2017年4月30日(日)
榾木(ほたぎ)の移動

4月8日に駒打ちした椎茸の榾木が、裏庭にそのままに放置してある。
Mの援助を受け正規の保管場所に移動した。

我が家の栽培技術はMの父親から指導を受けたもの。帰郷して間もない頃である。
木の伐採、植菌、保管管理(伏せ)など全般に及ぶ。
インターネットなどに記載されている技法と異なる部分もあるが、基本的には義父の技法を踏襲している。

それに従えば、植菌後1年位は井桁に組んで保管し(仮伏せ)、のち人型に組んで(本伏せ)栽培する。

保管場所はビニールハウス跡。今は鉄骨のみ残り、その鉄骨にアケビやつるバラが這って木漏れ日を作ってくれるところである。

最初に、古くなった榾木を処分した。処分と言っても廃棄ではなく、新たな試みとして野積みにして腐葉土を作ることにした。
後は、これまで井桁に組んでいたものを人型にし、今回作成の榾木を井桁に組む。
およそ2時間の作業であった。

余談;「榾木」は何と読むか。パソコンでは「ほだぎ」で入力してこの漢字がでる。一方、広辞苑(6版)では「ほたぎ」の項に載っていて「ほだぎ」にはない。Kはこれまで「ほだぎ」としていた。広辞苑に敬意を払い今後は「ほたぎ」とすることにした。


2017年4月29日(土)
花の絨毯

数日前から気にはなっていたが、たまたま今日通り掛ると一面に広がっていた。
場所は「並木通り」、「再生雑地」と呼んでいるところ。

背の低い紫色の花がビッシリである。一部白い花も混じるが、紫色が圧倒的である。

巾はおよそ20m、長さは4、50mはあろう。

家に入り調べてみると「トキワソウ」というらしい。
「ムラサキサキゴケ」という極めてよく似た花があり、これには「ふく枝」という花茎があるが、「トキワソウ」にはない、との説明がある。調べてみたが「ふく枝」がなかった。

この花、昨年までも僅かには見た記憶がある。しかし、これほど一面に広がったのは初めてのこと。まるで、花の絨毯である。

上を歩くのは悪い気もするが、通路にしている場所で歩かざるを得ない。
花の絨毯を歩く、贅沢な経験である。


2017年4月28日(金)
雑木苗 その2

昨年11月18日にポットに植えた雑木苗のその後である。

育苗トレーに載せて一括管理にした。保管場所は裏庭の一角。雨風が当たり雪の下にもなる。移植当時は少し水を撒いたかもしれないが、その記憶もないほどで、ほとんど手はかけていない。
ただ一度、立ち姿矯正の支柱を立てたが、効果のほどは定かでない。

その苗木が新芽を出し始めた。

種類により芽の出方は違い遅速があるが、仔細にみるとすべての苗で芽が出ている。
葉が落ち、付いたかどうか判然としないうちは意識からかなり離れていたが、こうなると俄然興味と愛着が増してくる。

行く末をどうするか。
紅葉の綺麗な苗を集めてもの、もう少しこのままで様子を見てみよう。
小欄でその後の推移が載るやもしれず。


2017年4月27日(木)
カランダッシュを再び求める

愛用のボールペン、カランダッシュを失くしたことは4月10日に触れた。しかし、実際に失くしたのは10日ではなくかなり以前の3月25日に遡る。
何故それが判るか?
備忘録の文字の色が黒色で記載されているからである。何十年カランダッシュのブルーで書き続けてきたのを、失くして以降普通の黒色に替えたのであった。

話が少しずれる。先日ウォーキング時”らじるらじる”を聴いていたら「文具王」なる人物が登場した。名を高畑正幸といいい、この分野の著名人らしい。まことに詳しい。その人が「最近のボールペンは凄い」と話ていた。

これを聴いてからは、いよいよ再購入の時期かと思い始めた。出てくるものと信じていたのに、一向にその気配はない。カランダッシュでなく、最近の”凄い”やつでも、と。

ネットで調べてみた。文具王の話に出たものも見る。数千円の品もあるが、今一つピンと来ない。
つい、「カランダッシュ」とパソコンに打ち込んだ。

著名モデルの「エクリドール」は高価であるが、安価なモデルもある。
ただ、中に入れるインクは全て同じになる。それなら安いモデルでもよいではないか、と貧乏根性が起きだした。

「849コレクション」モデル。インクはブルーが必須。合わせて数千円。
文具王が勧めた”凄い”よりは高価になった。

廉価モデルを選んだ理由は他にも少しあって、それは、失せものが出てくる可能性を全て捨てた訳ではない、からである。
その根拠は 再び こちら→

備忘録のインクの色が元に戻って安堵している。


2017年4月26日(水)
寒さを目で見る

「寒さ」は体感するのであるが、これを目で見るという話。と大げさに書き始め得たが、温度測定のことである。
測定器については8月12日で触れた。データ処理に関しては8月31日に記述している。
この二つの道具を使って今冬の温度の動きをグラフにしてみた。

ただし、8月31日のデータ処理ではデータが年度を越すことを想定していなかった。
また、
測定器において、保存領域を越すと古いデータが消え更新されると思っていたら、更新されず測定がストップしていた。このため1ヶ月弱データのない日がある。
この2つの問題をクリアーするようグラフ化ソフトを修正する必要があって、これに2時間余り費やした。

昨年10月1日から今年の4月15日までの温度の動きである。これに二十四節季を重ねてみた。

温度の動きがよく判る。そして二十四節季でいう季節感が見事に一致している。

二十四節季は”旧暦の話”で現在のカレンダーとはずれがある、と思い込んでいた。それが一致する。
不思議に思い調べてみた。

旧暦には二つの側面がある。月の満ち欠けから設定する部分と太陽の動きから設定する部分である。したがって旧暦は”太陰太陽暦(太陽が隠れたり出たり)”と呼ぶ。
二十四節季は太陽の動きを24等分して設定する。したがって現在のカレンダーにピッタリ一致し、例えば冬至は12月22日頃になる。一方、旧暦では冬至は11月ごろにやってくるが、いつになるかは暦を見ないと判らなかったらしい。

古稀を過ぎて初めて認識した常識であった。

4月半ばの気温は10月半ばに相当するのが判る。秋から冬にはゆっくりとなり、冬から春へは少し早めに到達するようにも読み取れる。

一昨日の肩のこと。昨日病院に行ったら「腱鞘炎」の診断があり、安静にとの指示があった。そのため本日は外仕事を止めパソコンで半日過ごす。この結果が「温度の話」に及んだ次第であった。



2017年4月25日(火)
朝ドラ ひよっこ

今回の朝ドラ「ひよっこ」は面白い。
前回の「
べっぴんさん」はひどく、途中それもかなり早い時期から見るのをやめたたが、今回は大いに期待が持てる。
特に脚本がよい。配慮のある言葉が随所で使われる。
ロケ地が良い。昭和前期の田舎の風景。我が地邑南町でロケしたと言っても違和感を感じないほどである。かつて、どこの田舎でも見えた”もの、景色”が眼前にある。
時代背景がよい。特に団塊の世代を生きた我々にはピッタリだ。

昨日のシーン。行方不明の父が年末には帰ると待つが、帰らない。開けて正月、祝いの席で主人公は「今春、高校を卒業したら東京に働きに出る」と宣言する。
その折のカレンダーである。昭和40年の元旦。この年高校卒業となれば、Kより2年後、Mより1年前、そして生年は昭和21年になる。主人公「みね子」は団塊世代真っ只中をこれから生きることになる。
見る我々団塊世代人は、ドラマの時代背景を考える必要はない。ドラマの時代を”自分の過去”に置き換えればそれで済む。

みね子は茨城を出て東京で働く。Kは自宅浪人ののち九工大に入る。Mは出来たばかりの久保田鉄工広島支店に勤務する。

ドラマの場面場面で、見る側は「この時私は・・・」と自分の来し方を振り返ることも多かろう。
我々は頑張った。みね子も頑張る。
進展に期待を込める。

2017年4月24日(月)
ウォーキング

出来る限り歩くよう心掛けている。コースはほぼきまっていて、里庭の周辺を歩く。
歩数はおよそ7000歩。距離にして5Km弱、所用時間は45分前後になる。

2、3年前からノルディックウォーキング方式を採用している。
ポールを使いながら歩く方式で、この方式にしたころ、「怪我かな?」と近所の高齢女性に訝られたことがある。ノルディックウォーキングの認識がなく、ポールが杖に見えたことによろう。今では邑南町でもノルディックウォーキングの講習会が開かれたりして、ポール姿も珍しくない。

歩く時は「らじるらじる」を聴くか、句作を試みる時もある。
目は周辺の景色を視る。思いついてスマホで写真を撮る時もある。

今日のウォーキング時の写真。

若葉が映える里庭全景。
ウォーキングコースの中では最も秀麗と一人悦になる時もある。

このところ肩が痛い。特に左側。草刈り機を使用していると10分くらいで痛みが増してくる。それもかなり痛い。
明日は病院へ行ってくることにする。
ただ、今のとこ、歩くことに支障が全くない。有り難いこと、と思っている。



2017年4月23日(日)
43年同期会

昭和43年に三井金属に入社した者の同期会を知らせるメールのタイトルである。
通常、同窓会などの案内は往復はがきで来るものが多いが、この同期会案内はメールでなされる。
昨今、メールと言えば携帯メールをさす場合が多いが、今回の場合はビジネスで多用されるパソコンメールを意味する(もちろん、携帯でも運用できる)。


今年の同期会を5月に開催する案内で、その出席可否連絡をメールで返信するよう求めている。
送信は同期メンバーに一斉送信され、返信は「全員に返信」か単に「返信」するかを選べる仕組みになっている。
「全員に返信」を選ぶ同期も多く、パソコンのメールを開くと標記タイトルのメールが届く場合が少なくない。
メール返信者の名前を見て「おお、あの人か」と昔を思い出すことがなりある。

返信の中に、同期会メンバーの訃報を併記するのがあって、思わず天を仰いだこともある。
メンバーの奥様から「夫」の死亡の報告を受けたと、夫人からの文を添えたメールが幹事団から再送されたりもした。
さらには、この二人の訃報を知って、伊勢物語(在原業平)の「ついにゆく、道とはかねてききしかど、きのふきょうとは、思はざりしを」の和歌を引用し心境を伝えるメンバーもいる。

往復はがきに無い機能をビジネスメールが果たしつつある。
これを可能にしたアドレス情報入手の動きなどを昨年5月26日づけ小欄に記載している。

この日には入社記念の写真も引用している。
他に入社時の写真は無いかと、未整理の写真箱を探したが何も見当たらない。
しかし、思いもよらない写真が見つかった。入社時配属先のダイカスト事業部川崎工場の鋳造棟、ダイカストマシン群、そして日々試験に明け暮れた鋳造条件の測定設備、を写したものである。

同期入社の数は42名であった。うち、他社への転出者は2名とある。昨今、入社後の早期転出者が2〜3割と報じられるに比べ思わぬ高歩留まりである。
良き時代の入社組になる。

少し余談;同期会の代表幹事を務めるM氏からわざわざK個人宛にメールがきて、それには氏の手になるエッセイが2編添付されていた。題して「いよいよ春だな」「貸農園の女たち」、WordでA4-1ページ、およそ1000文字からなる文章である。深い洞察も含めつつユーモアのある内容であった。
私が田舎生活を送っていることから、送ってくれたのかもしれない。
これを機縁にメールのやり取りが1、2度あり、氏がエッセイを投稿するサイトを教えてもらうことになる。今後氏のエッセイを折りに触れ楽しみたい。
と、思わぬ副産物もできてきた。


2017年4月22日(土)
萌芽更新

欅台の片隅にあって、かつては花を付けていた桃ノ木がある。

記憶が不鮮明であるが、いつのころからか咲かなくなり、その内すっかり枯れ、蔦に覆われて桃ノ木であることさえ忘れることもないではなかった。
「倒そうか?」と話題にのぼることもあったが、いつしか忘れ、放置が続くという状況であった。
2、3年前頃か、何か枝らしいものが出たが、これも放置される状態が続く。

さて今年、この枝に多くの花が咲いた。大輪の桃の花である。
わが身の中で再生の気分が盛り上がり、古株の切り倒しと相成った。


(左;切断前、蔦に覆われている、
右;切断後、矯正で引っ張っている)

脇芽を育てる方法を「萌芽更新」という。通常は人の手で切り倒された後に出た脇芽を育てることを言うが、今回は桃自身による自家更新になっている。

この桃ノ木、昔の姿が思い出せずにいて、「まさかないよな?」と、古いファイルを探したら、思いがけずすぐに見つかった。

写真右下に白く花を付けて写るのがそれ。2002年4月14日の日付がある。移住した翌春になる。
全ての植物の様相に大きな変化が見とれ、歳月少なからずの感慨が浮かぶ。



2017年4月21日(金)
芽吹き

陽が傾きかけたころ、ぶらっと出かけた雑木並木にうっとりした。
芽吹きの葉が斜光を浴び輝いている。
生憎カメラがない。スマホのカメラで撮ってみた。

里庭も芽吹きの時期である。
右側の赤み掛った木は山桜。随分大きくなり根元の直径は20Cm程度ある。
桂の新芽は赤いというイメージがあったが、山桜の若芽が緑でないことに今回初めて気がついた。

右側に並ぶ一連の木々を含め、この景観を「雑木並木」と呼んでいる。
これらは平成19年に製作した。 詳細 こちら→
当時は運搬車などの動力機械がなく、大層苦労した記憶がある。


芽吹きから始まって、若葉、新緑、深緑となる。そのあとは紅葉、落葉と続く。
雑木並木を巡る1年が始まることになる。



2017年4月20日(木)
トウカエデの挿し木

秋になると見事な立ち姿を示すトウカエデ、里庭には1本しかない。
常々増やしたいと思うも実現をしないでいる。

昨年のこと。先の1本の親元から2本目の苗が届いた。石垣の間に生えたものを抜いたとの事で、根が極めて少ない。着くか否か心配しつつ畑に植えた。詳細を8月17日で延べている。
果たして活着したのだろうか。結果は残念ながらNo。!であった。昨晩秋、恐る恐る枝に触ってみるとぽきぽきと皆折れた。

この時思いついたのが”挿し木”である。以後、4月10日に記載した「仕事の予定表」に載ることになった。
調べてみたが挿し木の適期は植物によって異なるという。トウカエデの挿し木については詳細を見つけることが出来なかった。一般には成長期が良いとされる。

成長期なら今、と思い立った。

挿し木の「苗」は「穂」というらしい。
不要と思われる枝を2本持ち帰り「穂」を作成した。少し水に漬けておくのが良いともあり忠実に従った。
「床」はMが紫陽花に作っていた場所の片隅を少し間借りした。穂の数は10本である。

何本根が出るか?! ワクワクものである。

2017年4月19日(水)
春の町内めぐり

高齢者活性化プログラムとして「いきいきサロン」という活動がある。自治会単位の動で、今回は表題の町内めぐりが開催された。といっても合併で”町内”になった地区である。
参加者は30余名、マイクロと多人数乗れる普通車2台での賑やかな旅となった。

最初は「天国に一番近い里」として近年大いに知られる花桃のさと。花はほぼ満開(わずか過ぎ)で見事であった。
代表者の説明では平成19年に60本の苗を植えたのが最初。現在では2350本植えたとか。8世帯13名の集落である。
たまたま、「限界集落」の視察に見えた当時の増田総務大臣と竹下財務副大臣が、苗を植えるハプニングも起こったという。偶然のことで苗植え用の鍬とスコップを用意したら「凶器になる」と遠方へ運び出すよう命じられた、と笑い話の披露もあった。

命名の由来については次の答えがあった。企画当初のころ、地元紙の取材で「どうして始めたの」と聞かれ、「老人ばかりで天国にすぐ行く者しか住んでいないので」と答えたら、紙面見出しに「天国に一番近い里」と紹介され一遍に有名になった、という。

二番目は禅寺。宗林寺(そうりんじ)、かつて、毛利四天王の一人と言われた”口羽通良”の菩提寺だそうである。かなり広く、建物、植え込みも立派。宝物館もあり収蔵物も豊富。
最後の末裔が数年前に亡くなり、後は娘さんが他所に居て、「もはや見る気はない」と宣うらしい。
仕方なく門徒10余名で管理している、と門徒代表らしい方の苦汁を込めた説明があった。
立派な文化財である。このままではいずれ朽ち果てよう。放置するには問題がある

最後は棚田。棚田百選にも選ばれているという。棚田があることは承知していたがこのことは知らなかった。
一時の「棚田ブーム」も衰え、維持には困難が伴うよう見受けられた。帰り際バスの車窓から見えた棚田はひどく荒れていた。

余談;風邪で3日安静にした。最高温度は37.6℃。病院ではインフルエンザではない、とお墨付き。
昔から「うつせば治る」と言われる。昨日はMが寝込んだ。


2017年4月15日(土)
本日休刊

咽喉が痛い。体温を測ると37.5℃ある。
寝ることにする。

2017年4月14日(金)
染井吉野

染井吉野が初めて花を付けた。
苗木を植えたのは随分前のことで5年前になる。 こちら→
植える折り土質の悪さを心配したが、心配は現実となり、成長の速度はすこぶる遅い。
今春初めて花をつけた。”付けた”と言ってもほんの僅か、特定の枝先に数輪である。

一体、桜はどの程度の期間で花を付けるのであろうか。ネットで見ると専門家が次のように答えている。

「誠に失礼ですが、貴方の桜苗木の育成能力が如何程かに掛かっています。
春に芽が出て、秋には2mを越す大きさに育てられますか。これが出来れば、翌早春に移植、翌々年には数輪の花が咲くでしょう。(これはソメイヨシノを実生した20数株よりの経験です)
これらは、鉢植えでは不可能です。育苗箱や鉢で苗を育て、本葉が5枚ほどの時に移植します。後は肥料を与え、ドンドン伸ばします。」


我が方植え放しで施肥もせず、である。
本稿を見るまでは、桜の成長はこんなもの、と思いこんでいた。
反省をしつつ、何か対応を考えてみることにする。



2017年4月13日(木)
柚子酒 蔵出し
11月30日に漬けた柚子酒。すっかり忘れてた。食品庫のような場所があって、たまたまそこに行ったら偶然目に入り、「時期が来たよ」と訴えているように感ぜられた。

指南書では半年で完成とある。その時期に近い。
蔵出しすることにした。


京都に住む友人が久方ぶりに来訪していて、Mも加えて3人で味見した。
麦焼酎のほのかな香りもして、予想以上に美味である。

ろ過して友人にも僅かおすそ分け。瓶詰めしたら2本出来た。



2017年4月12日(水)
冷蔵庫がやってきた

ちょっと前の話になるが、「あさイチ」だったと思う、東北地震時と現在の電力事情の差について話題にしていた。
パネラーの方が「当時はこまめに節電していたが、今はその意識が薄れている」と語る。では電力事情は如何か?、と言うと案内アナウンサーの説明では「一人当たりの電力使用量は現在が少ない」らしい。
理由の一つは家電などの省エネが進んだためで、「特に冷蔵庫などは当時に比べ、1年間に1万円くらい電力代が違う」ともいう。

さて、我が家の冷蔵庫。震災時どころか、神岡時代である。調べてみると19年前購入していた。製氷機部分を修理などして未だに使用している。
我々二人の余命を考えると、今の冷蔵庫のままで最後までゆくとは思えない。いずれもう1回は買わなければならない、と思われる。

ならば、もったいないで使い続けるより、早めに買換えて節電の効果を享受した方が得策ではないかと思い始めた次第である。

地元の電気屋さんに依頼した。都会の大型店に比べると高いと思いつつ、修理等を考え仕方なく選択した。
発注を決定したのは一昨日。色の問題で取り寄せになり納期は少しかかる、という説明であったが、昨日の電話で今日の納品になった。

我が家では最後の冷蔵庫になるであろう。若干の感慨がある。

2017年4月11日(火)
本日休刊

本日所用にて休刊。

2017年4月10日(月)
仕事の予定表

母屋の前の町道沿いに電柵を張っていて、その下の草が伸び電線に当たりそうになっている。
今年初めての草刈りを予定表に載せた。
と言っても今日の話題は「草刈り」ではなく「予定表」の話。


ほぼ2年前からこのフォーマットの予定表を使用している。A4の厚紙を使用し、「いつの日か」「そのうちに」「近いうちに」「すぐに」の 4項目に分かれる。項目は付箋紙に書き貼り付ける、というもの。
Mの発明品である。

付箋紙の色に意味はない。買い求めた時期の違いになる。2代前の付箋紙が貼ってあり、相当以前の思いつきが消えずに残っていることになる。
「いつの日か」〜「すぐに」の仕分けに定義はない。その時の思いで場所を選ぶ。完了項目は原則捨てる。右下の枠内に移動し、備忘録記載の参考にするときもある。

Kの場合、日々必要なデータ類はかなりの部分デジタル化しているが、この予定表と備忘録はアナログのままである。いずれも「かなり重宝」と認識していて、今のところ替えるつもりはない。

さて「草刈り」、今年最初の草刈りである。春の到来を実感する。

余談なるも”草刈り”の文字色が黒色になった。40年余使い続けた「カランダッシュ」のボールペンが最近行方不明になり、他の筆記具に代えたことによる。
この思い出を他の項で綴っている。 こちら→
 (この記載の中に「米国での技術研修会」とある。この研修会が3日前の話になる。)
再度の出現を切に願っている。

2017年4月9日(日)
豊作の果て

昨日、椎茸を収穫した。二人で小1時間の作業。
本来なら晴れた日に収穫したいのであるが、予報ではこの先数日は晴れが望めず、雨よりはましと作業に着手した。

かなりの量である。子供らへの送付分を考えても生で食べるには多すぎる。乾燥することにした。
乾燥機はMの実家からもらい受けた。10余年前になろう。父の製作になるものと思われる。実家には大、小2台の乾燥機があって、小の方を譲り受けた。

収納する網は以前(8月3日)キュウリの乾燥に使用したことがある。網の数は10個ある。椎茸を並べると丁度10段になった。
乾燥機の熱源は灯油ストーブである。
ほぼ一昼夜乾燥して取り出すと、極めて少量になる。ビニール袋に3袋。

「たったこれだけになった。」と笑いあうほどである。
乾燥椎茸は買えば高価。高価な理由が判る気がする。



2017年4月8日(土)
豊作

椎茸が豊作である。
二日ばかり雨が降って、急激に大きくなった。

ほぼ、1週間前から小さな芽が数多く出ていたが、湿気がなく成長を阻まれていた。
それが雨でいっぺんに成長である。

量も多い。これまでで3指に入る多さであろう。
生で食べるには多すぎる。久々に乾燥機の出番がありそうである。


2017年4月7日(金)
アメリカ研修

「阿弥陀堂だより」(1月10日付け)の著者南木佳士が書いた「冬物語」、図書館で借りて読んでいる。
その中で、巻末に収められているのが「芝生」という短編。

秋田大学医学部の学生が夏休みに、カリフォルニア大学バークレー校の語学研修に出かけ、そこで、田口君という東北大学理学部数学科の苦学生と同宿になる。二人して、ケティという溌剌としたアメリカ人女性に出逢う。
20年後、ケティが乳がんで死んだという知らせを、バークレー校の助教になった田口君から受け取り、かつての青春を振り返る、と言う話。実体験に基づく創作であろう。

読んでいて、私も昔の体験を思い出した。かつて、アメリカでの技術研修会に参加し、吉沢和夫さんと言う人と、およそ10日間生活を共にしたことがある。


(前列右端吉沢さん、隣K)

アメリカにバテル記念研究所(Battelle Memorial Institute)という著名な研究所がある。研修会はこの研究所で行われた。ILZRO(国際鉛亜鉛研究機構)という鉛・亜鉛を統括する世界規模の機構が亜鉛ダイカストに関する技術開発をこの研究所に委託し、まとまった研究成果をILZRO傘下の企業に伝達しようとして企画した会である。
世界中の亜鉛ダイカストを生産する企業から受講者が集まった。日本からは2人(吉沢さんは三菱金属)、ほかにアメリカ、イギリス、フランスと南米やオーストラリアなど10ヵ国からの参加であった。受講生の総数は13名。日本、アメリカ、イギリスのみが複数参加であった。

期間は、昭和50年5月19日から5月28日まで、場所はオハイオ州コロンバス。期間内に工場見学があり、グランドラビット、カルマズーをも訪れた。

この間、研修を離れた時間は吉沢さんと行動を共にした。スーパーのような店で食材を買って食事にし、酒類も店で買ってホテルに持ち帰り飲んだ。州法で酒の買えない日があって、講師の人に尋ね、いかがわしい店で酒を買ったような記憶もある。
ただ残念なことに、期間中「ケティ」のような女性に遭遇することは唯の一度も起きなかった。

帰国後、同年7月に、日本ダイカスト協会と日本鉛亜鉛需要研究会の主催で技術伝達講習会が開催され、二人で講師になっている。
東京、大阪、名古屋で開催され、受講者は合計で約100名とメモに残している。

不思議なことに、吉沢さんとのつながりはここで途切れる。残った年賀状もない。
Kが31歳のときの、遠い昔の出来事である。



2017年4月6日(木)
梅の旬

今日は雨になった。遠出はできないので前庭にぶらっと出て気がついた。梅の花の数が多い、と。

3月28日で、今梅が満開と掲載したがどうも間違っていたようである。

比べてみると少し違いが見える。また、前回は写っていないカタクリの蕾も散見できる。
季節は着実に動いているようだ。


2017年4月5日(水)
椎茸の種駒打ち

すでに廃刊になったが「自休自足」とい雑誌があって、このことについては小欄記事の第1号で触れた(4月1日づけ)。
巻頭に「晴耕雨木」というエッセイがあり、Vol13号で、「椎茸の自家栽培は『保険』に似ている」というくだりがある。「その保険金は3年目には数倍数十倍の金利がついて返ってくる」からだ。

その保険掛け作業を実施した。外はまだ寒い。穏やかな日を選んで3日掛りの仕事になった。

第1日はほだ木の持ち出し作業。11月17日付けで報告済みの原木を裏庭の作業場に運び込んだ。小1時間の作業であった。
第2日は駒うち。駒は1000個購入した。2時間余り作業したが、夕刻が迫り中断した。第3日は残りの駒打ち。およそ1時間で完了した。

駒打ちした原木を最終保管場所に運び込む作業が残っているが、未だそのままで放置してある。

丁度今が椎茸の収穫時である。エッセイでいう金利の受け取り時になる。Mは以前駒打ちのほだ木から椎茸を収穫し、「子らにも送る」と張り切っている。


2017年4月4日(火)
1周年

この散歩帖を始めたのが昨年の4月1日。1周年になる。
ボケ防止で始めたが、1年過ぎて若干感慨めいたものが無いでもない。やむを得ない事情のない日は、大半何らかの文字を書き連ねた。
開始に当たっての気持ちは5割程度の記載率を志したが、結果はそれを大幅に上回ることになった。
とりあえず、ボケが進行しなかったことと、周辺に大事があまりなかったことによろう。ありがたいことである。


たまたま、昨年3月のアクセス解析データが残っていて、比較の意味で今年の3月分も調べてみた。


(左;昨年、右;今年)

(注)訪問数は1ヶ月間の延訪問者数、アクセス数はページの閲覧数である。
カウントは表紙のみの設定で、1日内での同一者 複数訪問は訪問数が1となるように設定している。したがって、同じ人が1日に3回訪問すればアクセス数は3になり、訪問数は1になる。このHPの場合、およそ3:2の割合になっている。
なお、回数を示す数字は、過去全期を通した累計数である。

実績を見ると、1ヶ月の訪問数は356が407におよそ1割増えている。この内初めての訪問はアクセス数でおよそ90で、昨年と今年あまり変化がない。リーピートの数が増えたといってよいであろう。これには小欄が少しは影響しているとも思われる。

このアクセス解析はHP開設時から設定している。開設後9.5年経過した。約、3500日になる。この間、アクセス数で2000回を超える人が65名いてくださる。さらに1000回を超える人が54名に上る。計算してみると、1週間に一度以上ご覧いただく方が100名を超えることになる。
なんとも、おそろしい数字で、あだや疎かには書けないと思い直した次第である。

さて、新年度が始まる。小欄の記載、も少し続ける気でいるが、”ほぼ毎日”が減るかもしれない。
あまり気負わず、のんびり新年度をスタートする事にする。


2017年4月3日(月)
もろもろの事

長姉の連れ合いが亡くなった。1日未明でのことである。
小欄では1月20日付けで「原山監視廠」を語り、3月3日で「如月会」を楽しんだ。
人生の前半は大工を業としたが、中盤から後半は養蜂に勤しんだ。世間の養蜂家が蜂から蜜を搾取するのに対し、義兄は蜂から頂ける量のみもらい受けるという態度に徹し、蜂と協働の生活を営んだ。

2週間前までは元気に働き、具合が悪いと病院に行く。そのまま入院して、10日間意識のない日があり、もはや無理かと思っていたら急回復。皆と会話をして、「よかったな」と安堵していたら、一気に逝ってしまった。
私からすれば、理想の大往生である。

家の横では、蜂のために兄が植えた菜の花が咲き誇っていて、納棺の折り兄の長女がそれを切り、遺体の周りに敷き詰めた。

  蜂に生き菜の花まとい義兄(あに)まかる  里仁

としたら、たまたま俳句に堪能な人がそこにいて、蜂も季語と指摘される。仕方なく

  採蜜屋菜の花まとい義兄まかる

を追悼の句にした。



葬儀の席など俳句が話題になることもあって、それを聞いていた別の知人が私ら(KとM)に向かって「二人とも始めたのですか」という。「新聞で見た」とも。
「Mのは載ったがKは投稿したが載らなかった」と答えると二人分とも見たと宣う。

一連の葬儀を終え帰宅後、探し出す当てが見つからず、松江支局に電話した。
親切な女性担当の方が「探してみます」と答えてくれる。程なく電話があって、「2月15日に載っています」との回答があった。

幸運にも古新聞が残っていて、探し出すと載っていた。

11月4日の小欄、歳時記を買い求めて最初に作った句である。
選者で少し添削してある。
3月15日でMに先を越されたと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。安堵している。



2017年4月1日(土)
本日休刊
親戚に不幸があり、本日休刊。

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