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Kの散歩帖
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2016年4月30日(土)
ピンポイント除草

13日、20日、そして昨日と除草に関して記述している。
そのうちで「選択的除草」につきも少し触れることにする。
これは、ピンポイントで特定の草を除去しようとするものである。一例を示せば次のとおり。


これは野芝の蔓延っているところに実施した例。
雑草全体に除草剤を噴霧するのでなく、特定の雑草に対し除草剤をピンポイントで噴霧しようとするものである。

使用する除草剤はアミノ酸除草剤。葉から吸収するタイプ。薄めて噴霧器で散布する。
対象とする雑草は、イネ科のスズメのヒエ、スズメのテッポウなどの繊維質でナイロンカッターで切れにくいもの、スイバ、ギシギシといわれる深く根を下ろすもの、クローバーなど草の量が多いものである。

里庭の維持管理に対しこれまで除草剤はほとんど使用しなかった。
その考え方は大筋で変化はないが、作業効率を上げるために最小限除草剤の使用を行おうとするものである。
我々もかなり加齢してきた。里庭の維持管理に、少し省力しようとする試みである。

2016年4月29日(金)
田毎

朝起きて2階に上がりカーテンを開けたらこの景色。幸運が重ならないと見れないものである。


田毎に山が映る景色。
まず代掻きが全ての田んぼで完了すること。田植えがどの田でも始まっていないこと。風が凪いでいること。晴れていること。

この幸運に恵まれたのはひょっとしたら初めてのことかもしれない。

今日はよく晴れた一日であった。予定個所の草刈り。雑木苗の移植。選択的な雑草に対する除草剤散布。計画の作業を順調に完了した。
例年ならゴールデンウイークが草刈り作業の仕事始めになるのであるが、今年は新たな試みを試しており、粗方一巡の草刈りを終えた。しかしながら疲労感は例年より少ない。
これからは草の成長が一層盛んになる。現在の試みがこのまま通用するか、興味津々の日々を過ごしている。

2016年4月28日(木)
30年目のありがとう

息子が三重局勤務時代に提案、撮影した「にっぽん紀行」が再放送された。
今日の午後「スタジオパークからこんにちは」の中で。
2013年に放送されたものであるが、伊勢志摩サミットを記念してのものらしい。
タイトルは「30年目のありがとう 〜伊勢志摩の真珠婚式〜」という。

録画して再度見た。

親ばかにて、どうしてもこのような画面に集中する。


2016年4月27日(水)
ルーツ

断捨離(14日付け)の副産物 その2。

Kの父、義衛が書いた過去帳が出てきた。義衛が70歳の時に書いたもので和紙に毛筆で書いたもの。表紙には「過去帳」とある。同時に「過去帳に対する年代」というものもあり、過去帳に記載された最初の人の没年を起源とする年代早見表になっている。
これまでに、義衛によるものでボールペン書きの家系図の存在は承知し保存していたが、「過去帳」は初めて見るもので、小さな紙箱を整理する段階で見つけた次第。

(毛筆が今回見つけたもの、ボールペン書きは以前から保管)

頭に書いてある人は「弁左衛門」で没年が文政3年とある。早見表によれば文政3年は1,820年とある。これにより、我が家のルーツは約200年前まで遡ることができた。私から数え6代前に戻る。

このうち、祖父の増市は百姓の傍らおもちゃの行商をしていたらしく、また父 義衛は鋳掛屋(桶の箍を修理する職人)の弟子などしたのち農水省の地方公務員になり、我々姉弟を育ててくれた。
余談、父と母 清子は見合い結婚であるが、祖父と祖母 サダヨは猛烈な恋愛結婚で家の前に蓑を掛けて逢引の合図とした、とこれは姉から聞いた話。

NHKの番組「ファミリーヒストリー」では波乱万丈の歴史が繰り広げられるが、我が家の場合、この田舎で三反百姓を続けつつ営営として生きてきたことになる。

義衛70歳の筆跡は矍鑠(かくしゃく)としていて、子供ながら尊敬の念を覚える。

2016年4月26日(火)
ファーストペイデー

昨日のことである。4月25日は「ファーストペイデー」(初任給の日)というのだそうである。新聞で読んだ。初めて初任給を貰う新入社員が多いからだそうである。

私のファーストペイデーは昭和43年4月25日。三井金属鉱業株式会社に入社してもらったはずの初給料である。いくらもらったか、そしてどう使ったのか、残念なことに全く思い出せない。

話が少しずれておよそ2ヶ月前のことである。Sと名乗る人から突然電話が入った。すぐに思い出せない。同じ名前で事業部長を務めた方がいてその人かと思ったが、どうも様子が違う。
話を続けているうち合点がゆき、三井金属同期入社の人からであった。
話の趣旨は「同期入社の名簿を作成する。ついては私の住所、電話番号、メールアドレスなど教えてほしい。さらに、同期会を企画する予定。後日メールにて連絡するので回答してほしい」ということであった。

入社後の研修などで数ヶ月は行動を共にしたが、その後は音信のない人が大半。
そういえば入社の時の記念写真があったはず、と急ぎ写真を探してみた。


日本橋三越の横にある三井本館の中に三井金属の本店もあり、その大会議室で撮ったもの。三井本館の建物は、廊下は赤の絨毯、外壁の厚さは1m近くあったのではなかろうか。まことに重厚なものであった。
写真を見て往時のことを少し思い出した。

S氏から後日同期入社の名簿がメールで配信された。
同期入社の人数は42名。物故者4名。他社へ転出の人2名。所在がつかめぬ人3名となっていた。
同期会の案内もあったが、場所は東京で平日の1時〜3時のスケジュール。少し遠いこともあって断りのメールを入れた。

三井金属の給料日は確かに毎月25日であった。悲喜こもごもの約40年が思い出される。

2016年4月25日(月)
高齢者講習

高齢者講習を受けてきた。

何の? と聞きたくなるが
、運転免許証に対するものである。
かなり込み合っているようで、3月に申し込んでやっと今日の日が割り当てられた。
70歳以上で75歳未満の人は運転免許証の更新前にこの講習を受けていなければならない、という道路交通法第108条に基づいている。
平成10年に始まった法律で当時は75歳以上の人に義務付けられていたが、平成10年に法律が改正されて年齢が70歳に引き下げられたとのこと。

講習の内容は大きく3部に分かれる。一つは座学。高齢になり能力が低下していることを認識させることが狙い。二つ目は視力。静止、動体、暗順応、視野の視力測定が行われる。三つめが技能。シミュレーターによる模擬運転と実車の走行が行われる。

上記写真は講習教室、座学・視力・シミュレーションが同じ部屋で行われる。

受講者は3名。残る2名はいずれも女性。二人と気さくな方で救われた。

久しぶりの受験気分、開始前は落ち着かない気が強い。他の二方も緊張気味。「合格しなかったらどうしよう」と心配される。

講師の方はこの気分を十分承知なのであろう。最初からリラックスさせる雰囲気。
とにもかくにも3時間を要する講習を終えて「高齢者講習修了証明書」なるものを手にした。

しかしながら、この講習を終了しないもの、言い換えれば証明書が発行されない人は皆無だという。3時間の講習で事故を防ぐ技能が果たして身につくのか、大いに疑問の残るところである。
教習所等にとっては少子化で免許取得受講生が減少する中、収入を補う制度ではある。

2016年4月24日(日)
カウンター

これは何かお判りであろうか?

答えは、カウンターである。
場所は2回へ上がる階段の上。

何をカウントするのか?
Kが2階へ上り下りする回数をカウントするのである。

およそ2ヶ月前のこと、一日に何度この階段を上り下りするのだろう、と思ったことがある。
それで設置を思いついた。名刺入れと豆を用意し、上がる都度豆を実のケースから蓋のケースに移動する。この写真では写真上部が実で下が蓋である。蓋の中に豆は8個。したがって今日は8回2階の部屋に上がったことになる。
上がった目の前に装置があるので入れ忘れることはほとんど無い。

昨今暖かくなり屋外作業が多くなって一日の豆の数は10個以下である。冬場の場合20個近くまでなる日が大半であった。

階段の数は12。これに回数を掛ければ結構な数になる。冬場の運動不足解消には役立っていると思われる。

「降りる回数は数えないの?」という人がいた。我が家にエレベーターはないので、上り・下りの数は必ず同数になる。

今朝、自治会の総会があり出席した。今日の散歩帖は総会報告、と予め目途を付けておいたが、参加時間が遅かったため着席場所が前から2列目。
狙いの写真が撮影できず、急きょ代役の話題となった。

2016年4月23日(土)
山笑う

八色石の里は「山笑う」の風情。

所用で外出。
帰り道、里庭を望んで思わず車を止めた。携帯で撮ったもの。

「山笑う」は春の季語。
北宋の画家、郭煕の詩「春山淡冶にして笑うが如く・・・」からきているという。

  故郷や どちらを見ても 山笑う    正岡子規

2016年4月22日(金)
換金

先日(17日付け)出てきたUS$を換金してきた。

今朝、島根では最も大きな銀行、山陰合同銀行の瑞穂出張所に電話。どこで換金できるか問い合わせたところ、近くでは浜田か大田の支店でしかできないとの回答であった。
たまたま、大田方面には所用があり、併せて出かけることにした。

窓口で換金したい旨申し出ると、一番奥のカウンターに案内され、すぐに担当らしい男性行員が現れる。42ドル/4枚の紙幣を見せ換金したいことを告げると、即座に意志は通じた。
電卓をもって「本日のレートは○○です。したがって円では○○になります。良いですか?」と行員。
「いいです」と私。依頼書に住所、氏名、ほか必要事項を書かされた。
ここまでは非常にスムース。
4枚の紙幣をもって、「少しお待ちくださ」と行員はカウンターを下がった。

すぐに日本円をもって現れると思いきや、ここから思いのほか長かった。
行員の姿は見える。事務机でパソコン処理。遠方の機械に行き何やら操作。さらに・・・。そして副支店長らしき人の前に行き、$札を見せて説明の風。いったん奥に引っ込むなど。かれこれ15分程度はかかったと思われる。

(銀行内部、幸いボケているので使用する)

「お待たせしました」といって行員が現れたので「思いのほか時間がかかるものですね」と言ってみた。
偽札ではないかなどのチェックをするらしい。「当行のシステムは古いので・・・。ドル札は早い方、ユーロ札などはまだ時間がかかる」とも。

それでも山陰随一の銀行。担当行員の応対はスマートであった。
換金レートは手数料を引いて、106.430円/ドル。手にした日本円は4,470円であった。

2016年4月21日(木)
HP更新ソフトの変更

今日は雨。

このHP(ホームページ)を更新するソフトを変更した。ソフトそのものは2日前に到着(インターネットで購入)していたが、この数日天気が良く、外仕事に追われて今日まで伸ばしてきた。

我が「八色石里庭物語」はホームページビルダーというソフトを使用して作成、更新している。パソコンの達人ならこのようなソフトを使用せず画面を制作するのであろうが、素人の小生では致し方ない。
このソフト当初はIBMが開発したが、現在は管理権がジャストシステムという会社に移っている。

このHPを作った当初、ホームページビルダーのバージョンは8であった。パソコンはデスクトップ型のXP。そして2014年XPのサポート終了に合わせ、パソコンをノートのVistaに移管した。同時に、ソフトはバージョンアップ版で11に更新。そして、昨年のWindows10導入になる。
Windows10にホームページビルダー11は適合しない。迷ったあげくHPの更新はVistaでそのまま継続することにした。通常作業は10、HP更新はVistaと2台のパソコンを併用してきたわけである。

ところがここにきて、Vistaの動きが極端に悪くなってきた。いくつか対策してみたが結果はあまり改善しない。こころを決めてソフトを更新した。更新したソフトはホームページビルダー20。そして、冒頭の文言に繋がることになる。


(作動しているのがWindows10、閉じているのがVista、赤い箱がビルダー20の容器)
パソコン移管にほぼ1日要した。

昨日まではVistaから、今日からはWindows10で情報を送信している。表示結果に何の変わりはない。


2016年4月20日(水)
発見! (マスクをしてもメガネが曇らない)

マスクをするとメガネが曇る。
メガネをかけている人には深刻な問題だ。ワイヤ入りで鼻にフィットする製品などもあるが、効果があるとはあまり感じない。

外気が暖かくなり、草の伸びも早くなってきた。
今年は除草管理に新たな試みを導入したいと考えている。その一翼を担う技法として、特定の嫌な雑草を除草剤で選択的に枯らす、というものがある。除草剤を散布する時、安全具として必須のものがゴム手袋とマスク。ここにきて当初の問題に遭遇することになる。

いくつか思いつくことを試みたが、結果は芳しくない。ふと、「ガムテープで接着」という単語が頭をよぎった。そして冷静に考え、顔に貼るならバンドエイドだろう、と気がついた。

少し見にくいが上の写真の通り。上端にバンドエイドを貼りマスクを顔に密着させる。これでメガネが曇る原因の蒸気を遮断するという仕組み。

100%とはいかないが、98%は遮断する。通常は全く問題ない。一大発見ではないか、と思っている。
このような方式を試した人がいるか、ネットで検索したが、今回探した限りでは見つけることができなかった。

花粉症しかり。マスクとメガネでお困りの方はお試しあれ。使用料は無料である。
勿論、他の粘着テープでも効果は同じ、と思われる。
2016年4月19日(火)
里庭は安全!

今回の熊本地震。活断層が原因という。ただ、九州の活断層はこれまで話題にも上らなかった。
しからば、日本全国どこでも同じ地震の可能性?

いや、そうではないらしい。
昨日の読売新聞。

日本の大半に活断層が分布している、にもかかわらず、我が里庭の位置する島根には断層帯がないではないか!

「里庭」は安全。魅力が倍加した。

Mとの話。もし万一のときは。
山水がある。薪がある。食料の備蓄もある。小用は裏山で事足りる。駐車場がある。寝袋がある。

2016年4月18日(月)
会計監査

我々の所属する自治会の中に、地域活性化を目的とするプロジェクト活動がある。名付けて「元気はつらつプロジェクト」という。町の補助金を受けて活動を展開するが、5年間の予定で平成27年度は4年度目にあたる。
このプロジェクトにおいてKは監査の役を受けている。監査役は2名。他の方は福祉法人の事務局長を務めている人で、こういう業務内容には精通している。

今日はその監査の日で、午後の招集を受けた。

話はさかのぼって昨年の監査のこと。相方は所用で欠席、私一人で臨んだ。話が会計システムの事に及び、事務担当の女性の方が内情話をされる。
「受け継いだシステム(Excel)が破損しており、かといって私は直す能力を持たないし、かなり苦労をしている」と。
「よければ、直しましょうか」と申し出た。

これまでの資料を預かり、作成に着手。およそ35時間かけて出来上がった。

これがシステムのトップ画面。

VBAで作業を自動化し、項目データを1回入力すれば、その項目No.をキーにして、収入・支出一覧、決議書、入金・払戻し請求書、決算書など、全ての帳票にデータが反映される仕組みになっている。

今日の決算資料はこのシステムを用いて出来ていた。
監査そのものは相方が大半やってくれる。
この間、システムのことに話が及ぶ事があり、当の女性事務の方が「随分楽になりました」といってくれた。

独学のExcel技法であるが、喜んでもらうことができ、内心豊かな気分に浸ることができた。

2016年4月17日(日)
断捨離(14日付け)の副産物

本棚などの整理を粗方終えた時の話になる。
本棚の隅にブリキ製の菓子箱があり、何を入れていたのかと訝りながら中身を改めた。
娘からの手紙などがあり、さらに外国製の財布が見えた。その財布はカナダ産。以前カナダ訪問のとき購入した、とは理解した。ただ、中身については覚えがない。

中を改めて驚いた。まず目に付いたのがパスポート。そして、思わぬことに、聖徳太子とドル紙幣が出てきたのである。

パスポートの有効期限は1998年〜2008年。最後の海外出張が1998年春・秋2回であったから、丁度その時更新したものと推測がつく。保管場所を失念し、時折何処にしまったか、とおもうこともあって、「ここにあったか!」の思いが強い。

さて、日米のお札である。
1万円札は福沢諭吉像が同じため現行品かと見間違うが、淵飾りやホログラム印刷がないなど、旧札であることは容易に判断出来る。デザイン変更は2004年から、とあるから、最後の出張時のものに違いない。
ドル札は合計44ドルある。昨今のレートで換算するとおよそ4,500円程度のもの。当時、なぜ換金しなかったかは判然としない。

日米札がなぜ保管されたのかは、自分ながら全く不明である。一種のタイムカプセルの様子。
断捨離の効果は思いがけない形で出現した。

2016年4月16日(土)
平成28年熊本地震
熊本、大分で発生している巨大地震を悼んで本日休刊。
2016年4月15日(金)
家族はつらいよ

ちょっとしたハプニングがあって、今日も広島に出かけることになった。
Mはそのハプニング対応、Kは一人、映画「家族はつらいよ」を見ることにした。

山田洋二の脚本・監督作品。いろいろ紹介/報道されており今更説明の必要もあるまい。
個人的には、十分堪能させてもらった。

公開されて日が経った性か、平日の午前中のためか観客数は10名ぽっきり。にも拘わらず女性3人組の横が席となり、笑うも泣くも声を押し殺す羽目になり難渋した。

世の女性連は、橋爪功演ずる主人公の横暴を非難するのであろうが、昭和に生まれた日本人男性の心根は概して橋爪的で、これが通用しなくなりつつある現状がまさに「つらいね」である。
でも、山田作品に登場する多くが善人で、映像美も含め本作の良さを感じるところ。
この映画の前、多くの予告編が上映されたが、いずれも騒々しく、それに比し、本作の意味を余計に感じた。まあ、年の性もあるのであろう。

ピアノ調律師役の妻夫木聡演ずる二男が蒼井優演ずる女性にプロポーズし受け入れてもらった後、引いたカメラアングルの中でピアノを弾く場面があった。ピアノの旋律がしみじみと流れ、特に脳裏にのこるシーンである。
2016年4月14日(木)
本棚の断捨離

昨日の午後と今日の朝は雨であった。
この十日ばかり、雨の日は自室の本箱と本棚の整理に明けくれてた。

転居して15年弱。2階の部屋を「男の隠れ家」としている。ここには作りつけの棚と本箱があり、昔からの本と書類を積み上げていた。
15年の間に小整理をしたことはあるが、自室をいいことに大々的な整理はせず、本や物を積み上げたままにしていた。

先日ある雑誌を見ていたら、著名人の本棚を紹介する特集記事があり、そのどれもが整然としている。
そしてある人の記事に、本棚の中身は長年かけて淘汰した、今手元にあるのは本当に好きなものばかりその他はみな整理した、とある。

私も見習うかと、整理を始めた次第。
整理に要した日は延べ4日。いずれも雨の日に行う。晴れの日は放置。したがって雑然とした空間が何日も続くことになった。

処分した量。書籍類が約1.4m。

ファイルや封筒に保管していた書類が約0.6m。
捨てきれず、段ボールに収納し別棟で保管することにしたノートや本類が0.6m。
と、合計2.6mとなった。
処分量を長さで表現することはいかがと思うが、これにて部屋の中は随分と片付いた。

従来、物を探すとき記憶に頼らなければならないことがあったが、、これからは大概目で探せるものと思われる。

2016年4月13日(水)
除草試験

午後から雨が予想されたため、二つの作業を午前中にこなした。

一つは、なんということない、車の冬用タイヤをノーマルに替えるというもの。雪の季節はとっくに終わったのに、横着で延ばし延ばしにしただけ。

もう一つは、我が草刈りに革命をおこすかも知れない。
昨年秋のこと。Mが知人の草刈りをみて驚いたという。その人は女性。それでも仮払い機を使用する。但し、刃はチップソウでなくナイロンカッター(ナイロン製の直径2〜3mm程度の紐)。
我々も草刈り場に応じてナイロンカッターを使用するが、切削力が弱く大草での能力は限定的と考えていた。
ところが当女子の場合、草が濃い場所でも難なく刈り進む、とMが言う。
後日私も立ち会い、機械を借りて試してみた。確かに、我々のこれまでの経験とは違うと感じた。
大きな違いは、機械そのものの馬力が大きい事、そしてナイロンカッターの断面形状が大幅に異なっていた。
馬力のことはさておき、カッター形状の違いを試したいと、1〜2回分のカッター サンプルをもらいうけた。

昨秋はそのままで終わる。さて、今日、もらいうけたサンプルを使用してみる事にした。

オレンジ色は従来我々が使用していたカッター、半透明がもらいうけたサンプル。従来品は断面が円形、サンプルは四角形である。

切れ味。これまでより大幅(と感じた)によく切れる。機械馬力は小さくてもさほど問題は感じない。

従来の草刈り法は、かなり成長した草をチップソウで刈り倒し、乾燥させたのち寄せ集め、焼却する、というものである。
これを改め、ナイロンカッターで背丈の低い間に刈り倒す(粉砕状態)ことにすれば、集める事も、焼くことも省略できるかも知れないと思い至った。
もし上手くゆくようであれば、全個所とは言わないまでも、かなりの部分で省力出来そうである。

今年一杯をかけ、草刈り実験を試みようと思いついた。

2016年4月12日(火)
腫瘍マーカー5.1

前立腺がんの検査に行く。
広島県の県北にある阿佐市民病院。町の検診で要精密検査となり,以来受診している。かれこれ5〜6年になろう。受診の頻度は半年おきである。

検診パターンはいつもほとんど変わらない。受診時間は9時半〜と設定される。その前に、血液と尿の検査を受け、結果が出てから受診という手順。逆算すると6時過ぎには家を出て、8時ころには病院に到着、9時前には検査を終えておく必要がある。

今日も同じ行動をとった。
この受診にはいつもMが同行してくれる。行きの道すがらは桜見物。標高によって桜の咲き具合が微妙に変化するのが面白い。

8時前病院到着。8時40分ごろ検査完了。後は当該科の前で順番を待つ。予定時間にお呼びがかからないのは通例。やっと順番が来て、診察室に入ったのは10時半前であった。

ドクター 「代わりありませんか」
私 「特段変化ありません」
ドクター、パソコンを見ながら 「数値は5.1です。大きな変化はありませんので様子見にしましょう。半年後に来て下さい。はい、よろしいです」
と大袈裟でなく、ほんとに10秒で診察は終わった。

いつもはもう少し長いのに、Mとそう笑いながら語った。数値に特段の変化がなかったのが、穏やかに受け取れた遠因かもしれない。

この受診では、ついでに街に寄り買い物などするのが恒例。今日も同じ行動をとった。
一つ異なるのは、帰り際、町の図書館に寄ったこと。図書館が朝日新聞を保管しているのを先週末に知り、ピンボケとなったホセ・ムヒカ氏の記事を撮り直すことにしたのである。

下記に撮り直しの映像を再掲する。


2016年4月11日(月)
音の絵本

昨日の朝のこと。
4時過ぎに目が覚めた。起きるか否か迷ったが「聞いてみるか」とスイッチを入れる。
NHKラジオの「ラジオ深夜便」。

4時台は「明日への言葉」という対談のはずであるが、どうも様子が違う。朗読の感じ。それが終わるとトークになり、どうも相手は「「モリトキさん」という人らしい。「もったいないサウンド」という単語も出てくる。

急いで起き出し、これらの単語をメモした。

昨日は終日枝焼き作業、そして早寝。
今日になって、改めてメモを頼りに調べてみた。

番組名は「音の絵本」といい、毎月第2土曜日(実際は日曜の朝になっている)の放送。
出演は「守時タツミという音楽家」
音の絵本とは同氏がプロデュースした聴く絵本 詳細はこちら→
もったいないサウンドとは、ケニア人でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ氏のMOTTAINAIキャンペーンに賛同する運動の一部 詳細はこちら→

同番組内で「OTOEHON」を1〜2放送指定している模様である。
これを録音すれば孫用のOTOEHON-CDができそう、と思い始めた。
次回放送はは5月8日、小生の72歳誕生日である。

2016年4月10日(日)
枝焼き

朝6時から午後3時まで、山になっていた枝木を焼いた。およそ半年分の枝木。

いささか疲れ気味。今日の歩行数20,452歩。

後日、作業報告の詳報版を出すかもしれない。

2016年4月9日(土)
三江線日帰り往復

3時に起きて、4時過ぎに家を出て、5時半に江津駅に着き、6時発の三江線に乗って、日帰り往復の旅をした。

三江線は日本海に面する江津を出発し、江川沿いに108Km余北上して、広島県の三次市に至るJR線。
この往復旅をしてみたい、と長年願っていた。
この線は廃線が検討されている。廃線の前にぜひ乗らねばという次第。

行き。廃線が検討されるだけに乗客は多くはない。自由に動き回ることができる。写真を撮ったり、車内を見学したり、散り始めた桜を眺めたり、旅を堪能した。

さて帰り。一転して大混雑。座れない人が大勢出るほど。

思いがけない人が隣に座った。我々より少し年配の男一人旅。どちらからということなく会話が始まる。どうやら鉄道マニアらしい。全ての鉄道を乗りつくしたという。記憶力は抜群。神岡鉄道(Kの勤めた会社が施設したもの)の話をしても我々以上に詳しいほど。奥飛騨温泉口、猪谷・・・となつかしい単語が飛び出した。

ひとしきり話してさらにびっくり。同氏の両親は瑞穂町(現在のわれわれ住所-合併前の町名)出身と判明。大阪に住むも、戦時中は瑞穂に疎開し高原中学校を卒業したという。奇しくも、高原中はMの母校である。
同郷の個人名が次々飛び出し会話が弾んだ。

家に着いたのは午後5時過ぎ。
思いがけない人に遭ったことを含め、満足の旅となった、と一日を振り返った。

昔のことを思い出す。
K.T.氏 のこと
Kの配属先の事業部長をし、最終的には三井金属の副社長を務めた人。
いつのことか、酒を飲みながらのはなし
氏曰く「君も、奥さんとの思いでを出来るだけ多く作っておいたがいいよ。自分も努めてそのように努力していた」と。
氏は、自分の死より先に奥様を亡くされた。それを踏まえての話。

氏の教えを、今日一つ積み上げた思い。

2016年4月8日(金)
北島か寺川か

水泳のリオ五輪選考会が白熱している。
NHKが、毎夕7時半から総合で放映するのを興味津津で観ている人も多いはず。

水泳では派遣標準記録というのがあって、決勝のレースで2位以内に入り、この標準記録を上回らないと選抜選手に選ばれない、との決まりがある。
過去の成績がいかに輝かしいものであっても、この標準記録にたとえ1/100秒でも遅れていたら、選抜されない。この決まりが如何にも潔く、この選考会を盛り上げる一因と思われる。

さて今夜。4月5日に100平で選考を逃した北島康介が200平で5度目の出場を狙う。日本中の多くが「北島頑張れ」と声援を送った。

レース。150mまでは2位につけながら最後は5位。北島の5輪は終わった。「悔しいけど、晴々しい」の言葉を残して。

今日のテレビ解説は寺川綾さん。そして奇しくも5日も綾さん。

この人の美人度は抜群。並みの俳優さんよりオーラがある。
北島康介を応援しながら、この人見たさにテレビの前に座った人も多いに違いない。Kもその一人。
Mから冷ややかな視線を浴びながら写真を撮った。

ただ、寺川綾さん、すでに結婚していて第一子は長女。このことを昨日ネットで知った。
むべなるかな。

2016年4月7日(木)
世界で一番貧しい大統領
昨夜NHKがニュースで、ウルグアイの元大統領ホセ・ムカヒ氏が来日している、と簡単に報じた。
あの人かも、思うことがあった。

4月1日、歯医者に行った。備え付けの新聞を見る。ここは「朝日」。「清貧の政治思想」という記事が目に止まった。大きな記事で読み切るには時間がかかりそう、例によって(いつか稿にする時があるかも)、「OfficeLens」で撮影した。少しピンボケなれど人前ゆえ、撮り直しはやめにした。


-「世界で一番貧しい」とよばれることについて?
氏 「私が思う『貧しい』とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人だ。でも、私は少しのモノで満足して生きている。質素なだけで、貧しくはない」
  「モノを買うとき、人はカネで買っているように思うだろう。でも違うんだ。そのカネを稼ぐために働いた、人生という時間で買っているんだよ。生きていくには働かないといけない。でも働くだけの人生でもいけない。ちゃんと生きることが大切なんだ。たくさん買い物をした引き換えに人生の残り時間がなくなってしまっては元も子もないだろう。簡素に生きていれば人は自由なんだよ」

-幸せだと感じるのはどんなとき?
氏 「自分の人生の時間を使って、自分が好きなこと、やりたいことをしているときさ。いまは冬に向かって、ビニールハウスにトマトの植え替え作業をしているときかな。・・・」

保存映像を読み直す、と上記などの記事が並ぶ。
投獄経験、大統領など、自らと比べようのない大きな人格なれど、生き方の偉大さに憧れを覚える。

あたかも、「パナマ文書」で世界中の政治家がやり玉にあがる中、人間の「偉さ」についても強く考えさせられる。

2016年4月6日(水)
花見

毎週水曜日に集落の集会所で体操教室が開かれ、そのメンバーになっている。
そのメンバーがそろって花見になった。

参加人数は12名。男性4人、女性8人。
途中コンビニに寄り、各自弁当と飲物を購入。インスタントみそ汁とお茶・お菓子は教室事務局で準備。

風がなく暖かですこぶる快適な花見となった。

行った場所は町内の名勝 断魚渓。 風景内容 こちら→

2016年4月5日(火)
上野誠と岩波

今日付けの読売新聞 文化面の記事。
二つのことで目に付いた。一つは記事の筆者の「上野誠」と内容の「岩波」である。

屋外作業の時はスマホでラジオを聴くことがよくある。
2〜3ヶ月前のこと、NHK第1の番組「午後のまりやーじゅ」に上野氏がゲストとして出演された。万葉集のことが話題の中心であったが、誠(名前どおり)に博識で多彩。道谷眞平アナと丁々発止のやりとりをされた。
氏のことはその時がはじめて。一体どんな人だろう、と名前をメモし、後刻インターネットで検索した。
表示の中には、氏が発信するHPもあった。
中味を見るとこれまた内容豊富。「お気に入り」に登録し折につけ拝読している。
氏のHPコーナーの中に「デジカメ日記」というのがあり、当「Kの散歩帖」はこの「デジカメ日記」が触媒になって出来た、といっても過言でない。

さて、岩波。今でこそ「読売」であるが、私も若いころは「朝日と岩波」派であった。
岩波書店発行の本を選んで求めた。工学系の故、さすがに「文学」は読んだことがないが、「図書」は愛読冊子の一つであった。
「岩波重雄」、「小林勇」は当時は憧れの名前。今でも書棚に小林勇著「惜櫟荘主人-一つの岩波重雄伝-」という本がある。

この稿を書くにあたり、本を出してみた。
最終見開きに、「人生に対する 一つの思いを起こした日の記念に 昭和四十年五月三十日」の文字を見出す。記載に全く記憶はないが、Kの若きころを思い出し一人感慨にふけった。

2016年4月4日(月)
タムシバ咲く
昔からの言い伝えで「春先、白い花が多いと豊作」、と言う。
今年の山はタムシバの白い花が特別目立つ。


昨日の春祭りでも、この事がひとしきり話題となった。
「祭りのとき、こんなにコブシが多いのはこれまでなかった」と口をそろえる。
高い場所にある龍岩神社からの眺めは、白い花を眼前にして見事であった。

この地方ではタムシバをコブシと呼ぶ人が大半である。勘では9割以上がそうであろう。まあ、あまり問題にすることでもない。

今年の豊作を願う。
2016年4月3日(日)
集落春祭り
4月3日は曜日に関係なく集落の春祭りである。
祭事の進め方は毎年変わることなく、同じように実行される。

過去の様子は  こちら→

今年、境内に上った人の様子


今年、ここまで登り祭典に参加した人は丁度20名であった。

この祭りに係わる私の寓話  こちら→

祭りの参加者も年々減少傾向にある。それでも、これを継続維持することが大事と思う。
2016年4月2日(土)
原発反派対になるかも
この町には、田舎にしては立派な図書館があり、ちょくちょく利用する。
定番の利用パターンの一つは「文藝春秋」を借りること。ただ、利用者が多いらしく新しい本はなかなか借用できない。今回借りたのは(2016)1月号である。


この中に小泉元総理とのインタビュー記事が載っていた。
氏は総理時代、原発を推進した。ところが、昨今「過ちて改むるに憚ること勿れ」といって、原発反対の論陣を張っている。


福島原発事故以来も、私は原発は必要だ、とずっと思っていた。資源の少ない日本にして、二酸化問題対応として、そして将来の子供たちに豊かな日本を継続するため・・・、原発は不可欠と。

ただ、事故から5年経て今なお復旧しない福島の現実、事故当時対応次第では東京圏も避難しなければならなっかたという凄まじい事故の事実、原発無くても停電なしの現状、・・・。
原発は無い方がよいのでは、と昨今思い始めてきた。

そして、小泉氏の記事である。5年間、情報が最も集中する総理という地位にいた人が、しかも自民党在籍のままで、原発反対を声高く叫ぶ。これは本物ではないかと。(氏の行きすぎた構造改革は今でも反対-これにより田舎の疲弊は少なからず進行した)

小泉氏の意見も踏み台にして、私は原発反対派になるかも知れない、と内心思い始めている。
2016年4月1日(金)
雑誌「自休自足」
「自休自足」という雑誌がある。
自然の中で暮らすスローなライフスタイルを提案する情報誌。

購入済みの雑誌は10冊余あり、一番早いものはVol.7の2004年10月発刊のもの。我々が移住したのが2001年8月であるから移住後しばらくして入手したことになる。我々の暮らしぶりにもマッチしていて、街に出る都度よく購入した。
当時はまだインターネットでの購入を実施していなかったので、書籍や雑誌の購入は書店に限られていて、バックナンバーでVol.1と2を探したがすでに売り切れで入手できなかった記憶がある。

最近ネット通販の便利さにはまり、かなりの物品をネットで購入するようになっている。
2ヵ月くらい前のこと、ふと思いついて「自休自足」のVol.1と2をネットで検索してみた。Vol.1は古本屋のサイトで見つかったがかなりプレミア価格がついている。迷ったが手に入れることにした。
ただ、Vol.2が見つからない。

思い出す度検索をした。やっとひかかったのは先日のこと。ヤフオクに出展されていた。ヤフオクでの購入はほとんどしないのでこれまた大いに迷ったが、応札することにして手に入れた。これも新刊価格より高価なものになった。


「庭を森にした人」という特集も載っている。

折をみて雑誌を開けば触発されることも結構ある。
今年、初めてレタス作りに挑戦することにした。

「自休自足」は2012年Vol.37で休刊となっている。
このような雑誌の採算分岐点は、発行部数がいくつなのか知らない。
スローな生活を進めようとする潮流が起きていると言われるが、雑誌が成り立たないというのは、このような流れが本物でないことを示すことなのかもしれない。
2016年4月1日(金)
新コーナーの開始に当たって

平成28年度が始まるにあたって新コーナーを開設することにした。

これまで「身辺閑話」というブログコーナーがあり、新たに設けるコーナーと変わらぬ機能を持っているが、身辺閑話ではある程度そのスタイルが出来上がっていて、それは「里庭」に関する事項のみがテーマになるという雰囲気になっていた。
それはそれで十分に意味はあるが、このHPは開設後すでに9年の歳月を経ていて、新味のある話題も限られてきている。

さらに、「身辺閑話」は長く記載しない期間が続いており、ここで一旦休刊とし、現状打破の意味を含めて新コーナーを設けることにした。

新たなコーナーは「Kの散歩帖」と名付けた。本当の散歩、気持ちの散歩、時空を超えた散歩、と其々の場面にあたって思いあたる事柄を気ままに記述する、日記風メモ帖である。
Kも72歳を迎える歳である。痴呆にならないための、頭の体操の意味合いも大いにある。

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