(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2016年11月30日(水)
柚子酒を仕込む

図書館の新刊本を展示するコーナーに立ててあった本、「柚子のある暮らし」、真っ先に目に入り借りてきた。
11月20日の大量柚子が頭にあったからではある。
著者は中村成子、奥付けを見ると奥出雲町の「食の交流館」の館長とある。

「柚子酒」なるものの紹介があり実行してみることにした。
もちろん、酒好きのなせる業であるが、梅酒のようにホワイトリカーに漬けこむのであればやる気が起きなかったかもしれない。
酒は麦焼酎である。

「柚子は米のとぎ汁に1晩浸して汚れをとり、水洗いして水気をふく。」
の記載がある。何故米のとぎ汁かは書いてない。
あとは1Cmの厚さに切り、氷砂糖を入れて焼酎を注ぐだけ。

半年で完成し、冷暗所で3年は持つという。

「柚子酒は疲労回復、冷え性予防に効能があるとされ、健胃、整腸、風邪や動脈硬化予防に役立つといわれる」の記述がある。

まえがきに、柚子は中国から奈良時代に伝わったとある。柚子は和食専用、日本古来の植物と思っていたが、これは当てが外れた。
中国料理に使われるのかは知らない。柚子を使う一連の料理を考案したのは日本人である、と思う。


2016年11月29日(火)
落ち葉かき 2題

落ち葉かきは外仕事の最終盤である。

二つの落ち葉かきを実施した。

一つはドングリのなる木の落ち葉。里庭にはナラガシワを中心にドングリのなる木がたくさんある。大きな葉をつけるが、葉は腐りやすい。
昨年までは落ちるに任せ何もしなかったが、今年は初めて焼くことにした。
二の畑、一の坂、義衛台の一部。
2日晴れの日が続いた26日のこと。およそ4時間の作業であった。

もう一つは今日の作業。公孫樹の落ち葉かき。
こちらは毎年の恒例作業。例えば こちら→
焼かずに貯め置くので、日の良し悪しを選ばない。3.5時間の作業になった。


(上2枚がナラガシワなど、
下が公孫樹)

周辺の木々は葉をすべて落とし、冬支度を整えた。
人間の我々も、最後の追い込みに励む日々である。

2016年11月28日(月)
立ち姿矯正

己の矯正も必要ながら、今回は雑木の話である。

孟宗竹が繁茂していた頃は視界が遮られ、それほど気にならなかったが、それらを枯らして後は見晴らしがよくなり、周辺の立ち木のあり様が気になりだした。
土地の傾斜や雪の重みなどで斜めに成長した木々を垂直近くに戻す作業である。

方法は
太い木は上部にロープをかけてミニウィンチで引っ張り、下方から添え木で支えをする。細い木で人力で曲がるものは、紐で引っ張って固定する。固定先に適当なものが無ければ杭を打つ。
私の考案した「技術」で、思いついたときは我ながらと自賛した(笑い)。


(左が矯正前)

半日、二日がかりで、太いもの5〜6本、細いもの10本程度行ったが、まだ少し残っている。
これでも、かなりすっきりした。
もう半日で完了するであろう。

2016年11月27日(日)
九州場所

今年最後の大相撲、九州場所が鶴竜の優勝で終わった。

なんか、もっさりした横綱と思っていたが、優勝インタビューの受け答えが誠に良い。
解説の前の海さんもこのことに触れる。すると、藤井アナウンサーがこれを受け、「『止まっていた時が動き始めた』という発言などアナウンサーの私でも思いつかない」と、鶴竜の発言を復誦した。
インタビュー発言を一瞬で覚え込むアナウンサーの能力の高さ、鋭さに大いに感じ入った。

今回の主題はこの話ではない。観戦に毎日訪れる女性のこと。
かなり美人である。年のころは50歳前か。ほとんど和装。今場所洋装の日を1日見た。着物は毎日異なる。
座席に定位置があり、砂被りのところで2ヵ所、少し斜め後方で1ヵ所。いづれもテレビの大写しの画面に入る場所である。テレビに写ることを意識して席を予約されているに違いない。


(この画像にも写っている。
大写しの画面の掲載は止めた)

このことに気づいたのは一昨年のこと、今の座席とは異なるが、テレビによく写る女性がいると。
昨年の九州場所で確認したら、やはり写る。

他の場所で開かれる相撲では姿が見えないので、九州場所に限っての観戦と思われる。
今では、今日もいるか、と九州場所を観る楽しみの一つになってきた。

今年は優勝力士が5人出たという。
鶴竜が好みの力士に加わった。
自分の加齢も加わって、大相撲がさらに面白くなってくる。


2016年11月26日(土)
アサギマダラ

数日前、11月22日午後の話である。
裏山から降りてくると、待っていたかのように1羽の蝶が目の前を通り過ぎた。そして、枯れ残って咲いている白い花に近づく。
蝶はひらひらと舞、そして蜜を吸う。

幸いなことに裏のガラス戸に施錠が無かった。カメラを出し写し始める。最初は用心して遠くから。
逃げる様子はない。
近づいて撮る。がそれでも逃げない。少し跳ね、また降り、蜜を吸い始める。
始め、蝶の名前は解らないまま撮っていたが、途中からアサギマダラに違いないと、思い始めた。
まるで撮ってください、と言わんばかりに色々なポーズもしてくれる。

良く知られているよう、アサギマダラは放浪の蝶。本来なら今頃は南の国に飛び去っているはずである。
ただ、資料によれば、日本に居残り冬越しするのもいるという。
また、フジバカマによく集まるとされるが、後刻Mに尋ねると先の白い花はフユコスモスというらしい。

長い時間であった。30分もいたかと思ったが、撮影時間で確認するとおよそ15分であった。
ようやく空に高く舞い上がり、南東の方角に飛び去った。
振り返るような様子は全くなかった。

補足;アサギマダラは平成27年9月にもこの地に来ている。 詳細は こちら→


2016年11月25日(金)
ワイン醸造 その2

11月10日の醸造着手から丁度2週間になる。成果を確認する時期が来た。
着手当時はフルーツの香りがしていたが、今日の匂いは何か重い感じ。

濃し網に移してろ過した。
滴り落ちるを待つこと半日、コップに液を入れてみる。

量はおよそ150ccある。色は良い。赤ワインの色になっている。匂いは濃厚な感じがする。アルコールの香りもあるよう感ぜられる。
ただ、ここでは味わわない。
ラップをかけて冷蔵庫で冷やし、夕食にMと飲んでみることにした。

さて、夕食。二人で飲んだ。
口に入れる。二人とも同時にむせた。「芳醇な・・・」と言いたいところであるがそんなわけにはゆかない、のどに来る感じ。
アルコールの感じはかなりあるが、度数を確認する手段がない。
「ホッピーと混ぜて飲もうか」とMの提案がある。Mもこのまま全量飲む気はしないらしい。
私も同意した。小さな瓶に入れ保管した。

そんなこんなで、試飲会は終了。
「ワイン醸造」は大成功、とはならなかった。
元々から遊びである。これも良し。


2016年11月24日(木)
ハレー彗星

一昨日、「いい夫婦の日」の記述に当たり写真を探した折り、懐かしい写真を見つけた。
ハレー彗星観測の写真である。

写真の裏に、昭和61年3月6日の記載がある。

工場移転で白根町(山梨県、現-南アルプス市)に住み始めて2年目に当たる。
ハレー彗星大接近の年で、世間で大いに騒がれた。
寒い中家族で観測に出かけた。場所は韮崎市のゴルフ場。かなり高地にあり観測には適している。
深夜になってから出かけたと記憶する。到着するとすでに多くの人がいた。

探すもなかなか見つからない。周囲にも見つけた雰囲気はない。子供らは疲れて車の中で眠り始めた。

私はあきらめきれずうろうろしていた。時間はかなり経っていた。双眼鏡の先にボーっと光が見えた気がした。
改めて見直す。間違いなく「尾」が確認できた。
Mや子供らに見せる。周りの人にも伝えると、しばし騒然となった。

望遠レンズで撮影したのがこの写真である。
写真の裏書には3時16分の書き込みがあった。
黎明の富士の写真があることを見ると、明け方までその場に居たのだろう。

今回改めて調べると、この時のハレー彗星は不都合な条件が重なって「多くの一般の人々は彗星を全く見ることができなかった」とある。
確認できた我々は幸運だったと言っていい。

ちょっとした思い出である。
次回の接近は2061年であるから、絶対に見ることはできない。

余談;「家族の歴史」と称する年表をExcelで作っていて、昭和61年の項を見ると「水道管破裂(1月)」の記載がある。この年、山梨は大寒波で水道管が破裂、水の出ない期間が1週間くらいあった。大家の家で風呂に入らせてもらった記憶が蘇える。長男はカブスカウトからボーイスカウトにすすむ、とも。
写真に写る車は「コロナ」、前年の5月に購入している。Kはこの時41歳。


2016年11月23日(水)
原山登山

Kの生地を象徴する山に「原山(はらやま)」という山がある。
出身校、矢上高校の校歌の出だしは 「原山かすむ鎮目の森 」となる。
小学6年のとき、東先生に連れられ登山した記憶も微かにのこる。

この原山を登る催しが計画され、Mと一緒に参加した。
登山愛好家のMが参加するのは当然であるが、もはや不活発病の気配のあるKにとっては重大な決意である。ただ一心”思い出の深い故郷の山に最後の登山をしよう”という思いに押されての挑戦であった。

昨夜の雨はようやく終わったが雲は厚い。
8時過ぎ集合場所に着く。参加者はかなり多い。

Mには沢山の登山仲間がいて、あちこちで話し始める。私の知人は、このイベントの主催者の一人、H君のみ。高校の同級生でUターン組。久しぶりの再会の挨拶をした。

9時頃行動開始、速度はかなり早い。山の登り口では爆竹のような警戒音を発して、熊脅しをかける。
急な坂も多く、路も長くハードな工程である。

やまんば洞窟(昔、山姥が住んでおり田植えには山を降り手助けし、たという言い伝えがある)。
監視塔跡(終戦間際、敵機襲来の情報を発信した監視塔。存在を今回初めて承知)。
頂上(標高888m)

昼食。Mが「何か記憶がある?」と尋ねるが、思い出すことが出来るものが何一つなかった。

帰路は登りとは違う稜線を伝って帰るルート。左側には矢上の町、右側には広島地方が見える。
ひどく長く感ぜられたが、Mらにとっては「素晴らしく快適な路」らしい。

ようやく麓に着いたのは午後3時半を過ぎていた。

帰宅後、何も写ったものはないだろう、と思いつつ昔のアルバムを開いて見た。
高校、中学のものには原山登山の写真は一つもなかった。
小学校のアルバムを仔細に見ると、鉛筆で「山ばばの穴」の付記がある写真。
今回のやまんば洞窟の写真と見比べてみた。

穴の上にある石のほか周辺の石の形状は同一のものに見える。
小学6年時には間違いなくここに立っていたのだ。

思いを果たせたような、妙な安堵感に浸ることができた。



2016年11月22日(火)
いい夫婦の日

11月22日は日付のゴロから「いい夫婦の日」と言われている。
今年のパートナー・オブ・ザ・イヤーには宇崎竜童と阿木洋子夫妻が選ばれたというニュースもあった。

少し調べてみた。
「いい夫婦の日」は、1988年現在の日本生産性本部が提唱してできたものだそう。
年月を経て国内にかなり浸透してきた。
前述の「パートナー・オブ・ザ・イヤー」の選定や「いい夫婦の日 川柳コンテスト」も行われている。
この日に入籍した有名人も多いらしい。
男性では小室哲哉、女性では井川遥、そしてNHKの鈴木奈穂子さんなど・・・。

なぜ、ここまでこだわるか。
実は、我々もこの日に式を挙げたのである。

40数年前のこの日。
何故この日になったのかは覚えていない。
まだ、「いい夫婦の日」は制定されていないから、この日を狙ったわけではない。
ひょっとしたら「大安」か。
探してみたら昔の六曜を検索するサイトもある。入力してみたが「大安」ではなかった。

さて、この日に式を挙げて果たしていい夫婦になれたのか!
未だ、答えは出ていない。
まあ、ぼちぼち行きましょう。

2016年11月21日(月)
写真加工 その2

10月17日に続く写真加工 その2である。

昨今、随分と夜明けが遅くなってきた。通常起きた時点は外は暗い。
2階に上がってもカーテンは占めたままが多い。今朝もそうしていた。
7時前か、やおらカーテンを開けてみたら向こうに見える山に壮大な霞がかかっている。

思わず手元のカメラで撮影した。

撮影のままでは少し味気ない気がして、写真ソフトで加工した。

黎明時の雰囲気がいい、車のヘッドライトもいいアクセントになっている、とこれまた自画自賛である。


2016年11月20日(日)
柚子

2週間くらい前のこと、Kの長姉から電話があって「柚子は要らない?」という。
「ぜひ欲しい」と答えると「まだ熟していない、丁度のとき再度電話する」となっていた。

そして、一昨日「日曜日に採りに来ない?」の連絡があり、本日行ってきた。


(右、採取前)

母屋の裏に木はある。然程大きな木には見えないがこれは剪定の結果で幹は太い。豊作であった。
「近所などにはすでに分けた。採れるだけとってよい」と言われ、遠慮なく頂いた。ソウケ2杯。
測ってはいないが30kg前後はあろう。

大量の柚子をどう使うか。
 子供たちに送る。
 皮ごと絞って汁を採り、凍らせて保管。
 ゆず湯に入る。

夜、3番目を早速実行した。
日本人でよかった、と思ったりなどする。
 
  この土地に住むをことほぐゆず湯かな   勝則

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2016年11月19日(土)
目から鱗

今週の水曜日の「あさイチ」、夢の3シェフのコーナーが放送された。
同じ食材を使って3人のシェフが日・中・伊・料理を
作るというもの。今回の食材はケール。ケールに興味はなかったが、中国料理でギョーザを作るらしく、その個所を録画をかけながらで見ることにした。

シェフは井桁さん。肉を混ぜる個所などで「なるほど」と思うところもあったがそこは省く。
皮に包む段になってMも一緒に「あっと」声を上げた。井桁さんは皮を数枚もち周辺を、容器に入れた水に浸け、およそ半周いっぺんに濡らしたのである。


これまで我々は周辺を濡らすのに、容器に入れた水に指先を浸けその水滴で濡らしていた。指を浸けるのが1回では収まらず2〜3回は浸けることにことになる。
結構な手間で、包むのは大変な作業であった。
「餃子は美味しいが、包むのがね」という恰好。包む作業はKが手伝うのが慣習になっていた。

たまたま、今日「ギョーザ」になった。包む段階でお声がかかる。録画を見ながら作業をしてみた。
若干工夫をする箇所はあったが、井桁さん流を実行するとまことに早い。
およそ半分の時間で完了した。まさしく、目から鱗であった。

これからはギョーザの頻度が増えるかもしれない。それほど革新的な出来事であった(笑い)。

2016年11月18日(金)
雑木苗

ふと、雑木苗を探してみようと思いついた。
緑一色の中は植物が区別しにくいが、葉の色づいたこの時期なら区分けもし易すかろう思ったからである。

場所は「勧が原」と呼んでいる場所の一角で、さらに高所になっているところ。ミツバツツジが群生し春先には我が家の注目を集めるが、他の時期は放置される。
それでも数年前までは登り口に階段を作り細々とした遊歩道もあって、たまには歩いたが、階段が腐って壊れたのちはほとんど来たことがない。

注意して探すと、色づいた小さな雑木がかなりある。モミジ、カエデの類。ドングリのなる木。マユミもある。驚いたことに、我が家で珍重するタムシバと思われる葉も見つかった。

話が少しずれる。我々がここに住み始めて15年になるが、この間この高台の風景はほとんど変わらない。ということは、今見つけた小さな雑木は何時かは枯れ、そして新しい芽が生える、を繰り返していることになろう。

「こんなところに苗があった」という思いである。
道具をとりに帰り、いくつかの苗になるものを採取した。同時に土も持ち帰った。育った場所の土が良かろう、との思いからである。

育苗ポットに植えてみた。
芽生えてから2〜3年は立っていよう。挿し木などとは違い、風雪に耐えたそれなりの風格もあるように思える。

どう活用するかはまだ考えていない。まずは活着するのを確認することが先決になる。

2016年11月17日(木)
ほだ木作り

椎茸の原木になるほだ木つくりをした。
我が家では、椎茸の菌植えは2年に1回としている。
前回が こちら→
今年が原木つくりの年になる。

さて、どの木を切るか。できれば景観向上にもつなげたい。
手持ちの資料には、適した樹種はクヌギ、ミズナラなどや椎類とあるが、現地を見ると切りたい木には栗が多い。
栗の木がほだ木になるか。迷ったところでTさんに電話した。Tさんは地区の住人、この手の技術にはめっぽう詳しい人である。
Tさんの答え「栗の木での生えは良い。ただし、ほだ木としての寿命は短い」。

「義衛台」と「展望台」下の2ヵ所で作ることにした。

従来はまとめて切り倒していたが、今年はそれを止め、1本倒しては整理という手順にした。
これで1000個の菌が植えられる。
細い枝は杭や畑の串に利用することを思い付き、別保管した。
枝先はMの母用。母は未だ風呂に薪を燃やす機能を残しており、その焚き付け用に利用する。

半日づつ、二日の作業であった。

2016年11月16日(水)
再生 その7

小春日和ともいってよいほどの穏やかな天候であった。
里庭の紅葉も今が最盛期と思われる。

そして再生の欅も紅葉してきた。

少しではあるが落葉も始まっており、紅葉の姿もこれがBestであろう。

10月6日に緑の最後の姿を掲載した。

次回は落葉後の枝ぶりをお伝え出来よう。

2016年11月15日(火)
翌日のスーパームーン

昨日は、68年ぶりに大きく見えるというスーパームーン。テレビ、新聞などで大きく報じられた。
一番小さいときに比べ、直径で10%、面積で30%あまり大きく見える天空ショウである。
しかし、昨日当地の天候は雨。見ることが出来なかった。

一転、今日は晴れ。急に思いだし、月を眺めつつ写真に撮った。
見たのは深夜。月はすでに上空に上っていた。


(左;moonMAP、右;自分の写真、トリミングあり)

撮影条件
 レンズ;500mm
 絞り;f/6.3
 時間;1/500秒

たまたまmoonMAPという画像があり、それの向きとサイズを合わせてみた。
アポロ11号の着陸地点なども示されていて、それらが自分の映像でも読み取れた。

2016年11月14日(月)
そら豆

Kの畑作チャレンジ第2弾。そら豆に挑戦することにした。
第1弾はレタス 詳細は こちら→

そら豆はレタスほど手間はかからぬ模様である。

用意するもの
 種まき培土、ポット、水苔、水、そしてもちろん種
手順
 土が抜け落ちないようにポットに水苔を敷く
 土を八分目入れる
 水を張った容器に漬け水を浸み込ませる
 種の数ほど用意する(今回種38粒)
 種を蒔く(挿入する)
  今回のポイントはここ
   オハグロと呼ばれる種の芽の部分を斜め下向きに2/3埋め込む!!

参考資料では、そら豆は発芽率が悪いため1つのポットに2粒入れ芽が出た折に間引いて良い方を残す、とあった。
私はそのつもりであったが、Mが言う。「もったいない」と。
そら豆の種は高価である。半分捨てるのはもったいない。芽が出たもの全て植えるべきである。

我が家では畑作のプロはM。Mの言に従った。

合計38のポットが出来上がった。
鳥に食われぬよう新聞紙で覆い、芽の出るのを待つことにした。

2016年11月13日(日)
シルバー川柳

図書館の利用についてはすでに何回か述べた。
今回借りた本のなかにある。
「シルバー川柳2」

全国有料老人ホーム協会が2001年から募集している川柳を集めたものである。
第1集も数年前に読んだ記憶がある。
新刊本を展示するコーナーに置いてあり借りてきた。
ほのぼのとするもの、ほろっとさせられるものが数多い。

その中で、私のことか、思わせるもの3句。

 聞き流す癖で大事を聞き漏らし
 早起きはしたくてしてるわけじゃない
 アイドルの還暦を見て老いを知る

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2016年11月12日(土)
収穫祭神楽

2日続けて神楽を見る。
今日は地域の自治会が主催しての神楽で「銭法の里収穫祭神楽」、第3回になる。

私個人は然程好きではないが、地区行事故観覧した。
酒、おでん、角寿司などの販売もあり、これらを食しながらの見物は参加してみると悪くはない。

島根県西部と広島県北部を含むこの地域は神楽好きの地域でで、秋は各地で神楽が演じられる。
Kの生地の姉から電話があって「明日、農協前で神楽がある、見にきんさい」とのこと。
これに行けば3日連続の神楽。思案中なれど、おそらく行かないであろう。

2016年11月11日(金)
交通安全県民大会

地区担当役員の要請を受けて「島根県交通安全大会」に出席した。
今回は江津市で開催され、第52回。毎年行われている模様である。邑南町からは小型バス2台で参加した。
全体での出席者はおよそ700名。大きな大会である。

前半は式典。挨拶と、膨大な表彰。後半は講演と神楽の公演。

担当部署は精一杯頑張っておられるのは理解できる。
しかし、県の主催となれば市町村はやむなく出席を計画し、行政から依頼があれば役員他は大変と思いながらもこれまた出席する。
費用を概算すると、少なくとも百万円は掛かろう。

交通安全はもちろん重要な施策であるが、このような「大会」が交通安全に寄与しているかは若干疑問が残る。
見直しのされない原因は、企業の場合予算を残すことが有能とされるが、官公庁の場合予算を使い切ることが有能とされるシステムに問題があると思われる。

2016年11月10日(木)
ワイン醸造

一昨日採ってきた山葡萄でワイン醸造に着手した。

醸造といっても、葡萄を洗って潰すだけ。発酵の菌は葡萄の果皮に着いた葡萄菌を利用する。

実際には
まず、枝から房を外す。
これをザーッと洗い笊に上げる。この時点で重量を測てみたら750gであった。
しっかり水を切り、小分けにしてすりこ木で潰す。
潰した汁を皮ごと広口瓶に貯める。
ただ、これだけである。

瓶のふたは軽く締め2〜3週間程度の発酵を待つ。

実はかつて、1回ほど挑戦したことがある。
里庭で採れた葡萄で行った。  こちら→
美味しいというものではなかったと記憶する。

今回の作は如何なものに為るや ちょっと期待である。

2016年11月9日(水)
驚くべき番狂わせ

午後はひどく寒く小雨もぱらつくので屋外には出ず、アメリカ大統領選のテレビ報道を見た。

テレビを点けた最初、トランプ氏リードの形成で番組がスタート。なんとなく嫌な予感がする。その後クリントン氏が盛り返し、同氏の優勢状態が続くが、正午頃かトランプ氏が再逆転となる。
2時、3時頃には残る州も少なくなり、州ごとの優劣を加算するとどうもトランプ氏の優勢が確定しそうな雰囲気になってきた。
しかし確定の報道がなかなか出ない。
4時過ぎいったんテレビを離れ、5時に再度テレビを点けたらトランプ氏の勝利演説が始まっていた。

欧米のテレビが「驚くべき番狂わせ」と報じたという。

5月5日付け、少帖「アメリカの良識に期待」も破られる結果となった。
アメリカ国民の、これまで表に出ていない不満が、予想以上に強かったことなのであろう。

イギリスのEU離脱といい、大衆迎合の動きが加速されるかもしれない。
今後世界はどこに向かうのだろう、これまで「普遍的価値」とされていたものが変わるかもしれない、という不安感がよぎったりなどする。

我々のできることは日本政府の「舵取り」を注視することにつきる。

2016年11月8日(火)
山葡萄

10時頃家を出てMの実家が所有する山に行った。山葡萄を採るのが目的である。Mが見つけた。

話を聞いたとき、その場所は実家を通り過ぎての平坦な山と思い込んでいたが、実際は実家の手前を左折する町道沿いで、山の傾斜は45度もあろうかという急傾斜の上である。傾斜を上ること3〜4mの個所の雑木2本に絡まって枝の上に山葡萄はあった。
町道からは見上げる格好になる。それもかなり上方。よくぞ見つけたものと大いに感心した。

さて、採る段。長柄の釜を手に傾斜を上る。笹が生い茂り行く手を阻む。
やっとのことで雑木の根元に到着して葡萄を見るとかなり遠くの枝の先に実はなっていた。とても採れそうではない。
雑木を倒してまで採るのは本意でなく、あきらめの早い私は「止めない?」と中止を提案した。
こうなると、がぜん奮起するのがM。私に近づき「鎌を貸して」と鎌を手にし、雑木の枝先を引っ張り何とか葡萄の蔓を手繰り寄せる。

こんな経緯をを経て何とか採取した。採取に要した時間は都合1時間余り。
実家で少し用事を済ませ、家に帰ったのは12時を過ぎていた。


山葡萄には強い因縁がある。実は昨年まで山葡萄の木を所有していた。そして、これを昨年撤去した。
結構長い葛藤である。詳細は  こちら→

採った実ではワインを作りたいと考えている。

2016年11月7日(月)
初霜

朝窓外を見るとなんとなく白の気配。寒い中、外にでてみた。
昨日掘り起こした畑の土が真っ白。初霜である。

 
  風もなく雲もない朝 初の霜     勝則


今日は立冬。
歳時記では立秋から立冬の前日までを秋と言い、立冬以降が冬になるという。

暦も俳句の世界も、そして時節もいよいよ冬到来である。

2016年11月6日(日)
ロッキングチェア その2

10月25日に記述したロッキングチェアの他にもう一つロッキングチェアがある。

この第2の椅子は25日の椅子程ほど厚遇を受けていない。おかれている場所は母屋裏の吹きさらしの下屋の下。屋根はあるものの、壁がないため風雨の影響を受ける。

購入したのはおよそ3年前。安佐市民病院に行った折り古家具店で買い求めた。価格はおよそ1万円と記憶する。
映画「アラバマ物語」でグレゴリー・ペックが住む家の軒下にロッキングチェアが置いてあったように、我が家も揺れる椅子が下屋にほしいと、はなから下屋下に置くのを前提で買い求めた。
冬場、雪の降る間は納屋に収めるもののそれ以外は風雨にさらされるが、堅牢な作りで痛みは少ない。表面が少しざらつき光沢がなくなったのでペンキを一度塗ったことはある。

こんな状況のなか、先日Mが図書館で「暮らしの手帳」3冊を借りてきた。
そして言う「暮らしの手帳に我が家と同じロッキンングチェアが載っている。飛騨家具製の」と。

言われて本を見ると確かにあった。

暮らしの手帳 66 2013秋号。「暮らしに役立つ、新しい生活用品を紹介します」と称する「Green Shop」のコーナーに載っていた。

天然木、手製で組み立て、そしてかなりの値段。素性は第1のものに比べ格上の様子である。
このまま風雨にさらすのはもったいない。
即座に裏の納屋に収納した。

立ち位置が第1と取って代わるか、今は微妙なところである。

2016年11月5日(土)
キーウィの剪定

備忘録をめくり返せば確実なことが言えるが、そこまでもないことなので、記憶にたよればおよそ10年ぶりの剪定である。
前回の剪定は大雪の重さに耐えかね棚が押しつぶされ、それを戻す作業の一環で剪定した。
その大雪とは、平成17年の12月から翌年にかけて降った雪だと記憶する。1mを超える積雪があり、その重みでつぶれたのであった。

少し余談だが、その雪は12月3日から降り始め、当時はまだシルバー人材センターに務めていた頃で連日の雪で「雪下ろし」の依頼が殺到し、仕事納めの日も対応に追われた。皆は大掃除などで賑わっているのに、こちらは仕事、妙な違和感を覚えた記憶がある。

その雪、したがって10年ぶりの剪定である。
枝は山盛りになっている。一人では1日で終わりそうもなくMの助っ人も頼んだ。

9時頃から作業開始。天気晴朗。

夕方4時前に完了した。
キーウィには雄と雌の木がある。実がなるのは雌。雌の枝が分かるよう実のなる枝に黄色の黄色のテープをとりつけて、その枝を残すよう配慮しつつの作業であった。
実も少し採れた。

来年以降収穫が増えれば良いが。
枝の集積場はまた山になった。

2016年11月4日(金)
冬仕事

当地の冬は長い。何か「事業」を起こさないと身が持たない。
昨冬はNASシステム(PCオーディオの1種)の構築をした。その前は格安スマホ。手書きフォントの作成もこの事業の一環である。

冬も近づき今年は何をしようかと思い始めていた。
資金も枯渇しているのでお金のかからぬものがよい。

そんな折、図書館で目に付いた本、「定年からの俳句入門」である。新熟年世代へ贈る、花鳥諷詠の楽しみともある。
俳句について興味がなかったわけではない。むしろあった方。ただ、手に届かぬものと思っていた。

借りてきて読んでみた。とにかく歳時記を手元に置けという。

歳時記を求めた日の初作品である。

 歳時記を求めし夕や温め酒

俳句になっているのか否かもわからない。とにかく季語は入れた。助詞の「や」については迷った。「は」、「の」、「に」。

篆刻、パソコンなどと同様「独学」で少しやってみることにしよう。長続きはしまい。
せいぜい1年か2年であろう。

2016年11月3日(木)
センテナリアン

先週土曜日の話、「健康」に関心の深い姉から電話があり、「今晩9時からNHKでよい番組があるから見なさい」という。いつもの、「・・・しなさい、・・・してはいけない」という番組かと、乗り気はなかったがとりあえず録画をかけておいた。

それを今日見た。NHKスペシャル「あなたもなれる”健康長寿”」。予想に反し、NHKらしい科学的な良い内容であった。

健康長寿に唯一関連する指標が、最近の研究で明らかになったという。それは「慢性炎症」を示す値でCRPと称せられる。
怪我などした時の炎症は急性炎症、慢性炎症は細胞の老化によって全身に起きる炎症であり、年をとると必然的に起き、重大な病気の起因に係わっている。
CRPは人間ドックなどの血液検査で測定され、
 1以上     異常
 0.31〜0.99  要注意
 0.3以下    基準範囲
らしい。

良質の食事、心の持ちよう、運動、など健康に良いとされる項目はこのCRPを下げる方向に作用し、結果として長寿に至るのだという。

私のCRPが気になった。まさかないだろうと、これまでの血液検査の結果を調べてみた。
それがあった。安佐市民病院で前立腺がんの検査を受けた時の結果のなかに。
 2009/03     0.028
 2012/09     0.009
 2015/04     0.023
 2016/03     0.018

番組に101歳の女性が出演した。和菓子屋の看板娘。美貌のはつらつおばあちゃんである。この女性のCRPが0.03で、だから長寿なのだという。

私の値は72歳とはいえその女性より低い。
100歳以上の人を世紀を生きたという意味で「センテナリアン」というらしい。

私もひょっとしてセンテナリアンになるかもしれない(こだわって望んでいることではない)。

(注)この番組11/12までNHKオンデマンドで見ることができる。

2016年11月2日(水)
正倉院展

読売が特別協力をしていることもあるのだろう、ここのところ正倉院展の記事がしばしば掲載される。
この展示会、毎年開催され今年は第68回だそう。
今日の新聞記事の切り抜き。

今年の展示の数ある中、特別の目玉は「漆胡瓶」らしい。解説記事のトップで扱われた。ただ、漆胡瓶についてはすでに何回か記事にされていて、今日特に気を惹かれたのは俳人の長谷川櫂氏が同展を訪れ展示物を句にしたという。

長谷川櫂氏については本帖でも既に触れている。5月11日、四季。
ただ、残念なことに、今日同氏が詠んだ句の真価がよく解らない。良さを十分に読み取る力がないのである。
昨今、俳句について少し勉強してみようかと思い始めているところもあって、良さが理解できない悔しさが余計に強かったのかもしれない。

今朝の「あさイチ」、生活不活発病を話題にしていた。年老いて、行動が不活発になることをいう。自分を顧みてその気がないとは言えないところがあるも、正倉院展は真に見てみたいと思う。
近ければ行くの!。
遠さを理由に行かないところが、すでに不活発病なのか、もしれない。


2016年11月1日(火)
机と椅子 その3
10月30日に記述した机の話。同日は実家にあったものと簡単に記載しているが、曰くのある机で頂きものである。東先生から頂いた。6月12日と10月9日に先生のことに触れている。

私が小6の時であったことはすでに書いた。ただ、先生は我々に強烈な思いを伝えた1年の後、すぐに田舎を去った。大阪の学校に転職のためである。渡辺姓に変わっているので養子に入られたのであろうが、詳しいことは知らない。

大阪に立つにあたり机を私に残した。

この机。今は2階に置いてある。机の裏側に先生かあるいは先生の父が書かれた「入学記念 東」の銘がある。

学生時代はこれに脚を点けて使用したのだ。今回改めて確認すると、4か所に脚を点けた釘の跡がある。
入社後はKの生家に置いていた。
そして、今は前述の2階。

机にとって、先生とともに居たのは5年間、あとは私とである。私個人が使用している物の中で、形のあるものでは一番古いかもしれない。

Kの散歩帖
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