(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2018年1月31日(水)
再開

2月1日から再開します。

2018年1月28日(日)
休刊延長

いろいろ対応してみましたが修復せず、まさかと思いつつ、ハードウェアの検査をしたらハードディスクが壊れているという結果が出ました。
修理に出すことになりそうです。当分休刊します。

2018年1月24日(水)
本日休刊

パソコンのトラブルにより、2、3日休刊します。

2018年1月23日(火)
ビーフシチュー

年末に知人からビーフシチューを頂いた。老舗の作でビニール袋に詰められ、お湯で温め食するタイプのもの。大事にとっておいたが、10日ほど前か、頂くことにした。
ビーフシチューなどいつから口にしていないか記憶がないほど。
食べてみて驚いた。肉はとろけるほど柔らかく、味は濃厚でまろやか。Mは「美味しい、美味しい」と何度もつぶやく。

この味を再現できないかと思い始めた。
和食が大半の私のメニューにビーフシチューは無い。調べる。
藤井恵さんの料理本3冊をみるが、ビーフステーキはあるもののビーフシチューは載っていない。
そこで、活躍するのがクックパッドである。
Kはすでにクックパッドの有料会員になっていて(昨年12月7日付け)、人気のメニューが検索できる。
一番人気を探してみた。 こちら→

普段ないものに、赤ワインとデミグラスソース特選がある。ところが、有難いことに、赤ワインはMが購入していた。
デミグラス特選をどうするか。近郊スーパーにあろうはずがない。生協にないかとMに問えば、見たことないという。最後はアマゾンである。
ある!。4缶セットで1,494円。躊躇しながらも求めることにした。

それが昨日付いて、今日料理に挑戦した。

圧力鍋を使う法を採用した。肉は買っておいた。野菜類で揃わぬものがあるが、それは他で代用する。
レシピを忠実になぞってみるが難しいことはない。
時間をかけて煮込むほど美味しいとあり、最後20分煮込むところを、ここだけおよそ1時間かけた。

さて、お味である。
頂いた品にそう遠くない。私はかなり満足であった。
ただ、Mは少し塩辛いという。煮込み時間と水の量との関係であろう。

まだ3缶残っている。捲土重来を期すことにする。



2018年1月22日(月)
五郎ワールド

今月15日の小欄で「五郎ワールド」のことを書いた。
その欄内では小渕恵三に触れつつ、好みの政治家3人の名前を上げている。
大平正芳、藤波孝生、小渕と。

話が少しずれる。以前、新聞記事などのスクラップ方法のことを書いた(2016年5月15日)。そこにもあるように、今は記事などカメラで撮り保管しているが、それまでは見開き半ページを切って保存していた。それは今でも机の引き出しに整理されずに残っている。

その新聞束の中に、「五郎ワールド」で大平正芳を書いた記事はないかと思い始めた。
藤波孝生の記事があるのは分かっている。昔、別項で記述している。 こちら→
大平は?という次第。

束を探してみた。やはり、あった。

2010年であるから随分前の記事である。内容に全く記憶がない。
大平正芳の人柄が浮かび上がる。ここに、藤波孝生が出てくるとは思わなかった。
そして、当時の民主党政権のありようをチャンと批判している。時の政権におもねることはしていない姿は、まさしく正しい。

当代超一流の政治記者と政治家に対する好みが一致するのは、気分としては悪くない。


2018年1月21日(日)
時の人?
読み手にはには迷惑であろうが、またしても「あいてぃ達者」の話である。
今日配布された町の広報誌で紹介された。


備忘録を見ると、取材を受けたのは年末の27日。前日に総務課広報担当、Aさんと名乗る女性から電話があっての取材である。
取材は複数でする、というルールがあるのかもしれない。当日は男女2名の取材陣であった。

小一時間の取材を受けての結果である。

広報担当者の苦労は社協勤務時に承知している。当時、担当者から「何か良い話題はないですか」と聞かれたものだ。
広報のページ数は決まっており、その紙面を埋めるための話題探しに苦労するのだ。

今回もそれに近い状況の下で取材を受けたのであろう。もちろん、時の人、ではない。



2018年1月20日(土)
雪害

ウォーキングの帰り道を少し変え、再生雑地を通ってみた。
残雪は10Cm程度までに減っている。
Mから情報が入っていて、裏山の木々がひどく被害を受けているらしいが、まだそれを見ていない。
ついでに見ておこうか、と思ってのルート替えである。

「知足庵」の手前で木が倒れている。これは既に枯れていたもの、倒す手間が省けたくらいで問題はない。

歩を進めると枝垂桜が3本根こそぎ倒れている。これは誠に予想外であった。
この桜はもともと先住者の苗木で、1ヶ所にまとめて植えてあったもの。これを平成15年に今の場所に植え替えた。幹も太り、毎年花も咲かせていたので、根は十分に張っていると思っていたからである。
雪が消えれば起こしてみることにしよう。

さらに進むと、雑木類の枝がしなり、地面に着いている。中には太い枝で折れたのもある。
これらはある程度予想の範囲内で、致し方ない。
枝を揺すって地面から切り離した。

4日連続でほぼ1mの雪。それも湿ってかなり重いもの。折れたり倒れたりも仕方ないのかもしれない。
良寛流に言えば「災難に逢ふ時節には逢ふが良くて候」で、倒れたものは起こしてみて、折れたものは取り除いて、そしてその先を見つめればよい、のである。



2018年1月19日(金)
新 薪運び
16日の続編になる。
雪がなく運搬車が動くときはまだしも、スノーダンプで運ばねばならないときはMに手伝ってもらうというと、Mが新手をあみ出した。
子供用の橇を買い求めてきたのである。

遊戯の橇では使い物にならないだろうと思うが、意外に役立ちそう。両サイドに穴があり、紐を通して薪が固定できる。スノーダンプに劣らない積載が可能であった。


当然ながら滑りも良い。

運びの作業後、やるだろうな、と思っていたら案の定やりました。
橇滑り!



2018年1月18日(木)
焼き場に立つ少年

昨日の読売2面の記事である。

ローマ法王が戦争の悲惨を伝えるものとして、この写真を教会関係者に配布するよう命じたという。

この写真、私は初めて見た。
しかし、すでに有名な写真で、平成19年皇后陛下は誕生日のコメントとして、「「焼き場に立つ少年」と題し,死んだ弟を背負い,しっかりと直立姿勢をとって立つ幼い少年の写真が掲載されており,その姿が今も目に残っています。・・・」と述べておられる。(宮内庁HPから)

昭和20年長崎に原爆が落とされた時の写真であるから、背負われた子供はまさしく私と同年であろう。
言い換えれば私自身かもしれない。

キリスト教徒のみならず仏教徒の私もそして世界の人はみな、反戦の象徴としてこの写真を保持すべきと思い至った。

訓戒めいた言動は小欄の精神に反するが、ここに、この写真を再掲する。
(引用先は こちら→


(クリックすれば拡大写真が表示される)

私もこの写真、写真フォルダに取り込んだ。
意のある人は反戦の象徴として保持してほしい。



2018年1月17日(水)
新年会

会社勤めの頃は5指では数えられない新年会に参加していたが、今年のそれは3つである。
うち一つは15日に計画されていたが、先の大雪で春に延期された。
残るは2つ。一つは、集落常会との併設で7日に実施し小欄ですでに触れた。
そして、最後が老人会のそれ。本日の開催であった。

参加費は無料。10時から開始。
1時間余り頭と体の体操をする。会員の一人が先生役。彼は体操教室のリーダーでもある。
総勢16名の参加であった。

取り寄せた弁当。豚汁は女性会員が作る。干し柿は会長が提供。第3のビールが原則一人1本。デザートにミカン。午餐の内容である。
それでも食事時間はほぼ2時間、のんびりと楽しんだ。

田舎暮らしを味わう会、と思っている。


2018年1月16日(火)
腰痛

腰痛はKの持病であるが、ここの所久方発生せずにいた。
その腰痛に2日前からなっている。

話が少しずれる。先日友人から雪見舞いの電話があった。その折り、友は腰痛になって弱っているという。自分が長く腰が痛くならないことをよいことに、その友人に対し、半ば中傷的に「気を付けてよ」と言ったが、わが身に振り戻ってくることになった。

話を戻す。原因はこれである。

大雪が予想されていたので降る前に薪は運搬車で運び込んでいた。しかし、雪は連続に振る。運び込んだ薪が少なくなり、降りやんだ次の日に薪運びをすることにした。
道具はスノーダンプである。雪は深くしかも新雪。薪の重みでダンプが沈む中無理やり引っ張った。それも前向きに引っ張ったのでは動かないため、後ろ向きでのけ反る形で引く。
じつはこの、のけ反る形が私の腰には一番悪い。ただ、その時はこのことを忘れていた。
1杯目をようやく終え2杯目にかかる頃から少し違和感を感じる。3、4杯は必要なところをだが、2杯目で作業を中断した。
完全に腰痛になってしまった。

長年の経験からして、こうなれば薬を飲み、塗りしながらの安静が一番である。
ただ、その薬類がなくなっている。今日、近郊のクリニックに行ってきた。
これらの薬、以前は広島の病院でもらっていたが、今回初めて近郊クリニックに変えた。そのいきさつを7月20日付け小欄に記している。

ウォーキングも取りやめる完全安静が2日続いている。治るのに最低でも3、4日。長ければ1週間。
思わぬ雪害である。


2018年1月15日(月)
静閑を楽しむ

今月の「五郎ワールド」、今回もスクラップした。

小渕恵三氏に触れ、そこから新藤主計に話を転ずる。相変わらずの筆さばきである。

小渕氏は官房長官時代に「新しい元号は平成です」と「平成」の文字が墨痕鮮やかに書かれた額を手に新時代の幕開けを紹介した。その平成も終わろうとしている。
私の好きな政治家、大平正芳、藤波孝生、そして小渕恵三、いずれも志半ばで倒れたのは不思議な一致である。

これを受けて周五郎の世界。峻厳なリーダー像として新藤主計を描く。「静閑を楽しむべき余生もない」生き方という。

「閑のある生き方」を探しつつある今の自分とは正反対の生き方であるが、こうゆう話を聞くと五郎氏同様に私も「こみ上げてくるもの」を感じる。

次回、図書館で「町奉行日記」を借りてこよう。



2018年1月14日(日)
本日休刊
2018年1月13日(土)
雪物語 その4

やはり雪の日になった。


(右;朝8時頃、左;夕16時頃)

ひどく積もるというほどもないが、小雪がほぼ一日降り続いた。
時に少なくなったと思い、ウォーキングに出たが数分経たないうちにひどくなり中止して帰る、とそんな感じである。

積もった雪の高さは雪自身の重みで”しとって”大分低くなった。夕方で70Cm程度である。

明日は止む、と予報は報じている。今次雪物語はこれでもって終わりとする。



2018年1月12日(金)
雪物語 その3

朝の積雪はおよそ80Cmであった。
小降りになった気はするが、6時頃には短い停電があるなど、予断は許さぬ状況である。

ところが、8時前か、にわかに晴れた。さしもの雪もこれで終わりと写真を撮るなどする。
が、判断はやはり甘かった。結局、終日、降ったりやんだりで推移することになる。
夕刻の積雪は約90Cmということで日を終えた。

この間、動きの大半は雪との付き合いになる。
朝いちばんは家の前の通路の確保。午後は昨日同様に県道沿いの除雪である。
この時のこと、母屋の方で「ドーン」と大きな音がした。
何事かと振り向き仔細に見ると、薪ストーブのの煙突上部がなくなっている。
屋根の雪ずりで薪ストーブの煙突が折れていた。
修復は必須である。Mの支援も得て小一時間かけて修復した。

今日、学校は休校となった。倒木によりあちこちの道路が通行止めになっている、と防災無線が報じる。
町内で羽須美という地区は停電の復旧見込みが立たず、二つの公民館が避難所になっているという報道もある。
さらに、天気予報は明日も降るという。

今回の雪は思っていたより深刻かもしれない。



2018年1月11日(木)
雪つづく

昨日からそのまま降り続く。朝の積雪はおよそ60Cm。それが昼前には70Cmくらいに達した。
降る雪の濃淡はあるが、濃い時には景色が見えないまでになる時もある。

県道には除雪車が出る。それ自体は有り難いが、車庫の前には除雪による小山ができ、これを取り除く作業が発生する。除雪車の出動が予測できないので、出るたびに小山の除去になる。
雪の量が多かったこともあろう、今日は3回出動した。お陰で3回小山を除いた。

夕方Mから電話がきた。「帰りの途中が渋滞中で車が動かないらしい。渋滞先の郵便局まで迎えに来てほしい。そこまでは歩く」という。
迎えに行って、車中でのMの話によると「大型トラックが数台動けず道を塞いでいる。300mくらいの渋滞」という。
当地は大方の人が雪には慣れていて、渋滞になるのは珍しい。ちょっとしたニュースである。

この地では、7〜80Cmの積雪自体は珍しい話ではない。ただ、2日間で一気に積もるというのは、近年ないことかもしれない。
記憶では、平成17年の冬以来の出来事と思う。



2018年1月10日(水)
冬ごもり

昨夜から雪が降りだしていて、朝はすでに積もっていた。その量は12、3Cm。
雪は間断なく続く。
11時過ぎには、防災無線が大雪警報が発令されたと報じる。
本格的な雪のシーズンになってきた。


(2階から見る前庭、
左-朝7時;右-夕17時)

昼前に車を県道沿いの駐車場に移動した。
同じ行為をした日を備忘録で探すと、昨年は1月16日、一昨年は1月19日となっている。
若干の差異はあるが、おおむねこの時期の雪が根雪になる模様である。
夕暮れの積雪はおよそ50Cmになった。

これから1ヶ月余り冬ごもりである。
まあ、これも良し。
この時期にと計画している作業がある。ぼちぼち取り掛かることにする。



2018年1月9日(火)
ボイストラ

音声翻訳アプリである。
1月7日のNHK朝のニュースで紹介していた。

日本語でしゃべればスマホから英語の音声が流れる仕組みである。日本の研究機関が開発したアプリ。
早速入れてみた。


(右端の写真は自分のスマホの例)

実際に試してみたが、応答速度も速く十分に使えると感じた。
一度入れれば、後はアプリを開いて「マイク」のボタンを押してしゃべるだけ。操作は簡単である。
外国語が話せない自分には便利なツールである。

いつか、外国人と話す機会があれば使ってみよう。


2018年1月8日(月)
とんど焼き

正月の行事が続く。とんど焼き。

引っ越してきて17年になることは昨日も触れた。17回目のとんど焼きである。
雪はないが小雨模様。
神事は保養館内で行われ、上の広場は燃やすだけとなった。

毎年同じように繰り返されてはいるが、参加者が少し減った気もする。
そして、これまでの直会では豚汁とお汁粉の二本のメイン料理が出たのが、今年はお汁粉のみであった。
豚汁を”あて”にお神酒を頂く辛党にとっては、大きくかつ寂しい、変化であった。

 八色石十七回目のとんど焼き      里仁



2018年1月7日(日)
初定会

八色石集落では年に3回、定会が開かれる。
集落の最高議決機関で、集落の主だった検討項目は常会で決議される。

年の初めの日曜日とほぼ日程が決まっているのが初常会である。そして、それが今日行われた。
初常会では他の2回の常会に比べ重要な議題があって、それは次年度の集落役員を決める事項である。集落には約20の役があり、それぞれ任期があって、任意切れの役員を取り決める次第である。
持ち回りで決まる役もあり、留任で決まるものもある。
どうしても決まらない役は選挙になる。集落で最も重い役は集落長。これは選挙になる場合がほとんどである。

初常会の後は新年会になる。新年会の料理は湯豆腐と決まっている。長い習慣で我々がここに越した時はすでにそうであった。いつの時期から湯豆腐になったのか、話題に上ることもあるが、明確に答えられる人はもはやいない。

我々が越して17年になる。越した当時の戸数は42であった。それが今は30をわずかに越す程度。
そして、その中には古稀を過ぎた独居の家が9戸ある。

年々歳々初常会への参加者が少なくなる。
これも了と受け止めて、与えられた条件で生きるしか手はない。集落も個人も・・・。
宴会は11時過ぎに始まって14時頃まで。穏やかに新年を祝った。



2018年1月6日(土)
永日小品

一昨日の続きになる。

漱石は年齢と元号が同じらしい。深夜便での説明によると「夢十夜」は明治41年に漱石41歳の時書かれたという。そして、「永日小品」は翌42年の執筆になる。
「夢十夜」が夢という幻想の世界を詩情豊かに描き出したのに比べ、、「永日小品」は日常の体験を、時には短い小説風に描いたもの、とやはり先の説明にはある。

これを聞いて、若干の理解はしたものの、「永日小品」という単語には初めて接したわけで、今一つ納得ができない。調べてみようと思い立った。

実は私は、漱石全集を持っているのである。
Kindleという書庫の中。200円で買い求めた。(詳細は小欄16年12月19日づけ)
調べてみると確かにあった。


(写真をクリックすると
深夜便の朗読、冒頭部の音声
が流れます)

ページを繰ってみると25の短編でなっている。表題は蛇、柿、苦、など1文字のものが7つあり、元日、火鉢、人間など2文字のものが11ある。あとは、猫の墓、とか、過去の匂い、といったものになる。

この中で、深夜便でも朗読された「元日」は作品の中で一番先に載っていた。
いまのとこ、1つ2つ聞いただけで中身の全貌はつかめていない。

それにしても「永日」の意味は何なのだろう。
広辞苑には
@日中のながいこと。特に春にいう。ひなが。はるなが。
A別れの挨拶や手紙の終わりなどに用いる語で「いずれ他日ゆるゆる会おう」の意。
とある。



2018年1月5日(金)
歩数計

12月30日にウォーキングを1月前くらいから再開したと記したが、正確に言うと12月3日からである。
なぜ、正確に言えるのか? 
歩数計のデータが残る故である。
実はこのデータ、9月6日から12月2日までの間途絶えてしまった。またしても何故か?
答えは簡単、失ったのである。ズボンのポケットに入れたまま洗濯し使用不可となった。
すぐに次を買えばよいものを、機種選定に戸惑ったりなど、ぐずぐずして3ヶ月も経ったしまった。
今回、求めた機種はオムロン HJ-205IT。


1機目と同じ機種である。少し古い型で、新機種に変えようかと迷ったりしたが、慣れを優先してこの型にした。

2台目を購入した以降はウォーキングもほぼ継続していて、購入の成果はあったと思っている。



2018年1月4日(木)
漱石-夢十夜
落語を聴きつつ寝る癖については、小欄で何度も触れた(一例は17年10月2日付け)。
聞くというより睡眠薬の代用である。聞きながら(聴きではない)寝ると、ものの数秒で眠りに着く。

これと同じ行動をとっている、と書いたエッセイを読んだことがある。ただ、その人は落語ではなく、漱石の「夢十夜」。著名な俳優が音声にしたものを聞くのだと述べていた。「代用睡眠薬」の効用を賛同しつつ読むと同時に、「夢十夜」の存在を初めてしった。エッセイを読んだ記憶は2、3年前のことである。
(今回、このエッセイを探したが見つけられなかった)

さて昨年末、ラジオ深夜便の番組表を見た。アンカー(深夜便ではアナウンサーをアンカーと呼ぶ)が「夢十夜」を朗読する、とある。放送は3日続けてらしい。「音声の夢十夜」を是非とも手中に収めたいと、3日分の録音予約をしておいた。

数日たって30日のこと、録音のことを思い出した。再生してみる。
確かに「夢十夜」が入っている。ほかに「永日小品より」という短編もいくつか録音されている。音声編集ソフトで1話ずつに整理することにした。
そして3日目に編集が及んで、びっくりした。「第8夜」までしか録音されていないのである。放送は3日間と思ったが、どうも4日間であったらしい。そして、4日目は当日の未明時刻で、もはや過ぎていた。
「十夜」が8夜で終わっては価値が半減する、と大いに落胆した。
手はないかと思いを巡らす。再放送はないか、などとも。もちろん、深夜便の再放送はない。
万事休す、で半ばあきらめた。

窮すれば通ず、もある。元旦にひらめいた。「聞き逃しサービス」の手がある、と。
深夜便のホームページを開いて探してみる。ある!。ただ、あるにはあるが第8夜まで、それ以降の更新がなされていないのであった。更新は正月明けかもしれない、と気をもませる。

昨日のこと、まさかと思いつつ開けてみると、更新されていた。9、10夜の音も確認できた。
これを取り込めばすべて揃う。

勇んで取り込みにかかった。
ところが、問題は終わらなかった。「聞き逃しサービス」は手持ちのソフトでは取り込めない仕様になっていたのである。

対応策。例えば1、2・・・。
音は聞こえる。それをスマホで録音してみた。音が悪く雑音もある。
フリーの録音ソフトを使用してみた。音が飛ぶ。

試行錯誤の結果、最終完成した方法は次であった。

 ・ノートパソコンで「聞き逃しサービス」の音を再生する。
 ・ノートと通常パソコンをケーブルでつなぐ。
 ・パソコンでWindows搭載の「ボイスレコーダー」を立上げこれで録音する。


めでたく取り込みに成功した。編集ソフトで仕訳けた結果を右の写真に表示している。
”9、10夜”の音質はそれ以前のものと全く同一である。

漱石の「夢十夜」がようやく手元に揃った。めでたしめでたし、である。



2018年1月3日(水)
良寛全集

年末図書館に行った折に借りた本、「良寛に生きて死す」。中野幸次の著作である。目について借りてきた。
少し読んでいると、以前、何回も読んだ気がして自分の書棚を探してみる。案の定、同じものが出てきた。
机の上に長く置いていたもので、紫外線でかなり減色している。

書棚には良寛に関する本が何冊かまとめて置いてあり、この折り、同時に目に入ったのが”2冊”の「定本 良寛全集」である。
平成18年に中央公論社の創業120年を記念して刊行された。発刊のことは事前に承知していて、わざわざ予約で購入した記憶がある。
第1巻が詩集、2巻が歌集、3巻が書簡集ほかの構成。価格は税抜きで12,000円であった。安くはない値段である。詩と歌があればよい、とその折り買い求めたのは第1と2の”2冊”であった。

話が少し転ずるが、昨冬若干俳句をかじった。その時、良寛の句作を初めて知る。
そして手持ちの全集を探してみたが、この2冊に俳句は載っていなかった。俳句は買い残した第3巻に収録されていた。ただ、この時はこれでおわる。

書棚に話を戻す。欠落した1冊を買い求めようかと思い出した。
例によってアマゾンを探してみる。中古でよさそうなものがある。税込みで9,000円。
年末に発注を掛けたものが今日届いた。

美麗で中古の雰囲気はない。3冊揃って安堵の感が強い。
108の俳句が収録されていた。

安堵が手伝って書棚の肥やしになる可能性も十分にある。



2018年1月2日(火)
お宝

正月にふさわしい話題を探していて本項を思い付いた。

2階自室は小欄に度々登場するが、2階にはもう一つ、物置兼客間のような部屋があってそこには違い棚がある。
その違い棚に、我が家開闢以来ずっと飾られているものであるから”お宝”に違いない。
文箱である。

作者は年末、「米と牛」に登場したS氏の父上である。御父上は大工の棟梁の一方で、細工物もなさると聞いていた。頂いた経緯は定かに思い出せないが、当方から無理を言い、制作していただいた気がしないでもない。
こちらに引っ越すときはご健在で、その記念にと無理をいったような・・・。

アヤメの模様が鎌倉彫の調子で彫ってある。精密な作で、開けようとしても空気が抜けず、上箱を持ち上げると下箱がゆっくりと落ちる。
塗は春慶。これは別の職人の手による。この職人も神岡在住で、我々もよく知っていた。

文箱の裏に、二人の職人の印が朱漆で押してある。
我が家”お宝”の一つである。

S氏の父上はその後鬼界に入られた。漆の方は今でもご健在である。



2018年1月1日(月)
互礼会と初詣
息子家族は帰省を春に伸ばすと言い、娘夫婦は年末1泊したが正月は婿殿の実家で過ごすといい、今年も2人で新年を迎えることになった。
昨夜は「なまさだ」を途中まで見て寝たのが2時頃。朝起きたのは6時を過ぎていた。

世間様同様に屠蘇、雑煮などで新年を祝う。
そして公民館で行われた新年互礼会に出席することに。
9時半前に公民館へ行く。開始は10時から。参加者は今年も多い。

行事のスケジュールは昨年と全く同じ。1月1日の歌斉唱、公民館長挨拶、年男紹介、福引など。
福引は今年も当たらず。早めの到着であったから、くじの半券が下に沈んだ状態になり、引き当ててもらえなかったのか、と反省をしたりする。


初詣は午後。地元の神社、昨年と同じパターンである。
昨年は祠で合流したAさん一家だが、我々が階段を上り始めたらすでに下りつつあり、途中で挨拶する次第となる。
もはやこれで会う人はなかろうと思っていたら、祠でひと夫婦、帰りの階段でひと家族に会う。小さな集落の小さな神社だが、思いのほか人気のスポットであるのかもしれない。



Kの散歩帖
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