Kの散歩帖
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2016年6月30日(木)
耕せど

今日到着した。
25、26日付けで記載した「耕せど耕せど 久我山農場物語」の本、結局単行本を買い求めた。
中古で購入したため新刊より少し時間がかかったが、問題ではない。

初版第1刷で帯付き、出版社の「出版案内」や読書アンケートの葉書なども付属していて、新刊本との違いは一切解らない。これで新刊本より約100円安いのであるから中古本を探すに限る。

まだ読み始めていない。

代わりにアマゾンのレビューを転載する。あまり長くないもの。

kikmamaさん
自宅に作っている家庭菜園から、話があちこち脱線し、収拾がつかなくなってくるのだが、それが可笑しくて、久しぶりに本を読みながら声を出して笑いました。喜び勇んで夫にも勧めましたが、夫はどこが面白いかわからないと言いました。伊藤礼氏の作品は初めてでしたが、一気フアンになりました。氏の他の作品も数点購入し読みましたが、「耕せど耕せど」が私には一番面白かったです。

じっくり読み進めることとする。
題名に「物語」がついているのも、わが里庭「物語」と同類の雰囲気があってすこぶるよい。

余談ながら、かつて、久我山には三井金属の独身寮があって、テニスコートもある優雅な独身寮、同僚を訪ねて何度も訪れたことが思い出される。

2016年6月29日(水)
音の安全パトロール

地元の小学校を高原小学校という。その生徒に音楽の楽しさや日常生活の心得を伝える目的で、県の警察音楽隊が来てくれた。
場所は高原公民館。
一般住民も歓迎とのこと、Mの勧めもあって行ってみた。


(画像をクリックすると別画面、「さくら」が聞けます)

マーキュリーから始まって、久石譲メドレー、アニメソング、さくら、美空ひばりメドレー、・・・、最後は、翼をください。
ボーカルも加わったり、チアガールの人も。

生の音楽に触れる機会が少ないので、大いに楽しめた。

雰囲気を感じてもらうため、「さくら」の部分をスマホで録音し、別画面に添付した。
音は悪い。雰囲気のみ。

2016年6月28日(火)
新じゃが

少し小ぶりの新じゃがを、皮つきのままアルミホイールにくるんでオーブンで加熱。
待つこと数分。
頃合いを見て取り出し、ホイールを開く。

十字の切り込みを入れて、少し開き、バターを挟む。
半溶融のバターの上にお好みの醤油を数滴。

後は食すのみ。
底部は少し焦げて固さを増すが、これもまた別の味がしてすこぶる美味。


(ダンシャク、と、キタアカリ)

新じゃが、まだ全部起こしてはいない。畑の端から少しづつ味わう。
さらに、子供や知人に少しおすそわけ。

旬野菜ができた時の一コマ。
これもまたよし。

2016年6月27日(月)
終末期の延命治療

NHKに「あさイチ」という番組がある。
4〜5年前か、番組の開始当時は本物のブタが登場したりなどで、NHKがなんでこんな番組を、と不快に思ったが、昨今はNHKらしい番組になっている。
司会役の3人が良い。特に柳澤さんがいい。かつては有名な特派員記者のことは承知の上であまり好まなかったが、この番組で詳細をしり、大好きなジャーナリストの一人になった。

以上は余談。
今日の番組主題は終末期の延命治療について。当人もであるが見守る周囲の人にとっても重要な課題である。

我々もこちらに帰ってKの母を看取った。認知症がかなり進み最後の方は施設のお世話になっていた。その最終段階でのこと。延命治療の判断を迫られる場面が生じた。
当時、当人の意向を事前に聞いておくという意識は少なく、我々もそのことはしていなかった。
KとKの姉夫婦(2組)とMでの判断になる。長姉が「遺漏は止めよう」といってくれた。言い出すのは辛いことであったと思う。結論としては、その言に従い皆が同意した。
1週間弱点滴の治療があって、母は天寿を全うした。
私は、この結論でよかったと思っている。

少し時代が進んでの今日。
番組の主題でもあるが、そう遠くない時期に最後を迎える我々は、自分の最後の治療方針を残しておくのが良いと思われる。
その一つとして例示があった。


(2つのテレビ画面を加工して1つにした)

「事前指示書」という。法的根拠は無いが、病院は参考にするだろう、とコメンテーターは述べていた。また、時代は、このような当人の意思を尊重する方向に向かっているとも。

当人の意識はすでにないのに、延命治療によって10年近く生きている人の話を聞く。誰にも罪は無い。みな良かれと思って頑張っている。でも、良かったの・・・・。

我々2人は意思表示をしたいと思っている。しかも早々に。


2016年6月26日(日)
宵明の月

今朝も早く起きたが、借りた本を読んだりなどして外に出たのは5時半を過ぎていた。
久しぶりに晴れ。何気なく見上げると南西の空に大きな月が出ていた。
これまで月を撮ろうという気は起きなかったが、スーパーマーズ(6月1日付け)のことがあったからであろう、急に撮ってみようかと思い立った。

500mmのレンズをつけ三脚に固定して空を狙っていると、Mが起きてきて「何をしているの? 宵明の月でも撮っているの・・・」と宣う。
そうか「宵明の月」という単語があったか、と思い至った。

写真は500mmを付けるというだけで何の工夫もなく、ほとんどオートで撮影した。


(クリックすると、トリミングした拡大写真もある)

トリミングなし。クレーターもほとんど見えずのっぺりとした写真でしかなかった。

戻って、インターネットで「宵明の月」を検索してみると、和歌が出てきた。

   夏の夜は まだ宵(よひ)ながら 明けぬるを    雲のいづこに 月宿(やど)るらむ
             清原深養父(36番) 『古今集』夏・166

百人一首の歌。記憶に僅かに残っている歌。

さらに月面の写真を検索すると、月を撮るにも工夫が必要とある。今回は何もなくオートのみ。
も少し挑戦して、「あばた」の多い写真が撮れたら再報告のこととする。

初夏の宵明けの出来事であった。

   ・・・・・・・・・・

昨日の続き
アマゾンで検索したら「耕して・・・」ですぐ出てきた。例により中古を探すと、今回はあまり安いものがない。
ただし、初版で良い格付け、のものがあり注文した。

2016年6月25日(土)
農場主のこと

また楽しいコラムにであった。今日の読売である。
芥川喜好の「時の余白に」。
最近は橋本五郎さんより芥川さんの記事を切抜き保管することが多いかもしれない。
ほのぼのとした話題が提供されることが多いことによる。

今日の話題は「農場」の「主」のこと。
例によって、5月15日の法により切り抜いた。

「チャタレイ夫人の恋人」を訳した英文学者とか。小説は名前しか知らない。
その主が「農場」を営み、農場日誌を記録し本にした。そのことを嬉しそうに紹介している記事。

83歳の英文学者、少し偏屈者そうに私には見えたが、その人の「話」と「文章」を読んでみたくなった。
「耕せど耕せど」でゆくか「ダダダダ菜園記」で探すか、文庫本より単行本が良い気がするが・・・。
さてあるか?

2016年6月24日(金)
inかoutか

英国のEU残留か離脱か(inかoutか)を問う国民投票の、開票が始まった。
日本時間本日12時過ぎ、英BBCが「離脱確実と報じた」、とのニュースが流れる。

賛否拮抗していたものの、残留が有望と言われていただけに大きな驚きであった。

為替は円高になる、株も下がる。当方今は、関係ないだけにその分は安閑としているが、日本の、世界の、将来を考えると安閑とできないのかもしれない。
今回の結果や、トランプ氏、など「自国優先主義(大衆迎合主義)」の台頭が懸念される。

既に我々の時代は終わりに近づきつつあるが、子や孫の世代が不安定になるのは何としても避けねばならない。
個々の力は弱いが、次の世代のことを皆で考え続けなければとも思う。その意味では、消費税増税延期、は間違った判断だと、個人的には思う。

2016年6月23日(木)
高倍率
種の重さと出来上がった野菜の重さを比較して、野菜作りは「効率の良い投資だ」というような意味の文章を読んだ記憶がある。何かの雑誌の巻頭随筆であったか。
手元にある雑誌の数冊を探したが見つからない。あるいは、植物の不思議、について書かれた書物であったかもしれない。

レタス栽培を思いついた折り、このことが頭をよぎったのを覚えているが、その後、この事実を確認するに至っていなかった。

今日も朝は雨。ふと、やってみるかと思いついた。

我が家の秤で最も精度が良いのは、Mが菓子作り時に使用する上さらさお秤。メモリは0.5gである。

もちろん、1粒の重さを測る精度はない。まとめた重さを測ることにした。
紙の重さが2.4g。種を乗せての重さが2.8g。この時の種の数がおよそ800個。計算して、1粒の種の重さは0.0005gになる。
さて、レタスの重さは。初収穫(6月10日付け)の時に測定した。根がついたままの重さで540gであった。

レタスを種で割って1,080,000倍。ざっと百万倍ということになった。
これでどうこう言うことはない。なるほど、という感想。100円投資して1億円になれば確かに悪くはない。

2016年6月22日(水)
魁夷風 その2

朝は曇りであったが、思いのほか早くから雨がぱらつき外作業は中止した。

本をめくったり、のほか、魁夷風の創作を再度試みることにした。
6月9日の魁夷風も悪くはないが、物語性に乏しい。この点が改善できないかと思いが及んだ。

魁夷の作品の中で「緑響く」に代表される、白馬シリーズがある。
この雰囲気をまねてみようと思いついた。ただ、山の絵に馬はない。白鷺を飛ばそうと考えた。
今年はいつになく白鷺の姿をよく見かける。これの飛翔をとらえようと思いったった。

午後のこと、2階から眼下を見ると田んぼの中で白鷺が3羽餌を採っている。チャンスとばかりカメラを構えたが、なかなか飛び立たない。普段なら中止にするのだが、今日は雨、少し粘るかと30分余り待った時急に飛び始めた。
一応準備していたつもりなれど、突然の飛び出しに、ピンぼけの写真が数枚撮れることで今日は終わりとなった。

これらを加工。鳥の背景を削除したり、山の写真と合成したり、落款映像を加えたり、などして出来上がった映像が次である。

魁夷風その2である。若干横山大観の雰囲気もあるような気がしないでもない。
ピンぼけも結果としては良い効果となった。この雰囲気にシャープすぎる映像はそぐわない。

なかなか面白い経験であった。白鷺シリーズ、今後再登場するかもしれない。


2016年6月21日(火)
夏至-太陽の高さ

今日は夏至である。
夏至は昼間の時間が1年で一番長いことは良く報じられる、一方、太陽の高さが年中で一番高くなることはあまり話題にならない。
夏至の太陽高さについて調べてみる気になった。

夏至の太陽高さについては国立天文台の記載がある。 こちら→
里庭の緯度は以前に調査した。 こちら→

国立天文台の式に当てはめると 90-34.56+23.4=78.84度 となる。
およそ12時ころとは思うが、何時に最高になるかが分らない。
さらに調べるとこんなサイトがあった。緯度と経度を入力すると希望の日の太陽高さを計算する。
こちら→
里庭のデータを入力すると 12時15分が最高でその高さは78.87度とでる。天文台の式との差は0.03度。
まあ、誤差範囲である。

問題はその時太陽が出るか否か。
九州では大雨、被害も出ているという生憎の条件。ただし当地は雨ではない。
8、9時には薄日もさすが、その後は雲に覆われる。10、11時はかなり厚い雲、わずかであるが一時小雨が降る。今日は駄目かなとかなりあきらめかけていたが、12時ころになって雲が薄くなる。
希望を捨てずにカメラ持参で屋外にいると、12時過ぎてほんとに晴れ間が出てきた。

奇跡的であるが写真撮影できた。
撮影した時間は12時23分。少し前の写真もあるが影が最も鮮明な写真にした。

紅葉の影がほぼ真下に写っている。ただ、本物と影にわずかのずれ、これが78.87度の角度。
埋め込みの画像は先のサイトで、里庭の本日の太陽高さを計算した、グラフである。

朝起きて思いついた企画が成功して、少し愉快な気分。

2016年6月20日(月)
再生 その3

5月19日、6月6日に欅の再生について記載した。
ここにきて、不思議な展開である。

まるで柳のように枝垂れた葉がてんこ盛りになった。
しかも大きな葉。長手方向で測って15Cm強のものもある。

今後どうなるのか、期待大。

2016年6月19日(日)
夢であいましょう

朝から雨。昨日の続きで音楽ライブラリーの追加作業をした。

6月10日の3時台、ラジオ深夜便は中村八大さんの歌を特集していた。懐かしい歌が並んでいたが、その中でも特に懐かしかったもの、「夢であいましょう」、坂本スミ子さんが歌う。
この番組は昭和36年から始まったとか。Kの実家でテレビを買ったのが昭和38年。土曜の夜、いつも観ていた記憶がよみがえった。

深夜便の楽曲紹介も含めて音楽をご披露する。
昨日と同じ。上の写真をクリックして別画面を開くと、音楽再生ボタンが表示されるはずである。

2016年6月18日(土)
一本の鉛筆

今朝も早く目が覚めた。溜まった音楽の整理を思い立つ。

詳しくは、別に書くことになるかもしれないが、NHKラジオのFM放送をほぼ毎日録音している。
録音の番組は、クラシックカフェとラジオ深夜便の2、3時台。録音機器は音響機器でなく、パソコンである。
録音した中から気に入った音楽部分を切り取り編集して、自分の音楽ライブラリーにするという作業である。
今日整理したのは5月26日の深夜便3時台。(これほど溜まっている)

美空ひばりの特集であった。「美空ひばり ポップスを歌う」という感じで昭和30年代からのポップス系の歌が放送された。
その中に「一本の鉛筆」という歌があった。美空ひばりの反戦歌である。初めて聴いた。1974年第1回広島平和音楽祭で歌ったものという。
反戦歌とかいうジャンルはあまり好まないが、この歌は気持ちに響いた。
ライブラリーに加えたのはもちろんであるが、知る人しか知らない歌の模様、につきここでも紹介することにした。
下の写真をクリックしてもらいたい。別の画面が表示され、音楽が流れるはずである。
音楽は写真の下に表示されたボタンで消すことができる(はずである)。
 注;音楽挿入は初めての試み。閲覧機器の設定によっては許可を求める表示が出るかもしれない。
 注2;転送可能なファイルサイズにするため音質を落とした。
 注3;YouTubeなら こちら→



同番組で紹介されていたが、美空ひばりは1,500あまりのレコーディングを行い、うちオリジナル楽曲は517曲に上るとのこと。
国民的大歌手であった。52歳の死は若すぎる。

2016年6月17日(金)

水曜日の運動教室、2週間ぶりに出席したとき、ある人が「今年の蛍を見ましたか」という。
「そうか、今年も見てない」と思った。

八色石にIターンした翌年の6月、蛍の大群に驚いた経験がある。近くの小川の上面が蛍で覆われていてまるで「蛍の川」であった。
ところが、周囲の人は一向に驚かない。もはや蛍に関心がない感じで、「もうちょっと感動しようよ」と思ったものである。

15年経て、私も蛍に感動しない人になっていた。蛍が日常になれば感動しないことが常態にになるのも、致し方ないことかもしれない。

水曜の夜、久しぶり蛍を見に出た。カメラも持参した。昨今のデジカメはISO感度が向上していて、手持ちで写るかも、との思いもあった。
蛍は出ていた。ただし、多くはない。「蛍の川」のイメージはなかった。少し時期が遅いのかもしれない。
写真は全く撮れなかった。手ぶれの映像ばかり。

木曜日、蛍の撮影について少し調査した。インターネットには蛍撮影の技法がかなり多く掲載されている。どの記事に従おうかと迷うほど。これはと思う技法をまねることにした。
 三脚使用。ISO感度1600、シャッタースピード10秒、解放絞り。
 事前に薄暮の写真を撮っておく。

一人で撮影した。小雨がぱらつく。長くは撮影できず、それでも蛍の軌跡が写っていることを確認して撮影を終えた。

さて、今朝の仕事。写真の合成である。
HPの指南に基づき作業すことにする。比較明合成(コンポジット)というらしい技法。
フリーソフトをダウンロードするなど、ただし簡単にはいかない。あれこれ半日試行錯誤の結果得られた画像が次である。


満足できる写真ではないが、里庭の近くに蛍が存在すことの証明にはなる。


2016年6月16日(木)
風景を作る人
平成9年に初版が発行されたいわゆるムック本。生和寛著「風景を作る人 柳生博」。
この本に出合ったのは当時はまだ瑞穂町の図書館であった。
我々がこの地に「里庭」を作るにあったって大いに参考にした本である。いわば「里庭」のバイブル。
以降、ことのあるなしに拘わらずよく借りて読んだり眺めたりした。
数え切れないほど、おそらく数十回は借りていると思う。

実は、6月14日付けの時も借りていた。特に目的もないまま、また借りるか、という感じ。
眺めながら思い至った。こんなに借りるなら、借りるのも良いが買い求めたら、と。

昨今、本類を探すにあったては、アマゾンの中古本を第1次に探すことにしている。中古といってもかなり綺麗。買い求めて問題は全くない。しかも安価。本にもよるが、送料含めても半値以下が大半である。
今回の本の場合、新刊本は2000円+税、買い求めた中古は390円+送料257円。新刊本の3割の価格で入手できた。


(左-購入したもの、右-借りたもの)

場所、標高、面積、資力などそれぞれ大きく異なり、出来上がった風景も全く異なるが、「風景を作る」という気概は相通ずるものがあって、大いに参考になる。

そんな思いを随分昔にも書いていた こちら→

上記記載からすでに9年の歳月が過ぎ去っている。来し方を考えることもある。
2016年6月15日(水)
篆刻

6月9日付けで触れている篆刻の経緯。
備忘のまとめを見ると平成8年3月に開始したとある。神岡に勤務していた時代のこと。

動機はは思い出さない。
富山に出向き手引書や刻書辞典などを買ってきた。
何事もそうであるが、物事の習得を試みるとき人に習うということをほとんどしない。書物などでの独学が私の流儀である。篆刻もそうだった。
篆刻では反転文字を書かなけらばならない。専用の鏡を制作するなどのこともした。
最初は幼稚なものしか出来なかったが、繰り返し練習するうち少しずつ上手になった。友達などの名前を彫りプレゼントしたこともある。およそ2年間、結構夢中になった。止めた記憶が定かでない。ただ、丁度その頃パソコンを購入しているので、興味の対象が移動したのかもしれない。

手元におよそ20の印が残った。
手元にある印を和紙に刷り、額装して展示会に出品した。平成26年11月、近くの公民館50周年記念行事でのこと。

真ん中の「上田義衛」の印はKの父名のもの。
当時父はすでに亡くなっていたが、父の書いた軸が残っていてそれには落款が無かった。盆か正月か帰省の折り、印を持参して帰り、軸に印を押した。

この軸は今は我が家に在る。
案外、父の落款作りが篆刻の動機であったかもしれない。

2016年6月14日(火)
消して書く?

久しぶりに晴天となった。
周辺の草刈りを2時間ほどして、2週間ぶりに図書館へ行った。
借りていた本の返却と、予約の本が準備できたとの連絡で、その本、他の借り受けが目的。

普段は3冊前後の借り受けであるが、今日は5冊借りた。
その借り受けカードがこちら。


借りた図書名が印刷されている。2〜3回前から貸出カードの仕様が変更になり、図書名と貸出期限が印刷されるようになった。
これまでは都度カードは新規になるものと考えていた。というのも、私の知識に「消して書く」という技法の存在を知っていなかったためである。
それにしたらあまりにカードがもったいない。係りの人に「カードは再使用するのですか」と聞いてみた。相手は「そうですよ」と答える。

「消して書く」プリンターがあるのだ!
家に帰って少し調査。「消して 書く プリンター」で検索するがそれらしいものは何もでない。いろいろこころみた結果、何とかひかかったもので「リライタブルプリンター」というものがるらしい。

原理までは調査できなかった。
最初は文字を消して新たに文字を印刷するものと考えたが、そうではないかも知れないと思いついた。
消すのでなく上塗りすれば良い。生地のベース色で上塗りすれば消す必要はない。
次に思いついたのが、例えばWordなどで、「文字を範囲選択して、文字色をベース色と同じ色に変換する」ことを行えば消したと同じ効果が得られる、ということ。

本当の原理は何なのか。
とにかく「消して書く」プリンターが世の中にあること、今日の驚きであった。

実験
文字を範囲選択することはできないので、ベース色を選択して塗りつぶしその上に文字を書いてみた。
近いことはできると思われる。



2016年6月13日(月)
山椒鉢

4日前のこと。
椿など挿し木している箱があって、その中に2本ほどKが間借りして枝垂桜を挿し木している。

なんとなく目がゆき見ると雑草が生えている。遊びで1、2雑草を抜いていると山椒の匂いがした。手を嗅ぐとやはり山椒の香りがする。捨てた草の中に山椒らしき若葉がある。

今度は、目を凝らすと抜く前の草の中にも山椒の若葉。

鉢植えしようと思い立った。
適当な鉢を見繕い畑の土を入れて植える。一つは不用心に抜いたもの、一つは注意しつつ土付きで抜いたもの。

このことは失念していて、今日、何気なく目がゆき、見ると二つとも元気に根付いていた。

左の鹿沼土の混じっているのが注意して抜いたもの、右が不用心に抜いたもの。
これを「雑木盆栽」として育てるかは成り行き次第。
子供らが「食用に山椒の鉢」といえばそれも良し。

2016年6月12日(日)
白鳥入蘆花

今朝の光景。
白鳥でもなく蘆でもないが、「次郎物語」に出てくる「白鳥入蘆花」という言葉を思い出した。

次郎物語の中で記憶に残る単語でもう一つ、「無計画の計画」がある。

「次郎物語」は生まれて初めて読んだ本格的な小説だと思う。
小学校6年の時。
担任になった先生は東仁三という。島根大学を卒業したばかりで、ハンサムかつ溌剌としていた。
2眼レフで写真を撮り、我々に近郊登山の魅力を教え、少年神楽を創設し、野球を指導し、とにかく我々に意識の革命を起こした。この先生に出会っていなければ、私は今とは異なる人生を歩んでいたと思う。

その先生が勧めてくれたのが「次郎物語」。先生から借りたか、自分で購入したかは覚えていない。文庫本5冊からなる長編である。
特に第3部であったか「無計画の計画」の旅に出るところなど、わくわくして読んだ記憶がある。その後数度は読み返したであろう。
文字を読むことの面白さも学んだと思う。

「白鳥入蘆花」の意味は先生に習った。「一所懸命にことを成せば、その意は自ずと通ず」と。
その後の人生訓にもなっている。
2016年6月11日(土)
思いつき

Mの実家のこと。年中の中でも重要なイベントの日で、早朝から手伝いに行った。
暑さの中で完全防備をしての作業は結構ハードである。
作業中は業務に専心するが、小休憩でほっとしていた時脳裏をかすめたことがあった。

それはこの散歩帖に関することで。
この散歩帖の構成は、日々上に書き足す構造になっており、例えば、過去の出来事を探すときは上方に画面を上げてゆくことになる。
いったん探し当て画面をもとに戻すとき今度は画面を下方にスクロールすることになる。これが結構面倒なのだ。
多くのホームページでは、この面倒さを回避する手段を講じている。


(事例集)


これまで、この手段を講じたいと思いつつ方法を思いつかなかったのであるが、先の休憩時脳裏をかすめたというのがこの回避策である。簡単なことであるがこれまで思いつかなかったのであった。
自宅に帰り試してみると上手く作動する。今後はこれを付加することにしよう。
(下方右に置いた、「ページトップへ」を押す。今後は1、6、11・・・の日に設定する)

2016年6月10日(金)
初収穫

Kが野菜作りに初挑戦したレタス栽培。
これまでの経緯は
レタス栽培 その1 こちら→
        その2 こちら→
        その3 こちら→
        その4 こちら→
        その5 こちら→

今日初めての収穫をした。

根がついたまま収穫の全量を測れば540g。
根や外周の葉を除き、食べられる状態にした重量は450g。


料理本を見るとレタス半分150gとあるから、1個で450gなら上出来であろう。
これまで、根切り虫の被害に3株遇っただけでトラブルはほとんど無かった。
Mの曰く。「これをビギナーズラックという」

さて、何で食すか。
昨日木曜日ながら所用で夕食つくりを外したKが、今夕腕を振るうことにした。

こちらに帰り、木曜日夕食作りのきっかけになった本、「和の食 2005 vol.2」に載っている「豚しゃぶ肉とレタス鍋」とする。

以前、レタスといえばサラダ、と思っていた我々に、レタスの多様性を気づかせてくれた記念すべきレシピである。
今やKの定番料理。同時に載っている、後口さっぱり、「特性ごまだれ」も作ってレタス堪能の夕べとしよう。
2016年6月9日(木)
魁夷風

雨上がりの朝になった。自室から窓外を見ると霞がかかり、ちょっと幻想的な雰囲気。
写真に撮ってみた。
できた写真がなんとなく東山魁夷の絵を思わせる雰囲気。

いっそのこと少し加工して魁夷風の画像にしてみることにした。


少しトリミングし、青の色を強調した。
落款は、以前我流で篆刻をしたことがあり、その陰影を撮影し背景を透明にして本作の写真に合成した。

これらの加工技術は今年の「冬仕事」として習得したもので、その成果を活かすことができた。

さて、画像の出来栄えは如何。自分としてはちょっと気に入った作品になったと思っている。


2016年6月8日(水)
戦略

はっきりした記憶はないが、3〜4年前からの光景である

サツキの花の咲くころ、この株のど真ん中に姿を現す植物。

名はその姿のとおり「マムシグサ」というらしい。
前から気にはなっていたが、その名を知らず、今回インターネットを検索して名を探した。「鎌首をもたげる 植物」と入れてみたら5番目の項目としてヒットした。

サイト名は「マムシグサの性遍歴」。 こちら→

不思議な仕組みをもつ植物とのこと。一読をお勧めする。

我が方、サツキノ剪定時は何気なく刈り残すが、あまり意識したことはない。

株の真ん中に生息する。刈られないようにする意図があるとしたなら、これまた凄い生き残り戦略である。

2016年6月7日(火)
循環器内科

またもや通院報告である。
4月12日付けで前立腺がん腫瘍マーカーの報告をし(これは半年ごとの通院)、6月2日付けで虚血性脳梗塞(およそ2ヶ月おきの通院)の報告をしたが、今回は別の項目である。
対象科は循環器内科、心臓の問題になる。

記憶が不鮮明であるが、2年くらい前か、心臓が重く感ぜられることがあって安佐市民病院を受診した。
もともと私は心電図異常の症状を抱えていて、これは神岡勤務時代から発生しており、健康診断では必ず要注意の勧告を受ける。そのような者が心臓が重いと訴えたわけで、担当医は少なからず一大事と思ったと思われる。その日に心電図を撮ったり、直近のCT予約をしてその日に来るようにと指示があったり、とバタバタ動いて、とりあえず様子を見ましょう、となり以後半年ごとの検診が続くことになった次第。その継続が今日に至る。

今日の検査項目は、心電図と心臓のエコー。
心電図の検査士は若い女性、しかも結構美人。言われるままに任せて何事もなく終了。
エコーの技師は男性。検査しつつ「心臓の動きがすこぶる良いです」との発言がある。
私は、実は1週間前「少し重い」と思ったことがあるので「今日は悪くなっているといわれる」と思ってきました、と答える。
こんなことで検査が終了。

今日は特に混んでいて、およそ2時間近く待って担当医の診断に至った。
少しやり取りがあっての最終診断は「とりあえず心筋梗塞がすぐにおきることは無いでしょう。1年様子を見ましょう。次回はCTとエコーの検査を入れて良いですか」ということになった。


(渡されたエコー診断結果)

何事もなく来年の診断が受けられれば万々歳である。が結果は如何。
ボケるより、心筋梗塞でぽっくり逝くのは悪くないと思ってはいるが・・・。

2016年6月6日(月)
再生 その2

5月19日、欅の枝の再生について記述している。
その折、予測した以上の「すごさ」で小枝が出始めた。

およそ2週間余りの期間であるが、密集して零れ落ちるほど枝が出ている。
今後の展開が大いに楽しみ。

本日、ホームページの表紙を差し替えた。こちらの写真もこの「再生」が写ったものにした。ただし、こちらの写真はMによるもの。やはり捉え方が大いに異なる。

2016年6月5日(日)
カシアス・クレイ

モハメド・アリ氏が亡くなったよし。新聞で知った。
イスラム教への改宗前の名前はカシアス・クレイ、個人的にはこちらのリングネームに愛着がある。

われら世代のボクシングのヒーローはカシアス・クレイと具志堅用高。結婚当時、テレビで放送される試合は欠かさず観たものだ。
両者とも華麗な試合運び、特にクレイの軽々とした動きは「蝶のように舞、蜂のように刺す」と形容された。

ヒーローが亡くなっていく。自分自身が死に近づいていることの証左である。




2016年6月4日(土)
あかね空

新聞はまだか、と思いつつ外に出てみると、空一面に茜色の雲がかかっていた。
急いでカメラを取りに行き、撮ってみた。


昨日まで良い天気が続いたが今日から崩れるという。朝焼けが起きても不思議ではない。

小説「あかね空」は山本一力の直木賞受賞作。豆腐つくりの話であった。
落語「芝浜」にも夜が明ける空の色の描写がある。3代目桂三木助の噺をテープに保存、今はiPodに入れて気が向く折に聴いている。 

そういえば、こんなことを書いたこともある。 こちら→

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2016年6月3日(金)
だめもと

図書館からメールが届いた。「予約されました資料の準備ができましたので、ご連絡いたします。」
今年の3月頃か、だめもと、で依頼した本の準備できたという知らせである。

本のタイトルは「写真集 日本近代化へのまなざし 韮山代官江川家コレクション」という。
昨年世界文化遺産に登録された韮山反射炉の築造を進めた韮山代官・江川家の写真集。
新聞に紹介記事が掲載された。代金は12,000円+税。

興味がわいたが高価で手が出ない。誰某氏のように「資料代」という特別購入ルートは持っていない。
ものは試しと、購入依頼の申請書を提出してみた。
時間も経って、すっかり忘れていた件の通知であった。


明治初年頃の韮山反射炉の写真、ジョン万次郎が米国で学んだ技術で撮影した江川家当主の写真、などなど。司馬遼太郎ではないが、明治期日本の”新たな文明への憧れ”が感じられる写真集である。
これら資料は2013年、国の重要文化財に指定されたという。

借りる折、図書館担当者に礼を述べると、「よかったですね。やってみるものですね」と返事が返った。

2016年6月2日(木)
健康管理データ

2ヶ月に一回のペースで通院していて、今日がその当該日。通院先は邑智病院である。
5〜6年前、一過性の脳梗塞を患いそれ以来継続して通院加療している。当初は安佐市民病院にかかっていたが、症状が安定していることで近くの病院を紹介された。

邑智病院に変わって2年余りになるが、今日行ってみると担当医が変わっていた。
これまでの先生はかなり年配の方で丁寧な応対をしていただき有り難かったが、今度の先生は30代と思われる若い先生。スマートな診察で、これまた好感が持てた。

診察の成り行きで、「血圧などの健康管理データを記録していますか?」との問い。「病院での測定は場所が変わる変動もあり、家で継続測定が重要」との話もあった。
当方、「やっています」と答えた。

実行している方法。
時間は朝起きてすぐ。場所は1階の台所。
測定機器はタニタの体組成計、オムロンの血圧計、そしてメーカー不詳の布製メジャー。
記録は紙でなくタブレット。

体組成計では体重、BMI、体脂肪率、そして内臓脂肪率。血圧計では最高、最低血圧、そして脈拍。メジャーは胴回り長さを測定する。
記録はExcel。タブレットで入力し、データを同期して2階のパソコンでも即座に閲覧、編集が可能になるように設定している。

以前は血圧は専用ノートに、体組成は紙に記録していたが、相互の価の関連がとれず現行法に改めた。
この方法にしておよそ2年になる。
測定頻度は毎日といいたいが、体組成、胴回りは7割方、血圧は3割方程度しか行っていない。
まあ、これでも長期見渡せば変動の有無が確認できる。
ここでも「継続は力」になる、と思う。



2016年6月1日(水)
スーパーマーズ

昨夜は旅行から帰った日でもあり、また曇天もあって撮影をあきらめたが、今日は雲一つない晴天、撮影に挑戦した。
「スーパーマーズ」と呼ばれる火星の大接近。過去10年で地球に最も近づくと報じられている。

昼間の内に手持ちの機材(というほどのこともないが)を準備。火星の位置はタブレットのアプリで確認。
夜の暮れるのを待った。

20時を過ぎた時点で南東の山の上に現れた。
手持ちの望遠を使っては初めての挑戦。撮影の条件を探し出すのにかなり苦労した。


数十枚撮影した中で最上のもの。条件と一緒に表示した。写真はトリミングしてある。
模様らしきものも写っており素人しては上出来であろう。

山梨に越した翌年、昭和61年3月16日未明のこと。家族そろってゴルフ場にハレー彗星を見に行った。周囲にはかなりの人出があったと記憶する。
なかなか彗星は見つからない。夜も明けようとするころ、星の合間に何かボーとするものを見つけ写真に撮った。寝ていた子供らを起こしその様子を見せたりもした。
後で現像してみると確かに箒状の流れが見えた。

あれからおよそ30年。カメラ機材も大きく進歩した。最大の変革はアナログからデジタル。得られる画像の情報も格段に飛躍した。