら→
大半は受講側である。
一方、「田家」へは八色石で行われる「運動教室」(こちら→)のメンバーが大半参加していて、Kも高い頻度で参加をしている。こちらは今のところ、受け身ばかりである



2018年12月13日(木)
保育園の餅つき大会
この時期恒例の行事である。
地元保育園の餅つき大会に行ってきた。
応援隊として参加するのは、この保育園をカバーする4つの老人会である。

園児は約30名、先生が6名、応援隊として参加者は男女合わせて16名であった。


付いた臼の数はヨモギやミカンの皮など入れたものを含めて6臼。
餅つきのあと、干し大根を作って作業を終えた。

園児と一緒に昼食を馳走になる。

普段二人きりの生活が続く中で、園児の甲高い声に囲まれた数時間は、帰宅後少し疲れを感じるものではあった。



2018年12月12日(水)
本日休刊
2018年12月11日(火)
もはや孫にも

年末に孫が帰省する予定があって、それの下準備として息子からMに依頼があったらしい。
日曜日の朝に放送されるテレビ番組を録画して欲しい、とのこと。

録画されたその番組をMと一緒に見ることになった。
映し出される映像に、初めは何が起きたかわからない。
赤やピンクのにぎやかな映像がものすごく速いテンポで流れる。
途中で止めたり、戻してみたり、またいきさつをMに正したりで、でどうやら起きている全容がわかり始めた。

今、孫がはまっているテレビアニメーションらしい。
名を「HUGっとプリキュア」という。

一通り見終わったことにして、映像について調べることにした。
Mがネットを開く。

以下はネットに問うた結果である。
テレビ朝日系列で日曜朝に放送される「プリキュアシリーズ」、2004年から始まった女児向けアニメ番組。
「プリキュア」とは「プリティー(PRETTY=かわいい)」と「キュア(CURE=癒す・治す)」という女の子らしいイメージを合わせた造語。今年のシリーズが「HUGっとプリキュア」という。
ストーリーは、普通の少女が妖精の助けを得て「プリキュア」という戦士に変身して悪の組織を倒す、という話らしい。

孫は只今4歳である。
この前帰った時は「おかあさんといっしょ」を録画するよう頼まれた。その前は「せんたくじゃぶじゃぶ」であった。
ここいらまでは付いていけた。
ところが今回は「プリキュア」。
もはや4歳の孫についていけぬ、時代になったのである。



2018年12月10日(月) ラベル1210
唐楓の種子 その6

唐楓の種子の話は前回で終了のつもりであった。 こちら→

しかしながら、今日その木の下を通る時見ると、まだ多くの実が残っている。
初雪が降り、葉は全て散った後でもまだ残っているのである。5割以上は残っていると思われた。
ちょっと驚きがあって、思わず写真にした。

足元の実を探してみた。昆虫の羽根の形をしているので探すのは難しくはない。
かなり落ちているのかと、探したが、多く見つけることはできなかった。目に入った数は4、5か所のみであった。

少ないとはいえ、落ちているのは間違いない。
来春が期待される。



2018年12月9日(日) ラベル1209
ベンチ作り その2

11月28日の続きである。 11月28日は こちら→

この時点で用意した材料は本体部が2セット、脚部が3セット。この時点で使用したのは各1セット、したがって、残りが本体が1セット、脚が2セットである。
今回はその話。

まず、脚部の1セット。
数年前に撤去した檜のベンチ跡には太めの栗材1本でベンチを作っていた。そのベンチの本体は健在であるが脚部が痛んでいる。その脚部を交換した。実施したのは12月1日のことである。(写真 上段)

残りの、ベンチ一式分。
12月2日に作成した。汗ばむほどの良い天気。午後のことである。2時間かけた。(写真 中段)

そして今日の午前中、Mの支援を得てそれを設置した。
場所は、竹林を伐採した跡地 (こちら→) の上部になる。
小さめの栗の木が育っていてその木の木陰で、集落が見渡せるところに置いた。

「仕事の予定表」から、長く残っていた「栗のベンチ作成」を取り除くことができる。



2018年12月8日(土)
初雪

朝カーテンを開けると雪が積もっていた。今年の初雪である。
週初めから、土日は雪と報じられていたものの、予報の雪雲の動きを見ると、今回の雪は東北や北陸が中心で、山陰という言葉が入ってもそれは鳥取・松江くらいまでで、八色石のある島根西部は降らないのではと思っていて、開けたときの雪にはわずかな驚きがあった。

雪の降りは一日中続いた。ただし、降り方には濃淡があって、大半は少ない。気温の上昇とともに、一旦は消えた。
夕方になって、濃い時が多くなり、暗くなるころの積もりは朝とほぼ同様になった。

明日もこの調子が続くらしい。

ただ、これまでの経験から言うと、今回の雪はおそらく根雪にはなるまい。一度はすべて消えて、12月の末かあるいは1月になって、ドカンと大雪が来て、それが根雪になる。

昨冬もこのパターンで
12月5日に初積雪になり こちら→
ドカンと来たのは今年の1月10日であった。 こちら→
この時はその後数日降り続き、大いに難渋した記憶がある。

現在の予定では、今年末は孫が帰省するといっている。あまり降らないでいてもらいたい、と願っているが、果たしてどんなことになるのやら・・・。



2018年12月7日(金)
下屋の雪囲い
冬支度も最終晩である。
週初め、雪の降る前にと心づもりした作業が2つあって、それがタイヤ交換とこの雪囲い。
毎年この時期の定例作業である。

材料も手順も整っていて迷うことはない。


写真に写っていないが、形状はL字になっていて奥側にもある。
小1時間で作業を終えた。

実施したのは実は昨日のことで、昨年はいつであったろうと備忘録を繰ると、12月8日に実施していた。

年々歳々おなじことを繰り返しつつ生きている。
それでも、仕方によっては生きがいになる。


ともかく、冬支度は全て終わった(つもりである)。



2018年12月6日(木)
受水槽掃除機

山水の受水槽掃除機、大型の灯油ポンプのことである。
この掃除機については10月9日付けで載せている。 こちら→

その後週1回程度で動かし、問題なく掃除が出来ていたのに、ここにきて作動が思わしくなくなってきた。
たまに吸わないときがあるのである。いくら押しても水を吸わない。かといって吸うときもある。
ポンプをばらしてみるが原因がわからない。
2、3日同じことを繰り返し、やっとのことで原因を見つけた。
水を吸い上げるために塩ビ製の蛇腹があるのだが、この蛇腹の谷部に3Cm程度の亀裂が入っていた。何かの拍子で亀裂が塞がれば水を吸い、離れれば吸わない、というのが原因であった。
もしやと思って、亀裂を塞ぐよう防水テープを貼ってみたが、全く効果が出なかった。

もはや新規に買うしかない。
どうせ買うなら電動のものがあるかもしれない、と水中ポンプなど探してみたが、安価なものでは清水を汲み上げるものしかなく、泥水を汲み上げるポンプは大型で高価なものしか見つからなかった。
結局、効果を確認済みの手押しポンプに決めた。

手持ちの旧ポンプは相当に古い。前住者が求めたもの。2、30年は経っているだろう。
同じものがあるかと訝った(いぶかった)が、さすがにアマゾンである。「灯油ポンプ ドラム缶」で一発で表示された。

アマゾン直送品はなく送料がかかったが、送料込みでおよそ2000円であった。

何回もばらした経験で構造は熟知した。10mm穴の弁が付いている。この穴を通るものなら何でも汲み上げる性能を持っている。
安価な泥水ポンプである。



2018年12月5日(水)
雨中のタイヤ交換

今週、週初めの天気予報では、前半は温度の高い日が続き後半は一転寒くなって雪も降る、とある。
週初めの心づもりで、早めに車のタイヤ交換をしなければならない、と思っていた。

そして昨日のこと、午前中は別用で出かけることになり、午後一番、心づもりの、タイヤ交換を思いついた。
空はかなり厚い雲、しかし、とりあえず雨は降っていない。
どうするか。
こんな時は予報の”雨雲の動き”を見る。「Yahoo!天気」もあるがより精度が高い(と思われる)気象庁の「高解像度ナウキャスト」を見た。ほぼ1時間先までの雨雲の動きを見ることができる。
八色石の上に雨雲はない。動かしてみると、近くの雲が僅かにかかる瞬間があるが大したことはなさそう。
やろう、と決心した。午後1時前であったと思う。

作業場所は「別棟」と呼ぶ別の建物。タイヤはこの建物に保管している。
交換に入って1本目と2本目は問題なく過ぎた。
3本目にかかるころから雨が降り始めた。大したことはなかろうと、4本目にかかる。
途中で急に強くなってきた。建物に入り様子を見ることにする。雨雲の動きを見て”すぐに通り過ぎそうであれば、それまで雨宿り”のつもりであった。
スマホの雨雲の様子に驚いた。八色石は大きな雨雲にすっぽりと覆われている。しかもこの先は雨がさらに強くなりそう。

雨宿りどころではなくなった。早々に後の交換をし、片付けはそこそこで作業を終えた。
身体も少し濡れた。
気温は暑いほど、こちらに救われた。

それにしても、作業前に確認した雨雲レーダーは何であったのだろう。
私が見間違えたのか、それとも、予想を超えた速さで天候が急変したのか。
真相は分からない。こちらは”五里霧中”である。



2018年12月4日(火)
ラベルを付ける
この日記風コラムを作り始めて2年半が過ぎた。

記述にあたり、他の文書や他のホームページを参照することが少なからずある。
それは、説明を省きコラム自体を簡潔にするためであったり、見てもらうことで理解が深まったりするするのを助ける目的である。
この場合、例えば「こちら→」という文字にリンクを設定し、新たに別のページが表示されるようにしていた。
この行為はホームページを作る上では「リンクを貼る」という作業で、初歩でかつ必須の技法である。
ただ、この場合、飛んだ先の表示はページの先頭になる。

さらに小欄では、過去に記載した小欄記事そのものを参照することもある。
小欄の構成は1ヶ月を1ページで作成していて、参照先の日付は大半の場合ページの中程に存在している。
本来なら、参照記事(日付け)に一気に行きたいところであるが、私の承知している「リンクを貼る」ではページ(月)の先頭にしか行かない。
参照の記事(年月日)には行けないものとあきらめ、記事を日付で、例えば 2016/5/16 などと記載することに留めていた。

ただ、この「希望日に飛ばす」ということは常々頭にあって、今年の冬仕事でやってみようかとも思っていた。
それほど大変なことで、一冬かけてする作業規模と思っていたのである。

そして今日、午後は強い雨になった。
冬仕事の前準備でもと、少し調べることにした。まずはネットに相談である。
「ホームページビルダー ページの途中」と検索文字を入れると、「ホームページビルダー ページの途中にリンク」と先の文字をまで予測した候補が出る。「え!」と驚いてそのままクリックすると、「別ページのラベルへのリンクを設定する」という項目が目に入った。
開くと「別ページの途中に目印「ラベル」を付けておき、そこにジャンプ(リンク)するように設定することができます。別ページの特定の部分へジャンプさせたい場合などに、この方法を使います。」とある。
まさにこれである。
なんのことはない。用意されていたのである。

やってみることにした。


「リンクを貼る」のはページそのものにリンクを設定するのであるが、今回の場合はページの中程にある目的の文字や図に「ラベルを貼って」その「ラベル」にリンクを設定するのである。

理解してしまえば何のこともないが、やっている間には予想外のことも起きてそれなりに苦労する。
午後、3時間余りかけてようやくマスターした。

昨日付の延命辞退の記事に設定してみた。
設定した文字(日付け)は文字色が薄緑になっている。この個所をクリックすれば目的の日付画面が別のページて現れる。

冬仕事の一つが半日で終わってしまった。



2018年12月3日(月)
「延命辞退」宣言 その2

昨夕のことである。
Mが延命治療の辞退書を書くという。何か思うことがあったらしい。
以前私が書いて保存しているのを覚えていて、どんなふうにしたのか聞いてきた。

財布に運転免許証と一緒に保管していると伝え、参考に、以前作成したものを見せることにした。
財布を取ってきて中から取り出すと、作成月日は”平成29年1月29日”となっている。
この間、ほとんど出していない。随分汚れて、くたびれていた。

しばらく時間をおいて、Mが戻してきた。ほぼ同じものを作ったという。ただし、文末にもう”一言”書き加えたとも。
そして保管場所は、免許証と同じにしたともいう。
ただMは、免許証は財布でなく別の小袋に入れおり、このことは、Kの承知済みのことである。
完成品は見ていない。

今朝のこと、戻ってきた「宣言」が机の上にある。
作成時のいきさつを小欄に載せたと思い出し、小欄を開くと、載っていた。平成29年1月29日付けである。
樋口氏の文面をそっくりまねて書いたと、記述していた。このことはすっかり忘れていた。
改めて樋口氏の記事を読む。同氏は、”名刺は2年ほどで汚くなるので、日付を変えて書き直している”らしい。
私の「宣言」も作成後ほぼ2年になる。汚れもひどい。今回も真似て作り直すことにした。

保管場所はやはり財布、免許証と一緒である。
ついでにもう一つ樋口氏の真似をした。
前回の場合、健康保険証のサイズが大きくて、財布に同梱できなかったが、その後邑南町が健康保険証と高齢受給者証を兼ねたものにし、大きさも免許証サイズに変更したため財布に入るようになった。
真似て保険証も財布に同梱したのである。

この間に「延命治療辞退」の認識も強まってきた感がする。「尊厳死」という言葉がマスコミに登場することもある。
「延命治療」に関する記事をOneNoteで検索すると、平成29年1月以降で、2つの記事を保管していた。


補足;
OneNoteでの新聞記事を管理する法については、小欄2016/5/16
OneNoteでの「縦文字」検索については、2018/3/15
新聞記事の撮影法に付いては、2016/5/15
記載している。



2018年12月2日(日) ラベル122
セミ炬燵

西日本は暖冬気味と言いつつ、師走になれば暖房機器も本格化する。
1階の灯油ストーブは小型のものから越冬用の大型に変えた。

2階自室の暖房は、灯油ストーブはかなり前から使い初めているが、今日それを「セミ炬燵」に変身させた。
「セミ炬燵」とは妙な名前であるが、2冬掛けて発明した私の暖房機器群のセットをこう称することにしている。
発明の経緯は小欄で2回にわたり紹介した。
2017/1/23 と 2017/12/15 の”蛇腹”と椅子の”腰巻”および”ひざ掛”けの3点セットのことである。

去年の腰巻は物は試しで急ごしらえでやったものだが、今年はその有効性が確認済みであるから、少し丁寧に取り付けた。取り付けの位置を上にずらすなどの改良も加えてある。

まことに具合が良い。
具合が良すぎてつい うとうと、となるのが欠点と言えば欠点である。



2018年12月1日(土) ラベル1201
最後の草刈り
不随作業として、今後、刈払い機を使うことがあるかもしれないが、名前の付いた区画を草刈りするのは今年最後である。
リンドウ特区と名付けた場所。

この区域、野生のリンドウが咲き、名前を付けて特別管理をしている。
リンドウ、紫色の花で桔梗とともに秋を代表する草花であるが、桔梗は少し高貴な感じがするに比べ楚々とした風情が漂う。
「寅さん」の映画で、津山のシリーズではなかったか、庭にリンドウの花が咲いているシーンがあったような気がするが・・・。
このリンドウ、咲く時期は晩秋になる。
そして草刈りは、リンドウの花が咲き終わり、実をつけ、実を飛ばし、子孫を残す行為を済ませた後に行うことになる。必然的に他の区域とは遅く、この時期になる。


作業時間はおよそ1.5時間。

この後、乾燥して草焼きをするのであるが、乾燥が進まず冬を越し、春になって焼くことがないでもない。
備忘録を繰れば昨年は11月21日に刈っている。
昨年よりかなり遅い。草焼きは後者の方になるかもしれぬ。